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父のように稼ぎたいし、“みんなが羨む女”でありたい……私が“女子アナ”を志望した理由 「女子アナ」から考察する日本社会 #1 - 小島 慶子

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 父のように稼ぎたいという気持ちと、母や姉のように“みんなが羨む女”にならねばという気持ちを抱えた若かりし頃の小島慶子さんがたどり着いた職業は「アナウンサー」だった。しかし、実際“女子アナ”になってみると、“女子アナ”に向けられる視線に、ひいては日本社会で女性の置かれた立場や女性に対する評価に違和感を覚えるようになったという。

足をどかしてくれませんか。 メディアは女たちの声を届けているか』(亜紀書房)より、小島慶子さんのエッセイを掲載する。(前後編中、前編/後編を読む)

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◆ ◆ ◆

私はいかにしてアナウンサーになったか

 1972年生まれの私はいわゆる団塊ジュニア世代。子どもの頃、“日本は焼け野原から経済大国になった奇跡の国として、世界の尊敬を集めている”というストーリーを素直に信じていた。両親は昭和8年と12年生まれで幼少期に戦争を体験しており、2人とも飢えと貧困で苦労した。日本は戦争に負けて反省し、悪いことやひどいことは全て終わったと、親も教師もメディアも繰り返し語った。それを聞いて、豊かな日本で生まれた自分はなんてラッキーなのだろうと思っていた。

 戦争はずいぶん前に終わったし、蛇口からはきれいな水が出るし電気もつくし、お腹を空かせて泣くこともないし、学校にも行ける。服も文房具もおもちゃも、いつでも手に入る。

 なんと言っても、日本は世界が羨むお金持ちの国なのだ。父の書棚にあったエズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の背表紙をぼうっと眺めながら、幼い私は明るい未来を信じていた。公害も差別も病気も、悪いことはぜーんぶ21世紀には解決するんだと思っていた。いい学校に入って、いい会社に入れば生涯安泰というおとぎ話が、奇跡的に現実になっていた時代に、私は世界と出会ったのだ。

 まあそんなお花畑を生きることができたのは、たまたま東京で一部上場企業に勤める父と専業主婦の母の元に生まれたからで、要は相当な世間知らずでもあった。住んでいたのは東京西部の多摩丘陵を切り開いた新興住宅地。住宅ローンを組んで憧れの一戸建てを建てたサラリーマンたちの寄せ集めの町だ。都心まではぎゅうぎゅうの痴漢だらけの満員電車を乗り継いで、2時間近くかかる。

 地域コミュニティの歴史がなく、親戚づきあいが希薄な上、中学から私学に進んだので地元の友達とも別れ、どこにも根っこが繋がっていない、宙ぶらりんの気持ちだった。しかしそのおかげで、地縁血縁の縛りがなく、家父長制的な因習や男尊女卑のしきたりなどとも無縁でいられた。学校でもテレビでも「今は昔と違って男女平等になりました」と聞かされていたから、そうなのだと信じていた。

 受験して入った私学の女子校はいわゆる良妻賢母教育ではなく、自立を重んじる校風であった。生徒が全員女子というホモソーシャルな世界では、自分たちが社会的には“女”という存在であることを殊更に意識する機会はほとんどなかった。

 生理は禁忌ではなく、“女の子らしくない子”がからかわれることもなく、委員会や部活動も男子がトップで女子がサブなんていう区分けはないので、人望のある者がリーダーになり、力持ちは重いものを持ち、おしゃべりは場を盛り上げ、適材適所で活躍した。もちろん人知れず性別違和に悩んでいた子もいたはずだが、少なくとも教育方針や同調圧力によって規範化された“女らしさ”の押し付けはなかったと記憶している。

母の言動の端々から感じた、抑圧された女の本音

 家の中でも、男を立てて黙って耐えろという空気はなかった。母親は屈折した反骨精神の持ち主で、女の人生は男次第と信じながらも、男の言いなりになることには抵抗していた。

 貧しいDV家庭に育った彼女にとって、昭和30年代にエリートサラリーマンと結婚して、専業主婦として首都圏の分譲団地で暮らし、夫の転勤で海外生活まで経験できたのはシンデレラストーリーの実現に違いなかった。母は家庭内では夫を立てる振る舞いをしてはいたが、生来の潔癖なまでの平等意識からふとした時に夫への反感や侮りを表してしまい、結果として娘たちに、抑圧された女の本音を雄弁に伝えることとなった。

 母の分裂はそのまま2人の娘に受け継がれ、60年代生まれの長女は男女雇用機会均等法施行直後に大部分の大卒女性がそうであったように従来通りの腰掛就職をし、母よりも高い教育を受けながらも母と同じように寿退社をして、エリートサラリーマン家庭の専業主婦として生きる道を選んだ。一方で、70年代生まれの次女は男女雇用機会均等法施行から9年後に、男性と対等な待遇の専門職に就き、勤務先の放送局の“出入り業者”である制作会社の社員と結婚して、出産後も仕事を続けた。

 後年、母は「娘の1人は私の理想通りの安定した人生を、もう1人は自立した華やかな人生を歩んでいて、どちらも自慢の作品だ」と満足げに述べた。娘を作品扱いするところに、他人の評価でしか自分の人生の価値を計れなかった女性の悲哀がにじんでいる。

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