記事

D・アトキンソン「"いいものを安く"買って喜んではいけません」

1/2

なぜ日本はデフレから抜け出せないのか

バブル崩壊以降、日本は長らくデフレに苦しんできました。安倍内閣はデフレ脱却を掲げて大胆な金融緩和政策を続けてきましたが、第2次内閣発足から7年半が経過した現在でも2%のインフレ目標を達成できていません。消費者物価指数を見ると、アベノミクスで物価はやや上がっているものの、長期的にはいまだ「失われたウン十年」の霧の中にいます(図①)。

消費者物価指数

では、今後はどうなるのか。新型コロナウイルスの影響で、世界的に需給バランスの混乱がしばらく続くでしょう。日本も短期的には難しいですが、長期的には予測がつきます。いまの政策を続けているかぎり、日本はデフレから抜け出せない可能性が高い。数十年先まで予測がつく人口動向を見ると、日本はデフレ圧力が非常に強い国であることがわかるからです。

日本はこれから需要サイドで2つの厳しい現実と向き合うことになります。

まず、人口減少です。じつは人口の増減はインフレ率に関係があります。人口が増えれば総需要が増大しても供給は遅れて増えるので、インフレ要因となり、減れば総需要が減ってデフレ要因になります。2060年までにアメリカは人口が25.2%増えて、日本を除くG7は14.9%増えます。それに対して日本は32.1%の減少です。先進国の多くが人口増のボーナスをもらう中で、日本は人口減による強いデフレ圧力にさらされることになります。

この違いは深刻です。17年にムーディーズ・アナリティクスが発表した論文「人口増加とインフレ」では、人口動向は不動産価格を通じてインフレ率に影響を与えることが指摘されました。興味深いのは、人口増によるインフレ圧力より、人口減によるデフレ圧力が倍くらい大きいこと。人口増のときは不動産が不足して価格が上がりますが、しばらくすると不動産が増えてインフレ圧力が弱まります。一方、人口減のときは不動産が余って価格が下がり、空き家になった不動産がそのまま残ってデフレ圧力をかけ続けます。すでに空き家問題が表面化している日本では、無視できない指摘です。

高齢化も、需要側のデフレ要因の1つです。IMF(国際通貨基金)では65歳以上、国際決済銀行では74歳以上の人口増加はデフレ要因になると分析されています。高齢者はすでにモノを持っているので、若い世代に比べて需要は少ない。また資産はあっても収入はないためデフレを好み、この層が増えると政策的にもデフレに引っ張られやすい。高齢化が進んでいる日本は、この点でもデフレ圧力が強いのです。

小西美術工藝社社長 デービッド・アトキンソン氏
小西美術工藝社社長 デービッド・アトキンソン氏

中小企業の多さがデフレ圧力になっている

では、供給サイドはどうでしょうか。当連載ですでに指摘しているように、日本は中小企業数がとても多い国です。需要に合わせて企業も減ればいいのですが、不動産と同じように、人口減少と綺麗に比例して、企業がいきなり消えるわけではありません。企業は市場が縮む中でも必死に生き残ろうと努力をします。生き残りのためのもっとも安易な手段は安売りです。大企業は付加価値を高めて単価を上げる戦略を取れますが、イノベーションを起こしづらい小規模事業者は価格競争せざるをえない。日本の中小企業の多さは、まさしくデフレ要因です。

日本の市場に対して供給過剰なら、余ったものを海外に持っていって売ればいいという意見もあるでしょう。じつは私もそれが理想だと思います。

ただ、輸出するにも企業の規模が関係してきます。先進各国の生産性とGDPに対する輸出比率を分析したところ、0.845という強い相関がありました。輸出をするから生産性が高まるのか、それとも生産性が高いから輸出が増えるのか。海外の研究を調べると答えは後者であり、生産性が高いから輸出が可能という因果関係になっています。日本は生産性が低いから、輸出比率も低いのです(図②)。

各国の生産性と輸出比率

この連載で再三指摘しているように、日本の生産性が低いのは、規模の小さな企業が多いからです。このことはデータではっきりしています。中小企業が幅を利かせているかぎり日本の生産性は高まらず、よって輸出も伸びず、国内は供給過剰のままになる。この点からも、中小企業の多さがデフレ圧力になっていることがおわかりいただけるでしょう。

「いいものを安く」は時代錯誤の妄想だ

このままだと日本がデフレから脱却するのは困難です。私がこう分析すると、「物価が安くてもいいじゃないか。日本はいいものを安くつくって成長してきた国なのだから」と反論されることがあります。しかし、本当にそれでいいのでしょうか。

日本では、なぜか高品質・低価格が美徳とされる風潮があります。たしかに人口が増えている時代ならば、価格を下げることによって新しい需要が喚起されて、単価が下がる以上に数量が伸びて、企業の売り上げも増えました。しかし、人口が減っている時代にこの公式は通用しません。価格を下げればそのまま経済が縮小するだけで、何もいいことはありません。「いいものを安く」がうまくいく時代は、もうとっくに終わっています。

そもそも「いいものを安く売っている」というのも日本人の妄想ではないかと思うことがあります。たとえば観光業界では、「アパホテルは顧客満足度が高くて、いいホテルだ」と言われます。でも、それは「あの値段にしては満足度が高い」というだけで、ホテルオークラやリッツ・カールトンより高品質なわけではない。町のフレンチレストランも同じです。数千円でおいしいものを食べさせてくれる店は多いのですが、あくまでも「値段のわりに頑張っている」だけで、トップクラスの争いで勝てるかどうかは疑問です。

本当に「いいものを安くしている」のならば、価格を上げてもやっていけるはずです。なかにはそのような商品があることも承知していますが、それはエピソードベースの話で、ごく一部にとどまります。ほとんどの商品は、値段相応、あるいは値段よりちょっといいというレベルです。

日本は、高品質のものを低価格で提供しているすごい国だ──。その妄想から抜け出して現実を見つめないかぎり、日本は高付加価値のものを生み出せないでしょう。高付加価値のものを生み出せなければ企業の生産性は低いままだし、人口減の時代に成長することも不可能なのです。

では、本当に高品質なものをつくって、それにふさわしい価格で売るにはどうすればいいのでしょうか。

注目したいのは、経営者の能力です。思い切り敵をつくる発言をしますが、日本には能力の低い経営者が多すぎます。本来、経営者としてふさわしいレベルに達していない人が経営をするから、人件費を削って価格を下げるという安直なやり方を選んでしまうのです。

そんなレベルの人が経営者になれるのも、中小企業の数が多すぎるからです。日本の企業数は約360万社。つまり日本には360万人分の社長のイスがある。明らかに多すぎで、その気になれば誰でも座れます。

問題は、上から数えて1000番目の経営者と360万番目の経営者では、能力が圧倒的に違うことでしょう。企業の数が増えるほど、経営者の質は低下します。高い付加価値を生み出したいなら、お金や人といった経営資源は、上位の優秀な経営者のもとに集めて活用させるべきです。観光業界なら、星野リゾートの星野佳路さんのような優れた経営者に資源を集めたほうが、高品質・高価格のホテルをつくれる。下位の経営者に資源を使わせるのはムダ遣いであり、日本経済の足を引っ張るだけです。

中小企業庁は「企業育成庁」に変われ

とはいえ、私は下位の中小企業経営者個人を攻撃するつもりはありません。悪いのは、本来なら能力が達していない人でも経営ができてしまう環境をつくった政府です。

日本は中小企業基本法を制定した1963年以来、長らく中小企業優遇政策を取ってきました。それによって中小企業数が爆発的に増えて、1社あたりの従業員数も減りました。繰り返しになりますが、人口が増える時代ならそれでもよかったでしょう。しかし、人口減というパラダイムシフトがあったのに、中小企業庁はいまだに税制や補助金などの手厚い優遇策を続けています。税制優遇や補助金を増やすほど、本来は経営者にふさわしくない人も経営を続けます。アルコール依存症の患者にお金を渡せば、止めてもお酒を買いに行くのと同じ。中小企業庁は、間違った政策で“優しさ依存症”の経営者を増やそうとしているのです。

日本政府が取るべき政策は、雇用を減らさずに、中小企業、特に小規模企業を中心に再編や退場を進めて経営資源を優秀な経営者に集中させること。そして中堅企業を増やすことです。それでこそ日本の生産性は高まり、人口減・高齢化という強いデフレ圧力のもとでも脱デフレの道筋が見えてきます。

この連載では中小企業を手厳しく批判してきました。しかし、諸悪の根源は従来の中小企業庁の政策です。もう企業数の増加・維持を目標にすることをやめたほうがいい。中小企業が規模を拡大したくなるように成長を促して、それができないところは補助しない。場合によっては退場してもらう。要するに、「中小企業庁」ではなく、「企業育成庁」に変えるべきです。そうした政策に切り替えないかぎり、日本の未来はないと思います。

あわせて読みたい

「デフレ」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    枝野氏のデジタル化批判は的外れ

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  2. 2

    枝野氏は共産党と組む覚悟が必要

    毒蝮三太夫

  3. 3

    風俗に「堕ちる」女性たちの事情

    NEWSポストセブン

  4. 4

    靖国参拝は「韓国への迎合不要」

    深谷隆司

  5. 5

    「酷くなる」望月氏が菅政権危惧

    たかまつなな

  6. 6

    「時代劇」半沢直樹を楽しむ方法

    大関暁夫

  7. 7

    児嶋一哉 半沢俳優陣はバケもん

    マイナビニュース

  8. 8

    芸能界で続く謎の自殺 ケア急げ

    渡邉裕二

  9. 9

    半沢の元ネタ 大臣は前原誠司氏

    SmartFLASH

  10. 10

    マスクで重症化予防説 医師解説

    中村ゆきつぐ

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。