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日本に核武装は必要か(6)~何を守るために核武装するのか~

「力」、「利益」、「価値」

国家は、「力」、「利益」、「価値」という3つの体系が複雑に絡み合って成り立つと、高坂正堯は言いました※1。「力」とは、国家の強さ、つまり国民の生命・財産、そして領土の維持/拡大を指し、「利益」とは繁栄を、「価値」は言語、規範、文化といったアイデンティティを含みます。

「力、利益、価値」=「安全保障の対象」は時代や社会によって変化します。時にそれは国境線だったり、水や石油だったり、または民族の誇りだったりします。ですから、どれが正解、というものでもありませんが、どれであっても失うことは避けたい国益です。

理想は3体系すべてを保障することですが、能力には限度があります。実際には、今なにを侵害されようとしていて、どれを重点的に守るべきか、と優先度を決め、可能なところから安全保障していくほかないのです。

守るべきものが決まれば、次は守るための手段を考えなければいけません。たとえば、「力」を守る手段として、防衛政策、同盟、危機管理、軍備管理があり、核抑止もここに位置付けられます。冷戦期、米ソが互いに最も阻止したかった敵の行動の一つは、核兵器の使用です。安全保障上の最大の問題を核抑止と定め、その目的を果たすために核戦力を増強しました。しかし、冷戦が終わり、核兵器の使用が極めて閾値の高いものとなるに従って、抑止力を失わないペースで核兵器は削減されつつあります。核兵器の持つ軍事的必要性が低下し、維持・管理のためのリソースを他の脅威へ振り分ける新たな必要性が高まっているからです。


国益観が変われば核武装もありえる


翻って日本の安全保障環境を見てみましょう。周辺国と領土問題を抱え、とりわけ中国の軍事力拡大は今後ますます我が国の安全を脅かすものと思われます。中国が「力」、「利益」、「価値」のどれを重視し、最大化を図っているのか、そしてそのために日本の何をいかなる手段で脅かそうとしているのか、ということを考えなくてはいけません。このパズルを解く上で、核兵器というピースがどのような位置づけとなるか、というのが「日本の核武装」の争点の一つです。

軍事力を拡大する中国に対して手をこまねいていれば、日本のなんらかの国益が侵害されるのは間違いありません。ただし、中国はそれを核兵器によって達成しようとしているか、と問われるとどうでしょう。日本の主要都市を戦略核で破壊し、インフラを無効化することで最大化できる中国の国益とは一体どのようなものなのでしょうか。日本の国土を荒廃させておいて人民解放軍を上陸させるのでしょうか?そのままでは占領地を利用できませんから、彼らが最初に着手するのは再建・復興ですね。ずいぶんとご苦労なことですが、日本の言語や文化を消滅させ、中国の「価値」を拡大することが優先度の高い国益となったならば、そういったシナリオも考えられなくありません。ただ、今のところ、効果と代価が釣り合いません。

将来、中国の国益観が変化したとして、日本に核攻撃をかけて達成できる中国の国益とは何でしょうか?そこを明らかにし、現実味のあるシナリオを描かない限り、「中国は日本を核攻撃するに違いない」と何度言ったところでオオカミ少年の妄想です。

もちろん、日本の国益観自身も劇的に変わる可能性はあります。核開発によって損なわれる他の国益をなげうってでも、「日本は核武装をするんだ!」と多くの国民が決意する場合、核武装そのものが至高の国益ということになります。もはや「力」、「利益」、「価値」を保障するための手段という階層ではなく、その3つと同等以上に保障されるべき対象ということになるでしょう。

守るべき「力、利益、価値」は移ろいゆくものですから、そのような時代が訪れないとも限りません


「手段」であるなら検証が必要


核武装推進派の動機は、(1)中国・北朝鮮の脅威の増大、(2)アメリカの核の傘への不信、が主なものです。この文脈で考えると、核武装派は核兵器を「力」、「利益」、「価値」を守るための手段としていることが分かります。手段の一つであるならば、是非論が様々な角度から検証されることになります。

例えば、核兵器という科学技術のかたまりをテーマにする以上、物理的・技術的に可能か不可能かを検証するのは当然です。技術的な問題を無視して出来る出来ると叫んだところで夢物語に花が咲くだけですからね。

法律、コスト、国際情勢、etc. etc...それらがクライテリア(評価基準)になります。上記の(1)と(2)を核兵器で解決する場合と他の選択肢(通常兵器や外交)を用いる場合とでどちらがより効果的であるかを、クライテリアを通して検証するのです。蓋然性や政治的・経済的受容度といった評価項目ごとに分類し、その結果として核武装が適切と判定されれば、なんら核武装に反対するつもりはありません。

もちろん、これらの検証作業は前提条件の設定次第で大きく結果が異なります(今回の連載でも、この部分が曖昧で、多分に主観的作文に終わってしまっていますね …orz)。先述のように日中両国、もしくはいずれか一方の国益観が劇的に変化したり、中国経済がある日突然崩壊したり、アメリカが突然モンロー主義に回帰したりすれば、日本の核武装の位置づけも現在とはまったく模様の違うパズルのワンピースとならざるを得ません。

日本の核武装を肯定しているアメリカの政治学者ジョン・J・ミアシャイマーも、「中国経済の急速な成長が止まり、日本が北東アジアで引き続き最も豊かな国であり続ければ」※2という条件を付した上での日本核武装論です。現在のところミアシャイマーが想定したような国際環境ではありませんね。


現時点で必要性を認めないが、将来の可能性は否定しない


上記(1)、(2)を始め、核武装の動機のほとんどが、日本が「脆弱である」との認識に基づいています。今はまだ有利な状況かもしれないが、時間とともに日本は不利になる、またはいざという時にアメリカは自らを犠牲にしてまで日本を助けちゃくれない、という不安感です。その認識は間違ったものではないと思います。有事を想定して法やシステムを事前に整備し、抑止力を維持・向上させる努力は平時から怠ってはいけないと思いますし、軍事力抜きに外交が成立しないのは当然です。

戦略的脆弱性を認識することは必要です。しかし、その弱さを相殺しようと一種のパニック状態に陥り、希望的観測に基づいて判断を下す危険性を、我々日本人はかつての戦争で学んだはずです。危機感の内容と原因、対処法は入念に検証されるべきではないでしょうか。

巷にある核武装論は、守るべきものがなんであるのか、どのようにして失われるのか、それをどうやって守ればより効果的なのか、という検証プロセスがあいまいなままにされているのがもったいないところです。正義や愛国・憂国を掲げて核武装を唱える気にはなれませんが、選択肢として完全に否定するつもりもありません。私は現在の情勢から考えて核武装の必要性を認めていないだけで、将来、世界が変われば守るべき「力、利益、価値」は変わり、守るために必要な手段も変わります。

日本の核武装について多角的に検証された学術論文や著書をご存知の方は、ご教示頂ければ幸甚です。是非読んで勉強したいと思っております。


(了)

注※1 高坂正堯、『国際政治―恐怖と希望』、16~20ページ
注※2 ジョン・J・ ミアシャイマー(著)、奥山真司(翻訳)、『大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!画像を見る』、513ページ。

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