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「近所」というフロンティア――地元観光のすすめ - 吉永明弘 / 環境倫理学

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コロナ状況の下での大学の授業

2020年度は大学人にとっても想定外の年度となった。私は今学期、一回しか大学に行っていない。あとはすべて自宅でオンデマンド式の講義を行った。授業を録画してそれを配信し、視聴してもらうというやり方だ。しかしこれでは出席も取れないし、双方向のやりとりができない。そこで出席を兼ねて質問をメールで受け付けたところ、例年のコメントペーパーよりも本気度の高い質問が多く届いた。それに長文の返事をすると、再びメールが来て、何度かやりとりが交わされる。実はオンデマンド授業のほうが、対面授業よりも個々の受講生と「対話」する機会が増えている。去年までの、特に大人数の授業の場合は、対面といっても実際には「講師」と「聴衆」であり、教員と話をすることなく学期を終える学生が少なくなかった。

そんなわけで、講義については、オンデマンドでもメール等を用いれば何とかなる(ある点では授業が改善される)ことがわかってきた。問題はフィールドワークである。これはオンデマンドではどうにもならない。海外渡航は困難であり、国内の移動も憚られる。コロナ状況はフィールドワークという教育形態を打ちのめしてしまったかに見える。

問題の焦点は、フィールドワークが「遠く」に「集団で」行くものと思い描かれているところにある。しかし、「近く」に「一人で」行くフィールドワークもありうるのではないか。そしてそれならば、コロナの下でも比較的許されるはずである(もちろんマスク着用などの基本的な配慮は必要だが)。

「アメニティマップ」というツール

私の授業では「アメニティマップづくり」を課題にしている。これはもともとフィールドワークを含んでいる。アメニティマップとは、好きなところ(アメニティ)を緑、嫌いなところを赤(ディスアメニティ)、微妙なところを黄色でチェックした地図を指す。

まずは単なる好き嫌いの表明でよい(近年痛感するのは、学生にとってアメニティマップづくりは、単純に自分の好き嫌いを表明し、それが公認される稀な機会なのではないか、ということだ。アメニティマップづくりは毎年、学生に大人気なのだが、その理由の一つは、ここでは好き嫌いを言ってよい、ということにあると考えている)。とはいえそれで終わりにはせず、そこから、なぜそこが好きなのか、なぜそこが嫌いなのか、という理由の考察や、好きな場所を残すにはどうすればよいか、嫌いな場所を改善するにはどうすればよいか、という実践的な思考へと至ることがマップづくりの肝である。

基本的には集団で行うしくみだが、まずは一人ひとりが同じ範囲の地図をもってその地域を歩き、各自のアメニティマップを作成する。それを持ち寄って、情報を一枚の大きな地図に集約する。そうすると個々人の好き嫌いを超えた、その集団にとっての地域の守るべき(アメニティ)ポイント、改善すべき(ディスアメニティ)ポイントが浮かび上がる。より重要なのは、人によって評価が分かれるスポットだ。同じ場所を見ても人それぞれ評価が異なることを自覚させることも、アメニティマップづくりの目的である。

これは友人の都市工学者である齋藤伊久太郎さんが考案したしくみである(類似のしくみが散見されるが、齋藤氏はアメニティマップの作成手順を精緻に構築しており、私は基本的にそれをなぞっているので、少なくとも私の行っているバージョンの考案者は齋藤氏である)。アメニティマップは、市民参加による「まちづくり」のためのツールであるが、私の専門である環境倫理学の観点からすると、これは身近な環境を見つめ直すためのツールとして用いることができる。

アメニティマップづくりによる「近所」の発見

以上のような、参加者が同じ地域を歩いて集約するというやり方とは別に、各自が任意の地域を設定してマップをつくり、相互に発表するという形態もありうる。授業ではその形をとることが多かった。今年の授業でも、同様のやり方でアメニティマップの作成を課題にしたところ、過去に行った観光地についてのマップもあったが、「近所」についてのマップが多かった。この状況ではそうせざるをえないということもあるだろう。しかし、それらのマップはどれも魅力的なものだった。対面授業の場合は、つくったマップを各自に発表させるのだが、今回は私が受け取ったマップについて講評することにした。それがとても好評だった。さまざまな「近所」の環境に、さまざまな魅力や問題点があるということを、みんな興味を持って聴いたのである。「近所」は調査に値するのだ。

近年は地元志向が強まっているというわりに、私たちは近所の環境を全く知らずに暮らしている。慣れ親しんでいるからといって、知っているわけではないのだ。むしろ慣れている分、積極的な関心をもつことなく過ごしてしまっている。私自身、以前、アメニティマップづくりの市民参加イベントを開催したときに、いかに自分が近所のことを知らないかを思い知った。長年住んでいても行ったことのない場所がある。それは当たり前のことかもしれない。しかし、そこは実は「観光」に値する場所かもしれない。インターネットには世界中の綺麗な景色が飛び交っていて、実際に訪れる前から景色を楽しめてしまう。むしろ驚きに満ちた観光のフロンティアは「近所」にあるのではないか。

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