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接触確認アプリ普及で露呈した、感染症対策を阻む政治の〝不作為〟 立ちはだかる「2つの壁」 - 川崎隆司 (Wedge編集部員)

「(厚生労働省が配信した)このアプリはコンセプトから破綻している。双方のスマートフォンにアプリを入れなければならず、感染者や接触者を追いきれない」  こう語気を強めるのは、行動経済学の第1人者である京都大学大学院経済学研究科の依田高典教授だ。そのアプリとは、新型コロナウイルス対策の〝切り札〟の1つとされ、濃厚接触の可能性を通知する「COCOA」(以下、ココア)のことである。

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6月19日以降配信されたココアは、米グーグルと米アップルによる技術仕様をベースにした。アプリをインストールしたスマホを持った人同士が15分以上、1メートル以内の距離にいたことを確認すると、双方のスマホに接触情報が記録される。その後、PCR検査で新型コロナ陽性となった利用者が、保健所から受けた「処理番号」をココアに入力することで、過去14日間に陽性者との接触情報が記録された全ての端末に通知がいく仕組みだ。連絡先、位置情報など、個人が特定される情報は一切利用されず、個人情報に配慮した形となっている。

日本公衆衛生学会感染症対策委員会の前田秀雄委員長は「ココアによって、これまで把握できなかった濃厚接触者の早期発見につながれば」と語る。保健所が実施している行動履歴の聞き取りでは感染者の記憶に頼るしかなく、特に都市部で不特定多数と接触した場合、感染経路の特定および濃厚接触者の把握には限界があるという。

しかし、ココアが感染拡大防止に効果を発揮するためには、2つの大きな壁がある。

1つ目の壁は、「アプリの普及」だ。英オックスフォード大学が公表したシミュレーションによれば「人口の6割近くにアプリが普及し、濃厚接触者を早期の隔離につなげることができれば、ロックダウンを避けることが可能になる」とある。日本において普及率6割を達成しているアプリは8400万人(人口の約67%)のユーザを持つ「LINE」くらいである。一方、ココアのダウンロード数は7月8日現在、約610万件(約5%)だ。

これについて、東北学院大学経済学部の佐々木周作准教授は「現在ココアに登録している層は、感染拡大防止のために『登録してほしい層』と一致しない可能性が高い」と指摘する。佐々木准教授曰く、健康アプリに登録する人は既に健康への意識が高い場合が多いように、配信後すぐにココアに登録する層は、コロナ対策に関心があり、普段から感染リスクの低い生活を送っている可能性が高いという。一方、本来ココアに登録してほしい層とは、夜の街の従業員や客、医療従事者、コンサートなどのイベント参加者など、感染リスクの高い生活を送る人たちだ。

今後のアプリ普及に向けた取り組みについて、厚労省新型コロナウイルス対策本部のアプリ担当者は「民間の経済団体や企業、NPOなど、幅広い団体に対しココアの利用を呼びかけていきたい」と述べるが具体策は見えない。

アプリが普及したとしても、2つ目の壁が立ちはだかる。それは「陽性判定を受けたココア利用者が本当に通知入力をしてくれるのか」という問題だ。

冒頭で述べたように、濃厚接触者へ通知するためには、陽性者自らがココアに処理番号を入力する必要がある。

川崎市医務監・川崎市立看護短期大学学長の坂元昇医師は「全ての感染者のうち、どれくらいの割合が入力したかによって、ココアの価値が決まるといっても過言ではない」と指摘する。

ただ、濃厚接触者への一斉通知によって、陽性者本人が特定されるリスクを完全に排除することはできない。個人が特定される情報がなくとも、過去14日間でほとんど人と会わなかった陽性者やコミュニティが限られる陽性者ほど、通知者から特定される可能性は高まる。入力することのメリットもなく、公衆衛生を目的とした、陽性者の〝善意〟に頼るしかないのだ。

迫り来る感染拡大の第2波
位置情報の活用を含めた議論を

外出自粛要請、行動変容、新しい生活様式……。ココアをはじめとし、日本の新型コロナ対策は、国民の〝善意〟に寄りかかっている。これまでの方針を変えずに、感染拡大の第2波、第3波を乗り切れるのか。医療体制の拡充や休業補償などにより既に国や自治体の財政は逼迫し、国民や企業も緊急事態宣言下のような長期にわたる自粛要請を簡単には許容できないだろう。

依田教授はデータ活用による新型コロナ対策のさらなる一手について「個人と紐(ひも)付かない形で、感染者の位置情報を活用することで、正確な感染経路追跡が可能となる」と述べる。たとえば、本人同意が得られた感染者の位置情報を携帯キャリアから提供を受け、過去14日間の移動履歴を地図上にプロットすれば、感染者同士が接触した位置と時間が割り出せるという。

慶應義塾大学法科大学院の山本龍彦教授は「位置情報の活用のように、今後の感染拡大に向けてデータ活用の段階を引き上げるためには、新たな法律が必要だ。利用の目的や範囲を限定し、平時に持ち込まないなどの条件を明記する。第2波まで時間的猶予がある今だからこそ、今後のリスクに備え、議論を進めるべき。日本の立法力が問われている」と指摘する。

官民データ活用を推進する内閣官房IT総合戦略室の担当者は、感染追跡のための位置情報活用に関して「たとえ本人の同意を得られたとしても、現時点では国民全体のコンセンサスがとれていない」と述べる。

だが、感染拡大のリスクと正面から向き合い、採るべき方針を示して民意を啓蒙していくことこそ、本来、国が果たすべき役割ではないだろうか。ココアが「仏作って魂入れず」のまま終わらぬことを願うばかりである。

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