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「最後はキャッシュが明暗を分ける」Jリーグの新型コロナ対策を村井満チェアマンに聞く - 森雅史

  • 2020年07月31日 12:58
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7月4日、J1リーグが再開し、約4カ月間ストップしていたプロサッカーが動き出した。新型コロナウイルスの影響はJリーグにとっても甚大だったはずだが、その対応は迅速だったと言えるだろう。12月にはすでに問題を認識し、1月には準備を始めた。2月末にはリーグの中断を決定し、3月以降は再開に向けて様々な策を練った。

その中で見落としてはならないのは、Jリーグに所属する56クラブの経済危機を救うための手段の確保だった。なぜJリーグは巨額のコミットメントライン(あらかじめ決められた期間・限度額の範囲内で、いつでも借り入れができる融資枠)の契約を結ぶことができたのか、そして社会の公器としての役割をどう考えたのか、日本プロサッカーリーグの村井満チェアマンに聞いた。

GettyImages

当初は「何が何だかよくわからなかった」

——まずこの新型コロナウイルスへの対応についてお聞きします。最初にこの伝染病の話をお聞きになったとき、どういうお考えをお持ちになりましたか?

最初は「新型肺炎」という言葉もあったりして、何が何だかよくわからなかったですね。2019年12月の中旬ぐらいですか、まだ「新型コロナウイルス」という名前での報道が増える前、中国・武漢でこの問題が出たときに注目しました。

私たちサッカー界には、「アジアチャンピオンズリーグ(ACL)」という、アジア各国の強豪チームのチャンピオンを決める大会があって、その本大会出場を決めるプレーオフが1月から始まります。プレーオフの結果次第で中国のクラブと試合をする可能性があり、このコロナウイルスは武漢という地域に限定されるものなのか、あるいは中国で広範囲に広がるものなのか、その情報収集を始めたのが2020年の年初あたりですかね。

手元の記録には1月22日にJリーグに所属する全56クラブに、「コロナ対策担当を設けて、連携を行おう」と連絡したとあります。27日にはJリーグ幹部宛のメールで、「場合によっては無観客の試合を開催しなければならないかもしれない。もしかしたら試合を中止しなければいけないかもしれないし、払い戻しをしなければいけないかもしれない。こういう対応に備えてJリーグの幹部は全員臨戦態勢をとってほしい」と指示を出しました。

——1月28日には中国のチームとの対戦ではなかったものの、ACLの試合に鹿島アントラーズ、FC東京の2チームが出場しています。シーズン直前から問題の存在は把握していたのですね。そして、この頃にはシーズンインが目前に迫っていました。

2月3日に横浜港に入港したクルーズ船に、新型コロナウイルス陽性の乗客がいるということで上陸を許可しないという問題が起きました。このとき、これはもう我々の身近にある問題だと思いましたね。ところがこのタイミングでは2月8日に富士ゼロックススーパーカップという、今シーズンの開幕を告げる天皇杯王者とリーグ戦王者の試合があったのです。

2019年、Jリーグは過去最高の入場者数で、1100万人以上のお客様に来ていただき、J1リーグの平均入場者数が2万人を超えました。我々にとって2020年は希望溢れた開幕でした。富士ゼロックススーパーカップのチケットも5万席ほど売れていました。

実は、この試合に来場される5万人分のマスクもすでに買ってありました。けれども、そのころマスクの品不足という話が出てきて、来場者だけに配っては申し訳ないということで、2月初旬に全国のJクラブに配布しました。ただ、そのころ何かが見えていたわけでは全くなくて、常に情報収集に明け暮れていたという記憶があります。

Jリーグの村井満チェアマン(写真は今年2月14日におこなわれたプレスカンファレンスの様子)©Shin-ichiro KANEKO

「最後はキャッシュが明暗を分ける」計300億円のコミットメントラインを用意

——2月21日に開幕して1試合が終わったところで25日にシーズン中断が決まりました。ほとんどのクラブは2019年12月から2020年2月までのシーズンオフには入場料収入がなく、中断の影響で2月以降に見込んでいた収入が不透明になりました。Jリーグに参加している56クラブはこの事態に耐えられる経営規模なのでしょうか?

Jリーグのクラブは一つひとつで見るとそこまで経営規模が大きいわけではありません。また、クラブは収益を強化費やチーム人件費に使いたいというのが本音です。そのため、内部留保や純資産が非常に少ないクラブばかりです。

こうした背景もあって、昔は経営破綻するクラブがありましたが、2012年に「クラブライセンス」というリーグ戦への参加資格を審査する制度を導入して、クラブ経営の健全化を推進しています。債務超過のクラブはライセンスが発行されない、あるいは3年連続赤字(※)という赤字体質のクラブは、個人で言えばいずれ自己破産になるような状態を招くので、強制的に降格させるなどしています。

——クラブの財務状況を考えてJリーグはどんな対応策をとろうと考えましたか?

各クラブの財務のマネジメントはずっとやってきて、やっと健全経営の土台ができている状態ではあるのですが、今回のコロナのようなものが襲いかかってきて、お客様を招いた試合ができない、入場料収入が期待できない、もしくは試合ができないと、パートナーやスポンサーが離脱する可能性がありました。

そういう状況に備えてリスクサイドを考えると、非常に脆弱なクラブをどう支えるのかがJリーグの経営課題になるというのはわかっていました。ですから、Jリーグ創設時から資金を管理していただいている三菱UFJ銀行に、コミットメントラインの設定をお願いしたのです。

——コミットメントラインも含めてどれくらいの規模の資金を用意したのですか?

今回のコミットメントライン200億円と当座貸越60億円、トータルで260億円という資金の目処がまず付いて、そこに商工中金からもコミットメントライン100億円を設定してもらいました。この金額を不測の事態に備えてバックアップできたのは、非常にありがたかったと思っています。こういう時はPL(損益計算書)でもBS(貸借対照表)でもなく、最後はキャッシュが明暗を分ける非常に重要な存在です。そこの手当てを1番最初に行ったという感じですね。

——4月28日にはコミットメントラインを確保できたと発表しています。3月一杯はリーグ再開を模索していたのですから、非常に素早い交渉だったのではないでしょうか。

私が金融機関とどう交渉したから設定できた、ということよりも、プロサッカーが開幕して以来この27年の間に、みなさまのおかげで国民的スポーツになったことが大きいのではないでしょうか。27年前はキャッシュフローが成立するかどうか、誰もが疑心暗鬼だったわけですけど、この間、多くの選手や関係者、メディアの方々も含めて育ててきた結果、大きな社会的信用を得ていたのだと私は思っています。

——これだけのコミットメントラインが用意できた要因は、Jリーグ創設以来の銀行との取引だけではなかったのではないかと思います。

日本スポーツ振興センター(JSC)が実施している、スポーツ振興くじ(toto)は、今のところ国内ではJリーグの試合が唯一の対象になっています。このtotoの売上は2019年度約938億円で、だいたい年間1000億円あるわけですが、その半分は当せん金として払い戻されます。そして残りの半分のうち、経費などを差し引いた収益の4分の3は、実は様々なスポーツ団体の強化費、オリンピック・パラリンピックに向けての強化費、それからスタジアムやアリーナの整備に使われ、4分の1は国庫に納められて国の基本財産になっています。

ですからサッカーは、ある意味でサッカー界だけの存在ではなく、誤解を恐れずに言えば、国のスポーツのひと役を担っているという自負もありました。そのサッカーが、サッカー界の都合で破綻するようなことになっては、国に対して取り返しの付かない迷惑をかけることになるという思いがあって、サッカーが国のために何ができるかをずっと考えていました。

菅官房長官に「クラブ施設をPCR検査場に」と打診

——村井チェアマンはそのサッカーの持つ公共性を非常に重視していらっしゃるように思えます。4月20日は菅義偉官房長官を訪ねて「クラブ施設をPCR検査場に」と申し入れもなさいましたね。

よく考えるとスタジアムの周辺には駐車場もありますし、クラブハウスもあって、電話がかけられるオフィスも、シャワーもあります。その駐車場や周辺施設を使ってPCR検査ができたら、検査担当の方がシャワーも浴びられます。使えるかどうかは分からなかったのですが、菅官房長官を訪ねて「その可能性はありますか?」と伺ったら「大変ありがたいアイデアだ」と言っていただきました。その後、政府は複数の知事に連絡されていたようです。

菅義偉官房長官

最終的には私が提案したこういう流れとは別に、大きな流れの中で鹿島アントラーズが独自にホームスタジアムを検査の施設、検査場所として解放されていたようですし、今回のPCR検査全体の流れの土台を担ったのは間違いないと思います。格好よく言うつもりもないのですが、多くの人に支えられてきたサッカーなので、こういうときにどう貢献できるのか、思い悩みながら相談に行ったというのが正直なところです。

——リーグ再開までの動きを見てJリーグは非常に素早くいろいろな事態に対応していると思います。それが可能な理由は何ですか?

今回Jリーグが再開までこぎ着けられたのは、チェアマンという個人の力ではなくて、Jリーグのガバナンス構造にあると思っています。これは初代チェアマンの川淵三郎さんが作ってきたガバナンスがこういう事態に有効だったということです。

Jリーグは、リーグにすごく大きな権限が集約されています。やや中央集権的であるJリーグはガバナンスが効くような規約体系を作ってきました。しかもルールで縛るというより、企業名ではなく地域名を名乗るとか、地域密着、百年構想などのJリーグの理念を掲げて、理念に合意すると言ったクラブだけを加入させてきたのです。だから極めて公共性が高い思想の集合体なのですね。

この27年間、10クラブから現在の56クラブになるまでずっと理念だけで広げてきましたので、ここにきて国民がすごく大変な状況になると、「国民のために」「地域のために」ということですぐにベクトルが合うのは、チェアマンとしては極めてやりやすい状況です。私の腕力でやっているのではなくて、Jリーグのガバナンス構造がそうさせていると私は思っています。

「攻撃は楽観的に、守備は心配性なぐらい慎重に」

——今後Jリーグがこの問題に対応するときの基本的な考え方はどうしていますか?

今後の見通しについては、新型コロナウイルスのワクチンが開発されているわけではないですし、治療薬が存在するわけでもないので、まだまだ何が起きるか分からないと思っています。感染者数も少し増えていますし、何が起きるか分からないという状況で、いくつか大事な思想というか、考え方の部分を社内には言っています。

それは「攻撃は楽観的に、守備は心配性なぐらい慎重に」ということです。たとえば「まぁ何とかなるよ」と他の人々の健康に危害を加えるようなことがあってはいけないので、今回、必要以上なくらいに慎重なガイドラインを作りました。

スタジアム入場時の検温など、感染予防の取り組みもすすんでいる GettyImages

試合を開催する、練習を行うなどの80ページに及ぶガイドラインなのですが、そういう意味で「慎重に」ということを土台に置きながらやっています。「もういいだろう、そんなに臆病にならなくても」と言われるぐらい、これからも慎重に考えながら進もうと思っています。

——問題に対処するときの現在のJリーグはどうしているのですか?

Jリーグの社内の考え方に「PDMCA」というのがあります。普通は「PDCA」ですよね。「PLAN」「DO」、計画を立てて、やってみる。その次は何か物事を改善していくプロセスとして「CHECK」「ACTION」でチェックしてまた次の行動を起こす、これを繰り返していきます。

我々はこの「PDCA」の真ん中にM、「MISS=ミス」を置こうと言っています。プランを立て、1回やってみる。たとえば今回、2週間に1回、試合関係者3000人以上にPCR検査をやるのですが、その管理のプロセスにおいては様々なミスもありました。ミスがあって検証するから次に生きるということで、ミスを恐れずにいこうということを大事な価値観としてやっています。

あとはサッカーはミスのスポーツです。足を使うからプロがやってもミスが起きる。オウンゴールなんていう言葉もあります。サッカーの本質はミスを前提としながら、折れた心を立て直したり、立ち直ってもう1回チャレンジするというものなのです。

その統括団体であるJリーグも数多くのミスをしましたし、これからもすると思うのですけれども、ミスを恐れてアクションしないよりは、慎重ではあるのですが、ミスを覚悟の上で前に進んでいきたい、前に向かっていこうと思っています。

世界のノウハウを学び、ブレイクスルーしていく

——経済活動再開は生活必需品が優先され、エンタテインメント系の活動は最後です。エンタテインメント系の存在意義が問われていると思いますが、いかがでしょうか?

エンタテインメントの分野、いわゆる文化の領域は、スポーツだろうが、音楽や芝居や何だろうが、人間が五感で表現するものです。人間が人として生きている以上、泣いたり笑ったり汗をかいたり、仲間と一緒に戦ったり天を仰いでみたりという、様々な感情の表出は必ず起こり得ます。人の本質に直結しているこの領域は、なくなる事は絶対にないと思っているのです。

長い年月にわたって多くの人が「いいね」ボタンを押し続けたものが「文化」だと私は定義しています。何かに強制されるものでもなく、誰かに命令されるものでもなく、個人が主観で「いいね」と思ったものが長い年月積み重なった。それが歌舞伎であったり能や狂言であったりするわけです。

——サッカーも日本の文化の一部になってきたと思いますか?

日本のプロサッカーリーグが発足してからのこの27年間、「いいね」を押し続けてもらいました。そして「いいね」と思った人たちが確実に増えてきているのでサッカーも文化になりつつあると私は思っているのです。

そういう人の心の中の「いいね」という思いは、簡単にコロナでは消せないのですよね。ウイルスは消せても、こうした心の中でのざわつきだったり、ワクワク感だったりは消えないので、サッカーがなくなることはありません。

選手とサポーター、クラブが盛り上げてきたJリーグをコロナ以前のように楽しめる日は訪れるのだろうか GettyImages

けれど今度サッカーをマネジメントする側、経営する側はしっかりしないと、本当に経済的な事情で大きく後退してしまうこともあります。サッカーの文化はなくならないにしても、我々リーグ経営やクラブ経営をする立場の人間は、相当意識が高くないと多くのみなさまに迷惑をかけると思いますね。

——村井チェアマンは何か今後に対して秘策を持っているように見えます。教えていただけないですか?

秘策は特にないです。本当にないです(笑)。ただ幸いなのはサッカーは世界のスポーツなので、イングランドのプレミアリーグ、ドイツのブンデスリーガ、スペインのリーガエスパニョーラ、イタリアのセリエA、韓国のKリーグも、みんな悪戦苦闘しながら前を向いています。そこには様々なナレッジもありますし、汎用性のある知見もあります。我々もJリーグに閉じず、常にオープンにして、我々の情報もどんどん出しながら様々なノウハウを学んでいけば、何とかブレイクスルーできるのではないかと思っています。

——Jリーグ所属の全56クラブは生き残れるでしょうか?

大丈夫でしょう。まぁ大丈夫でしょうというか、いろいろあると思いますよ。後退しなければいけないとか縮小しなければいけないというのはあるかもしれません。ですが幸いにも地域の名前を名乗り、地域に支えられているクラブが自分の役割を果たしていけば、歩みを遅らせることはあるかもしれませんけど、クラブそのものは存続し得ると思っています。

※2018年の改訂により、3期以上連続の赤字を計上しても、「前年度の赤字額が純資産額を上回っていないこと」を満たせば、財務基準を満たしていると判断される

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