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障害者介護保障運動から見た『ケアの社会学』―― 上野千鶴子さんの本について(後編) 渡邉琢

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リンク先を見る介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み
著者:渡邉 琢
販売元:生活書院
(2011-03)
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介護の現場から「当事者性」を問い直す。それは、常識の壁を突破する大著を、真の意味での完成へと導けるのか。そしてケアされる側、ケアする側にのしかかる重さの正体とは何か。

『ケアの社会学』の問題点

ケアの社会学』の問題点について、いくつか思いあたったことを述べていこう。

(1)まず一つ目、ごく簡単な点から。「当事者主権」を唱えるこの本では、第一次的なニーズの当事者こそ、制度や政策、サービスの最初で最後の判定者だ、と適切に述べられている。だからこそ、『ケアの社会学』においても、徹底して「ケアされる側」の声へと向かって踏み込んでいくべきなのである。けれども、上野さんはそれができなかった。

中盤以降で扱われるケアの実践紹介は、すべて提供者側、つまり「ケアする側」への調査である。「ケアされる側」の視点はほぼ完全に欠落する。もちろん高齢者には当事者運動がない、という彼女の嘆きはわかる(障害者の声は、7章で採用されている)。けれども、『ケアの社会学』という立派なタイトルをつける以上、要介護者本人の声に向かって上野さんはもっと進んでいくべきでなかったか。少なくとも、当事者団体に勤めるぼくとしては、これでは納得ができない。 ちなみに述べれば、上野さんがいうように、「当事者」とは、たしかに「当事者になる」ものである。けれども、ほっといて誰もが「当事者になる」わけではない。そこには陰に陽に、さまざまな支援や助けがあるのである。人が「当事者になる」ことに際しては、だれか他者にぐいっと踏み込まれてはじめて動き出すということも往々にしてある。だからこそ、本人の聞こえざる声に向かっての踏み込みが必要なのだ。そこへの踏み込みの足りない本書はやはり重要なポイントが欠落しているように思う。

(2)また、そこに関係して、構成的にといっていいか、論理的にといっていいかわからないが、『ケアの社会学』の中でぼくがもっとも問題と感じるのは、意図してかどうかはしらないが、「当事者」概念のすりかえを上野さんが行っている部分である。

ケアの規範理論からいえば、「当事者」はニーズの帰属先としての本人に対してのみいわれる。しかし途中、ワーカーズコレクティブについて論じるあたりから、上野さんは、協セクターで活動する(主として女性の)経営者や組合員を「当事者」として立てている。

NPO法人等の協セクターでは、「自分たちがほしいサービスを自分たちの手で」供給する、そうした「当事者」性がある。さらにそうしたところで働く彼女たちは、みずから「家族介護の当事者」であったりもする、などと語られる。

またワーカーズコレクティブの調査研究のやり方は、女性自身による「当事者研究」であるともいわれる。上野さんは、こうした女性たちの「当事者性」を重視して、そこから高齢者介護の先進事例について語っている。

悲しいかな、ここで上野さんは「当事者主権」の原則を外してしまっている。そしてケアの与え手側を「当事者」と語る過ちをおかしてしまっている。

上野さんはそのことをわかっているだろうが、慣れていない読者たちはそこにころっとだまされるだろう。

あとにも振り返って述べるが、ここには、女性解放の立場と障害者当事者運動の立場の両方に立とうとする彼女の中での、無理が表れているのだと思う。女性自身が社会を切り開いていくことに期待するフェミニストとしての立場がここでは勝ってしまっていて、当事者原則からちょっと外れてしまっているのかもしれない。

(3)また、彼女が思い入れしているというワーカーズコレクティブにおけるケアの内容が、おそらく貧弱であろう点も、気になるところである。この本の中で何度かいわれているが、障害者介護保障運動は在宅独居による24時間介護を実現しながら運動を進めてきた。そこの中心にはつねに、重度障害の当事者がいた。しかし、どう見ても、ワーカーズコレクティブの実践では、介護程度の軽い高齢者の要望にしか応えられていない。

ワーカーズコレクティブで提供されるサービスは、相対的に豊かな層の女性たちのための、ゆとりや生きがいの延長としての有償ボランティアでしかない、といわれている。そして「『自分で働き方を選べる』ワーカーズコレクティブは、その結果として利用の集中する朝や夕方の時間帯や休日・夜間のワークの引き受け手がいないという人手不足に悩まされる結果となった」そうである。

与え手の都合優先で考えていたら、受け手はつねに不利をこうむらざるをえない。自分の働きたいときにだけ働く、そんな気分で重度障害者の生活が支えられるわけがない。深夜の介助はだれが行うのか。つねに必要なときにそばにいてくれるのか。その介護がなければ重度障害者の自立生活など成り立つわけがないのに、今日はごめん、その時間はムリ、夜はムリ、で重度障害者の生活が支えられるだろうか。

与え手主導のサービス提供組織では、重度障害者はおいてきぼりにされる、そうしたことはすでに障害当事者運動が何十年も前から主張してきたことだ。ワーカーズコレクティブにおける、そしてまた介護保険における、介護保障の水準は、障害者福祉制度とは雲泥の差がある。いくら女性主体のワーカーズコレクティブ(高齢社会をよくする女性の会も含めて)に期待しようが、おそらく介護保障の水準が(少なくとも深さに関して)上がることはない。これは歴史が証明している。介護保障というのは、ケアされる当事者が中心となった運動によってはじめて深まっていくのである。

(なお、あまり知らない人のために。障害者福祉では、障害者運動が勝ち取った成果によってホームヘルプが一日24時間利用できるが、介護保険ではホームヘルプの利用時間は上限で一日あたりせいぜい3、4時間。提供者側からの運動によっては、これが5、6時間になったとしても、24時間になることはありえないだろう。入所施設を除いては。)

(4)また、「協セクター」に期待を寄せる上野さんであるが、その「協セクター」は救貧や弱者救済に責任をもつ必要がない、と述べている点は気になるところである。

「ワーカーズコレクティブの有償サービスは、困っているが利用料金を負担する経済能力がない人たちには手が届かない。生協のような有償の介護事業体にとっては『公益性』といってもあくまで会員間の互助活動にとどまっており、救貧や弱者救済に責任がもてるわけでもないし、持つ必要があるともいえない。むしろこうした弱者救済こそ真の意味の公的福祉、すなわち官セクターの役割であり、協セクターとは役割分担すべきであろう。」(p300)

ここには若干の但し書きが必要であろう。上野さん自身は、ケアの市場化には反対で、ケア費用については国家化、ケア労働については協セクターへの分配が望ましいとする立場であり、つまり事業としては協セクターにまかせるが、費用面は公的責任において保障するのがよい、と考えている。それは現在の自立生活運動の主流の主張でもある。だから官と協の上記のような役割分担で何を指しているのか判然としない。まさか、生活保護水準の人たちには官セクターによる最低限の劣悪サービスでよい、と考えているわけでもないだろうが。

それはそれとして、基本発想として協セクターというのが、お上の力を頼らず、自分たちで互助的に支え合いながら事業をしていこうという側面があることはたしかである。

しかし、障害者自立生活運動の歴史に目を転じれば、こうした市民事業体が、重度障害者の生活を支えることができなかったことはすでに歴史が証明している。

自立生活運動でも、初期のヒューマンケア協会に代表されるように、住民参加型の有償介助派遣事業の試みはあった。しかしその弱点は早急に認識された。多くの障害者は購買力がないし、重度障害者の介護保障はその発想からは不十分だからである。自費による有償サービスで生きていけるのは、介護が一日あたり数時間程度ですむ障害者たちまでであり、重度障害者はそこからはこぼれる。

自立生活運動においてその弱点を補ったのは、それ以前からあった公的介護保障要求運動との連携である。そして、公的介護保障要求運動は徹底して公的責任を追及した。行政に、重度障害者の24時間介護を保障しろ、と迫ったのである。この運動こそ、現在成立している障害者の24時間介護制度の基礎をつくったものであるが、そのことはあまりに認識されていない。重度障害者の24時間介護制度は、行政の公的責任を強く問う中で成立したのである。

上野さんのように、協セクターの可能性に期待して、「弱者救済こそ真の意味での公的福祉の役割」で、協セクターと官セクターは役割分担したらよい、なんて甘いことをいっていたら、公的福祉はどんどん撤退するに決まっている。公的福祉が撤退した後でも、経済力のある人たちは、その購買力を武器に、介助・介護を利用できるかもしれない。しかし、それでいいのか(なお、障害者の介護保障運動の歴史については、拙著『介助者たちは、どう生きていくのか』生活書院 の4章に詳しく書いているので参照にされたい)。

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