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『夜の街』連呼でやり玉に コロナ禍で再燃する「セックスワーク」への差別意識 - 菊地 夏野

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フェミニズムは必ずしもセックスワークを否定しない

 筆者はジェンダー論を専門とするフェミニストだが、セックスワークを廃止すべきだとは思わない。(新)廃止主義ではないフェミニズムの立場からセックスワークをどのように考えられるか説明したい。

 まず(新)廃止主義は売買春を「女性差別」だとするが、これはおそらく女性差別意識を持った男性が貧しい女性を性の道具にするというイメージにもとづく批判だろう。

 しかし性サービスを提供する女性が貧困であろうと、またサービスを買う男性が女性差別意識を持っていようと、それを理由にその女性の意志に基づいたセックスワークを否定できるのか? 問題なのは背景の貧困や差別であり、セックスワークの行為自体ではないはずだ。

セックスへの個人的な思いを普遍化していないか?

 それでも否定するひとは、そもそも自由にセックスをすることへの否定意識があるのではないか、と自らに問うてほしい。愛し合っている、あるいは結婚している男女のセックスのみ認められるという思想や、何らかのポジティブな内容がセックスにはあるべきだという感覚である。

 セックス観は人それぞれであり、そのように考える人がいても良いが、逆にそれを他人に押し付けることもできない。セックスを恋愛や結婚と別に行って良いという思想も認められるべきであるし、もちろんポジティブなセックスは良いだろうが、現実にはそうではないセックスも多い。大事なのは関わる者たちが納得できているか、また問題があったときにサポートを受けられるかということだろう。金が介在するからといって一律に禁止はできない。

 それを否定するのは、フェミニズム的には「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」や結婚至上主義を意味している。上述の上野氏はセックスワークを否定し、「自分を粗末に扱わない男」とのセックスは「クオリティが高い」としたが、これもセックスへの個人的な思いを普遍化、規範化している。

 実は(新)廃止主義の中でもセックスへの意味づけについては違いがあり、上記のように「恋愛」「結婚」によるセックスを特権視するものと、セックスそのものを全て「男性支配」の行為として否定するもの(世界的に著名な廃止主義フェミニズムの理論家であるキャサリン・マッキノン氏など)とある。

 筆者は後者の厳格な立場には一理あると考えるが、それを全面化はできないと考える。男性中心社会で「完全に平等なセックス」はありえないとしても、現実にはわたしたちはセクシュアリティ(性的な事柄全般を指す用語)に対処して生きていかなければいけない。

「セックスワークは素晴らしい」と言いたいわけではない

 生きるための選択としてセックスワークを選ぶ人々(女性、男性、性的マイノリティ)はたくさんいるし、セックスワーカー当事者として発言をしている者もいる。

 ベストではないがベターな選択、あるいはギリギリの選択としてセックスワークに就く当事者(ベストと考える人もいる)に、どうしてそれを「女性差別」、あるいは「クオリティが低い」として禁止できるのだろうか? 当事者の現実よりも性規範を優先していると言われても仕方ない。

 どうも「セックスワーク論者は女性差別を無視している」と誤解する向きが多いのだが、決してそんなことはない。セックスワーカーの権利擁護と性差別解消は矛盾しない。

 セックスワーカーに女性が、サービスを購入する側に男性が多い理由は、経済的な男女の不平等が大きい。男女平等はもちろん、必ず達成されなければならない。同時にセックスワークの環境をより安全なものにし、やめる自由も続ける自由も保障されなければならない。

 前述の藤田氏は、福祉の現場が「生活保護を申請する前に風俗で働け」と貧困女性をあしらうことをセックスワーク論に反対する理由としているが(2020年7月27日、7月19日のツイートなど)、そのような福祉の態度は「風俗は女性なら誰でもできるレベルの低い仕事」という偏見にもとづいている。そういう偏見を批判するためのセックスワーク論なのであり、福祉の専門家こそ理解する必要がある。

 性産業の現場は、リスクや不合理の多い世界だ。不要な管理、締め付け、あるいは(性)暴力も存在している。実は最も重要なことは、法的保障によってその労働環境を改善し、セックスワーカーへの差別や暴力を禁止することであり、「セックスワークは仕事だ」という主張はそのためにこそある。何も「セックスワークは素晴らしい」と奨励したいのではないのだ。

合言葉は「合法化」ではなく「非犯罪化」

 女性セックスワーカーも女性なのだから、その労働環境向上や差別解消はフェミニズム的にも重要なはずだ。セックスワークを認めることは、女性の自己決定権を確立し、男性中心的な性規範からの脱却につながる。

 現在セックスワーカーの運動ではセックスワークの「合法化」よりも「非犯罪化」が合言葉となっている。合法化というと、例えば戦前の公娼制のように国に管理され自由のないものと混同されやすいので、それよりはまず犯罪とされている現状を批判している。

 それを受けてより具体的にどんな法制度があり得るのか議論が必要な段階だ。セックスワークの権利と女性の経済的自由は同時に目指されなければならないし、車の両輪なのである。

セックスワーク論争で覆い隠されるものは何か?

 そもそもセックスワークを労働とみなすかどうかというのは擬似問題である。なぜなら、すでに多様な形態の性産業が世界中にあり、多くの人々が働いているのだから。むしろこの論争によって何が覆い隠されているのかを考えなければならない。

 SNS上でセックスワークの論争が炎上すると同時に、リアルな政治世界では都知事や一部の自治体、国が「夜の街」に警察を動員して、人々の目をそらしてコロナ対策の無策を隠そうとしている。これでは何の解決にもならない。

 都知事のみならずメディアも、「夜の街」という言葉の使用はすぐに止めるべきである。曖昧な差別的表現を繰り返す政治家の危険性に気づいてほしい。人々の不安に乗じて、マイノリティを敵に仕立て上げ、自分の権力に動員しようとするのはポピュリストの常套手段なのだから。

(菊地 夏野)

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