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「尊厳死法制化」は医療格差の拡大を招きかねない―川口有美子氏インタビュー回答編

「尊厳死の法制化を認めない市民の会」呼びかけ人・川口有美子氏(撮影:岩井美郷)
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BLOGOSと、「知」のプラットフォームSYNODOSがタッグを組んでお送りするインタビューシリーズ「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」。前回は、「尊厳死の法制化を認めない市民の会」呼びかけ人・川口有美子氏インタビュー「『尊厳死法制化』は周囲の人間から”自殺を止める権利”を奪う」を掲載いたしました。今回は、読者からいただいた質問や意見に川口氏が答える回答編をお届けします。【BLOGOS編集部】

「尊厳死法」に基づいた政策の数々は、医療費の調整(縮小)機能


今回は、読者から寄せられた意見に応える回答編ということでよろしくお願いいたします。

前回の記事に対して、「尊厳死法が成立したとしても、そんなに影響があると思えませんでした」「法制度化されたら尊厳死しなければならないわけではないのだから、尊厳死に反対する人は、法が出来ても自分は同意しなければいいだけの話では」といった感想が寄せられています。現状の法案の問題点について、もう少し詳しく教えていただけませんでしょうか?


川口氏:まず、超党派の「尊厳死法制化を考える議員連盟」が、民主主義を逸脱したやり方で法案を上程、議会を通そうとしているところに問題があります。

「尊厳死法制化を考える議員連盟」の増子会長は、2つの法案は各党に持ち帰られ、検討されていると言っておられましたが、「尊厳死の法制化に反対する会」が行った国会議員対象のアンケート調査によれば(近々発表されるようです)、各党で検討された様子はなく、議連の議員の多くは深く考えず、お付き合いで議連に名前を連ねていているだけのようです。

各党の厚生労働委員会での審議もなく、法案を公表しパブリックコメントを求めるなどの手続きも通さずに、次の臨時国会に上程決議しようと言うのは、あまりに乱暴なやり方ではないでしょうか。

そもそも人の尊厳をどう考えるのか。そして「終末期」をいつからと考えるのか。

これは定義できないものです。「亡くなって振り返って、あぁあの時からが『終末期』だったのだと初めてわかる」と尊厳死協会副会長の長尾氏も言っています。それを法制化で一律に定義しようとしているわけです。

「法律ができても影響はない。嫌なら使わなければいい。好きに治療を続ければいい」と言われるのですが、法律に従わない人は、「血税を使って無駄な治療をしている人」「利己主義者」「非国民」のレッテルを貼られるようになるでしょう。国家として、一律に「延命処置」「終末期」を定義し、しかも健康なうちに定義通りに死ぬことを自ら誓わせることになります。

これを全体に普及させ、守るべき道徳として広めること。それが法制化です。この死に方を手本として、子どもから高齢者にまで徹底して定着させ、守らせるためのあらゆる施策が講じられるようになります。

法案をざっと見ていきましょう。(全文はこちら

法案1法案2の第三条「終末期の医療について国民の理解を深めるために必要な措置を講ずるよう努力」、第十一条「国及び地方公共団体は、国民があらゆる機会を通じて終末期の医療に対する理解を深めることができるよう、延命措置の不開始(第一案)と中止(第二案)を希望する旨の意思の有無を運転免許証及び医療保険の被保険者証等に記載することができることとする等、終末期の医療に関する啓発及び知識の普及に必要な施策を講ずるものとする。」とあります。

これで地方公共団体は、法律を積極的に広めるための事業を行うことになるので、学校や病院などでは、終末期の人工呼吸器や胃ろうなどの治療を断る旨を書きおくことを積極的に推奨していくことになります。しかも満15歳以上に適応するとあり、免許証や保険証の裏に記載させるというのですが、これでは書き換えは非常に困難です。

第十二条では「厚生労働省令への委任」、附則3では「この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行の状況、終末期にある患者を取り巻く社会的環境の変化等を勘案して検討が加えられ、必要があると認められるときは、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるべきものとする」とあり、厚生労働省において、時代の情勢に則して3年ごとに見直していくのです。

つまり、日本経済に連動した医療費削減の切り札として、この「尊厳死法」に基づいた政策の数々は、高齢者、障害者などの社会的弱者に対する医療費の調整(縮小)機能の役割を負うことになります。

―医師側に掛かる負担を指摘する声もありました。「今、医者の判断で延命措置を止めると、医者が殺人を犯したことになりかねない」という意見です。この点については、どうでしょうか?法制化されていない現状において、どのように「尊厳死」が進められているのかとあわせて教えてください。

川口氏:現在でも、治療の不開始による「尊厳死」は実施され、胃ろうや呼吸器の中止も行われていますが、きちんと話し合いがなされていれば、問題になるケースは少ないです。

医師が殺人罪に問われるのは、家族に説明もせず同僚に相談もせず、これらを独善的に行った場合。病院の勤務医は激務の上、毎日大量に救急搬送されてくる病人にベッドを効率よく空けなければならない。そんな医師の責務を軽減し、独断を避けるために、国は「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を2007年に策定し、多職種による相談体制や家族の同意に基づく医療を推奨しました。これで医師が一人で決定、ということはなくなるはずです。

「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」

しかし、このたびの法案の第四条、第六条はこれにも逆行しています。

医師2名で終末期を判定できることにしているからです。他職種や家族との「信頼関係に基づき」とはあるが、合意形成の義務については書かれていません。これは手間を省き、少数の医師で末期を決定し治療の停止もできるよう効率化を狙ったもののようではないかと考えられます。

尊厳死の法制化により、入院時には必ずや法律に則って「延命治療」を断る旨を一筆書かされるようになるでしょう。(「延命治療」と判定するのは本人でも家族でもなく病院ですが)。

そのようにしておけば、家族が合意していないのに尊厳死させても医師は免責になります。

加えて本人が「臓器提供カード」も携帯していれば、治癒の可能性があっても、人工的に「尊厳死させる」ことになりかねません。たとえば、交通事故等で意識不明の15歳の子どもの家族が、積極的な治療を要求している場合でも、少年の従前の意思に従い、一切の治療をせず「脳死」に持ち込み、その臓器を取り出してよいのかは、議論の余地があるところです。

尊厳死法制化は「医療格差」の拡大を招く可能性も


―高齢者の延命の問題とあわせて、経済を含めたリソースの観点から、尊厳死の必要性を主張する意見もありました。「治療を待つ人の精神的・肉体的負担を減らすためには、医療全体のボリュームを減らすことを考えなければならない」「延命を続けることで、家族の負担は増し、自治体や国の負担も増す。家族は財産をすりつぶし、国の財政は悪化する」といった意見です。この点については、どのようにお考えでしょうか?

川口氏:先日、石原伸晃氏もテレビで、「日本経済の立て直しのためには終末期医療対策が必要、そのために自分は尊厳死協会に入る」と言っていましたが、これは尊厳死の法制化が国の経済対策の特効薬と見なされている証拠です。

この法律により、国が終末期を3年ごとに見直し、定義し直して統制ができるので、費用対効果のエビデンスがない疾患や障害のある高齢者には保険の適応を切り詰めていくこともできます。

これが進めば、日本の誇る国民皆保険制度もイギリスのNHSのように、公的保険で受けられる治療の範囲は狭まり内容もお粗末になります。終末期でなくても胃ろうを増設してもらえなくなり、透析その他の高額医療は保険で受けられなくなる。嫌なら高価なプライベート診療を選択しろということになり、医療格差は拡大するでしょう。適切な医療を受けられない人がいても自業自得という社会になっていきかねません。

国民に積極的に尊厳死を選択させることで医療費を切り詰められる、というのではなく、私たちの安心安全のためには、その人ごとに過不足のない医療を届けられるようにしていく。そのための法制度を考えるのが、政治の役割ではないかと思うのですが。

―本日はありがとうございました。

プロフィール

川口有美子(かわぐち・ゆみこ):「尊厳死の法制化を認めない市民の会」呼びかけ人。
1995年に母親がALSに罹患。1996年から実家で在宅人工呼吸療法を開始し、2003年に訪問介護事業所ケアサポートモモ設立。同年、ALS患者の橋本操とNPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会を設立。2004年立命館大学大学院先端総合学術研究科。2005年日本ALS協会理事就任。2009年ALS/MND国際同盟会議理事就任。共編著書に「在宅人工呼吸器ポケットマニュアル」(医歯薬出版)。「人工呼吸器の人間的な利用」『現代思想』2004年11月(青土社)。単著に第41回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『逝かない身体―ALS的日常を生きる』
Twitter:@ajisun1208
さくら会HP:NPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会



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