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山本太郎『感染症と文明 共生への道』

 新型コロナウイルスが広がって被害を及ぼしているから、こんなウイルス滅ぼしてしまえばええやん、と思う。ほら、天然痘とかポリオみたいにさ。

 しかし、そうでもないらしい。

 あるウイルスが消えた後のポジション(生態学的地位)を埋めるように、新たなウイルスが出現する可能性がある。(本書では結核の増加がハンセン病を抑制した可能性について述べている。)

 あるウイルスを排除してもそこを狙って同じようなウイルスがまたやってくる。ひょっとしたら前のウイルスにはある程度の戦い方があったかもしれないのに、新しいウイルスには人類は滅んでしまいかねないような強さがあるかもしれない。誰にもわからない。

 ウイルスをやっつけるのではなくうまく共存してしまえば、そのポジションには新たなウイルスがやってこない(かもしれない)。そのウイルスが防波堤になる。

 成人T細胞白血病ウイルスは感染者のうち100人に5人の割合で白血病を発症させるのだという。その平均潜伏期間は50〜60年。

 しかしそれが100年になればどうか。

 基本的にずっと「潜伏」していることになる。つまり感染しているだけで発症しないのだ。それによって、そのポジションに関しては他のウイルスに対する防波堤となり、人間を守ってくれていることになる。

 『感染症と文明 共生への道』(岩波新書)の著者である山本太郎は、歴史家・マクニールが使った例を紹介する。


感染症と文明 共生への道 (岩波新書)

  • 作者:山本 太郎
  • 発売日: 2020/05/25
  • メディア: Kindle版

 ミシシッピ川の洪水を食い止めるために堤防を作ったが、洪水がなくなったせいで川底に泥がたまり、堤防はますます高くなっていく。この高さはまさか地上100mってことにはならないからいずれ破綻をきたす。その被害は「例年の洪水など及びもつかないような、途方もない」(本書KindleNo.1873)ものになる可能性がある。マクニールはこれを「大惨事(カタストロフ)の保全」と呼んだ。

同様に、感染症のない社会を作ろうとする努力は、努力すればするほど、破滅的な悲劇の幕開けを準備することになるのかもしれない。大惨事を保全しないためには、「共生」の考え方が必要になる。重要なことは、いつの時点においても、達成された適応は、決して「心地よいとはいえない」妥協の産物で、どんな適応も完全で最終的なものでありえないということを理解することだろう。心地よい適応は、次の悲劇の始まりに過ぎないのだから。(『感染症と文明』Kindle No.1844-1848)

 つまり、長い時間をかけての共生をめざすとなると、その間に、短期のスパンで払われる犠牲をどうするのかという問題を解決しなければならなくなる。短期の犠牲を排除しようとして、「根絶」してしまうと、もっと大きなカタストロフがやってくる可能性がある。

 山本は「こうした問題に対処するための処方箋を、今の私は持っていない」とする。

どちらか一方が正解だとは思えない。適応に完全なものがないように、共生もおそらくは「心地よいとはいえない」妥協の産物として、模索されなくてはならないものなのかもしれない。(山本本書KindleNo.1858-1860)

 繰り返し出てくる「『心地よいとはいえない』妥協の産物」というイメージ。

 つまり、完全に安心してスッキリする状況というのはない、というのである。

 山本がここで話しているのはウイルスが感染して人の一生という期間程度に潜伏し続けるようなケースなのだが、こうしたケース以外にも、ウイルスとの付き合い方で言えば、単純に排除したり撃退したりするということが社会にとって必ずしも最適なやり方ではない、ということに拡大して言えるのだと思う。

 だから、新型コロナウイルスについても、人類の多くが獲得免疫をもって終了するのか、ワクチンや治療薬が開発して毎年その対策に追われるようになるのか、それともこのウイルスを前提にした社会となり、ソーシャルディスタンスを保ったり、マスクや消毒をしたりするのが、数百年の「常態」になるのか、誰にもわからない。

 しかし、どうなるにしても、短期でのスッキリとした安心は得られず、「『心地よいとはいえない』妥協の産物」となるんじゃなかろうか。

 ウイルスが歴史を変えたという話はよく聞いてきたけど、ウイルスとの付き合いは日常的に考えなければならないものであり、ぼくらは絶えずその「共生のためのコスト」を払い続けるのだとは、あまり考えたことはなかった。

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