ALS患者に対する嘱託殺人の容疑で、医師2人が逮捕された事件をめぐり、「安楽死」の是非が話題になっています。しかし、「安楽死」「尊厳死」という単語の意味を、あいまいな理解のまま使っている人も多いようです。
この記事では、「安楽死」の意味と種類、「尊厳死」との違い、尊厳死は容認されているという事実、積極的安楽死が法的に容認されるための4要件、安楽死が容認されている国を紹介し、この事件での安楽死は認められるか、つらい病気の人は死んだ方がいいのかについて考えます。
安楽死とは
まず、「安楽死」という単語の意味がわかりやすい説明文を引用します。
安楽死とは、
死期の近い患者を身体的・精神的苦痛から救うために死に至らしめること。治療を中止する消極的安楽死と,薬物を投与する積極的安楽死がある。積極的安楽死は法律上問題となる。
引用元:安楽死(あんらくし)とは - コトバンク
安楽死は、主に「積極的安楽死」と「消極的安楽死」の2つにわけられますが、
積極的安楽死は、患者の命を終わらせる目的で「何かをする」ことです。
消極的安楽死は、患者の命を終わらせる目的で「何か(治療)をしない」ことです。
引用元:日本臨床倫理学会
(※その他、間接的安楽死など数種類にわけられるケースもありますが、ここではメディアなどでよく紹介される2種類の区分を紹介しました)
尊厳死と安楽死の違い
「尊厳死」=安楽死と誤解している人がいますが、尊厳死は「患者の意思によって延命治療をしないこと」を指します(判例などによっては定義がやや分かれる)。
尊厳死は、積極的安楽死とは全く異なるものです。消極的安楽死との違いは次の点になります(メディアによっては、尊厳死=消極的安楽死として使われている場合もあり)。
尊厳死:「延命治療を拒む患者の意思を尊重して」延命治療をしない(患者の命を終わらせるのが目的ではない)
消極的安楽死:「患者の命を終わらせる目的で」延命治療をしない
参考:日本臨床倫理学会
積極的安楽死は違法だが、尊厳死は容認されている
日本では、積極的安楽死は違法ですが、尊厳死は事実上容認されています。
2020年5月に日本医師会が改訂したガイドラインでは、
・家族や、医師を中心とした複数の専門職による医療・ケアチームと、繰り返し話し合いをもつ
・痛みなどの不快な症状をできるだけ緩和し、本人や家族への(精神的・社会的なサポートも含めた)総合的な医療・ケアを行う
など、十分な手続きを踏んだうえで、患者本人が希望すれば、延命措置を中止できるとしています。
参考:http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20200527_3.pdf
日本で「積極的安楽死」が容認されるのに必要な4要件
日本では、積極的安楽死をめぐる裁判例は数件と少ないです。
・山内事件(1961):脳溢血で寝たきりの父親に対し、息子が牛乳に殺虫剤を混入。自殺関与剤で有罪判決。


このうち、東海大学付属病院事件では、医師による積極的安楽死が認められるためには、次の4要件が必要という判決が示されました。
- 耐えられないほどの肉体的苦痛が患者にある
- 死期が迫っている(終末期)
- 肉体的苦痛を除去・緩和する方法をやり尽くし、積極的安楽死のほかにもう代替手段がない
- 患者が明らかな(明示)意思表示をしている
つまり、末期患者が肉体的苦痛で苦しんでおり、苦痛を除く方法が積極的安楽死のほかになく、患者も希望している状況でしか、積極的安楽死は認められないのです。
そして、これまで日本で積極的安楽死が法的に認められたケースは存在しません。
画像引用元・4要件参考:http://www2.kobe-u.ac.jp/~emaruyam/medical/Lecture/slides/150228intensivecare6.pdf
海外で積極的安楽死・自殺ほう助が認められている国
では、海外では積極的安楽死は法的に認められているのでしょうか。
ここで紹介するのは、積極的安楽死と、医師による自殺ほう助の2種類が容認されている国についてです。自殺ほう助とは、他人(この場合は医師)が自殺の手助けをすることになります。
どちらも容認:オランダ・ベルギー・ルクセンブルク・カナダ・豪ビクトリア州
積極的安楽死のみ容認:コロンビア・ケベック州(カナダ)
自殺ほう助のみ容認:スイス・アメリカの一部の州
参考:http://www.cape.bun.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2018/05/34346740c880a4b7c77b16f46518c83e.pdf
自殺願望がある人は「スイスなら外国人が安楽死できる」と聞いたことがあるかもしれません。正しくは、スイスの自殺ほう助団体「Dignitas」(ディグニタス)などが、外国人の自殺ほう助を1万フラン(2020年7月現在で約115万円)で受け入れています。
スイスの自殺ほう助、すでにコントロール不能 - SWI swissinfo.ch
注意したいのは、法律で容認されているかといって、これらの国で積極的安楽死が容易に受けられるというわけではない点です。唯一外国人を受け入れているスイスでも、外国人が自殺ほう助を受けるには、一定の条件を満たしているかの審査が必要となります。