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自分自身の動物性と和解しながら生きる

いくらカネを稼いでも、真の友人や配偶者を求める「我々の動物部分」は決して幸せになれない。 | Books&Apps
 
「いくらお金を稼いでも、人は、それだけでは幸せになれそうにない。」
 
はじめに私がこの疑問を持つようになったのは、バブル景気の真っただ中の1990年、経済的・物質的繁栄が頂点に達していた頃だった。

豊かさとは何か (岩波新書)
作者:暉峻 淑子
発売日: 1989/09/20
メディア: 新書




日本は経済的・物質的繁栄の頂点にたどり着いた。だからといって日本人がみんな幸せになるはずもなく。お金やモノに恵まれているはずの不幸せな人やお金やモノと引き換えに失っているものについて、たくさんの論説が記された。上掲の『豊かさとは何か』も、そんな本のひとつだ。
 
学生時代の私はこうした本を何冊か読み、「お金を稼ぐだけではどうやら幸せになれないらしい」ことをまず知識として知った。
 
この知識が実感へと変わっていったのは、学生時代が終わり、仕事やオフ会でいろいろな人に出会うようになり、無数の幸福と不幸を垣間見るようになった二十代なかば以降のことだった。
 
『豊かさとは何か』に登場する不幸や喪失は、なるほど実在していた。多少の金銭と引き換えに健康を失ってしまう人々、華やかな夫婦の仮面をかぶった寂しい人々、ブランドものや高級外車などに囲まれていても不幸な人相を顔に貼り付けている人々、等々……。
 
そうした人々をよそに、つつましい幸福を掴んでいる人、満足の境地にある人、つべこべ言いながらも生活を守り続けている人々もまた見てきた。経済的・物質的困窮はいけない。だが、経済的・物質的にある水準をクリアしてしまってからは、人は幸福に、いやそこまでいかなくても大して不幸にならずに生きていける。少なくとも、お金やモノさえあれば幸福になれるものではないらしい。
 
そのことに二十代の私は強く印象づけられた。

「人間である前に、動物であることを思い出せ」

ではいったい、どうすれば幸福に近づきやすく、不幸を遠ざけやすく生きていけるのか。心理学や哲学よりも参考になりそうにみえたのは、進化生物学や進化心理学だった。

人間の性はなぜ奇妙に進化したのか
作者:ジャレド ダイアモンド
発売日: 2013/07/12
メディア: Kindle版



若い読者のための第三のチンパンジー:人間という動物の進化と未来
作者:ジャレド ダイアモンド
発売日: 2016/07/01
メディア: Kindle版



マザー・ネイチャー (上)
作者:サラ・ブラファー・ハーディー
発売日: 2005/05/26
メディア: 単行本



ホモ・サピエンスの遺伝子がだいたい作られた頃の適応環境(environment of evolutionary adaptedness)に遡って人間の幸不幸について考えたとして、人間が幸福感や快感を感じやすい生き方とはどのようなものか。あるいは人間は、どのような状況を幸福や快感と感じやすく、どのような状況を不幸や辛さと感じやすいのか。
 
食欲、睡眠欲、性欲。これらは三大欲求などと言われるが、太古の昔から社会的生物として生きてきた人間の欲が、三つに分類して足りるほど単純だとは思えない。
 
進化生物学方面の書籍をみるにつけても、実際の人間たちの幸不幸の実相をみるにつけても、人間の欲はもう少しいろいろな姿をしている。性差や個人差もかなりありそうだ。そのことを承知のうえでいくつか挙げてみれば
 
・安定した家庭環境のなかで、親は、子どもが順調に育っていくのをみるとそのこと自体を幸福に感じやすい
・日常的に顔をあわせる人間関係のなかで、毛づくろい的なコミュニケーションができているほうができていないより幸福に感じやすい
・言葉によるコミュニケーションだけでなく、いわゆるスキンシップがあったほうが幸福に感じやすい
・なんらかの役割や栄誉を引き受けているほうが、そうでないより幸福に感じやすい
・喜怒哀楽が多すぎても少なすぎてもたぶん難しい
 
これらが人間すべてにあてはまるわけではないとしても、たいていの人間には多くあてはまり、私自身にもだいたい当てはまるだろうと、三十代の頃の私は推定していた。
 
それなら金銭に最適化した人生を選ぶより、これらの充足にも目配りした人生を選んだほうが幸福に近づきやすく、不幸を避けやすいのではないだろうか。お金やモノがもっと手に入る選択肢があったとしても、これらの欲を蔑ろにしてしまったら、ただそれだけで幸福になりにくく不幸になりやすくなると想定すると、あの不幸な人や、あの幸福な人も説明づけられるのではないだろうか。
 
お金やモノを欲しがる欲はいかにも近現代的で、上昇志向とも一致する。
だから、そういった欲がある程度はあったほうがいいのかもしれない。
 
けれども冒頭リンク先にもあったように、人間の欲は近現代的な、ホモ・エコノミクスだけでできているわけではない。もっと古めかしい、もっと動物的な欲も人間には備わっている。三十代になってからの私は、そうやって近現代的な欲と動物的な欲を折り合い付けることを人生の大目標にしてきた。「私自身の動物性と和解せよ」は今でも私の指針の一つだ。これからもたぶん守っていくと思う。

意識しなくてもやっている人はやっている

私はかなり意識的に動物的な欲に目配りし、自分自身の動物性と和解するようつとめてきたけれども、意識するまでもなく和解している人がたくさんいる。
 
噂話を絶やさない近所のおばちゃん、河川敷でバーベキューをやる家族連れ、地元の居酒屋で歓談しながらビールを飲む常連客のうちに、私は動物性と和解したスタイルを見出さずにいられない。彼らは下手に賢いホモ・エコノミクスよりも低収入で"遅れて"いるかもしれないが、そのぶん、自分自身の動物性を疎外していないようにみえる。動物性を疎外しない生き方を意識しなくてもやってのけられる彼らの姿を、私は羨ましく思う。
 
昨今は新型コロナウイルス感染症によって、いわゆる「新しい生活様式」というのが勧められている。そうなると、スキンシップや毛づくろいコミュニケーションといった三密に抵触するコミュニケーションがやりづらくなるわけで、動物性を疎外しない生き方も難しくなって不幸な人が増えるのでは、と思ったりする。まただからこそ、三密に抵触するとしてもカラオケに集まったり夜の街に繰り出したりする人が出てくるのだろうなとも思う。
 
や、こう書くと「獣は檻へ」とご指摘する人がいらっしゃるかもしれない。でも人間は純粋なホモ・エコノミクスでもましてや法人格でもないのだから、たとえ動物性を檻に入れるとしても、ときどきお散歩させたり毛並みを整えたりしてあげないとかえって危なくないですか、というのが私の意見。

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