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D・アトキンソン「最低賃金引き上げで、日本は必ず復活する」

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質の高い人材を安い賃金で働かせることで、経営者を甘やかしてきた日本。その結果、膨大な数の消えるべき中小企業が生き延びてしまった。この非効率を是正する特効薬が最低賃金の引き上げだ。経済政策のスペシャリストが描く日本復活のためのシナリオとは――。

最低賃金を引き上げて経営者の尻を叩け

先進国の中で最低水準にある日本の生産性。これを高める方法は、はっきりしています。同じく低水準にある最低賃金を引き上げる。それだけでこの国は劇的に良くなります。

最低賃金が低いと、経営者は安く人を使えます。それで利益が出るから、経営者は頭を使わなくなるし、機械化やIT化のための投資もしなくなってしまう。最低賃金の低さが経営者を甘やかして、もっと高められるはずの生産性にブレーキをかけているのです。

実際、日本の最低賃金は先進国の中で最低クラスです。購買力調整済みの絶対水準で6.50ドル。先進国最低であるスペインの6.30ドルに次ぐ低さです。また、1人当たりGDPに対する最低賃金の割合は、ヨーロッパ諸国が50%前後であるのに対して、日本は34.9%と低水準です。

さらに言うと、日本の最低賃金は不当に低く抑えられています。2016年のWorld Economic Forumのランキングで、日本の人材評価は世界4位です(図①)。ほかにトップテンに入っているのは、人口の少ない国ばかり。人口が少ない国は異常値が出やすいからですが、そのような傾向がある中でトップテン入りしている事実は誇っていいでしょう。ちなみに日本の次に評価されている大国はドイツで、11位。日本の人材評価は、人口の多い先進国で最高レベルです。にもかかわらず、最低賃金は先進国で最低水準ですから、不当と言って差し支えない(図②)。

人的資本指数ランキング人材評価と最低賃金

では、どうすれば最低賃金を人材評価に相応しい金額にできるのか。前提として、経営者が自ら進んで最低賃金の引き上げに賛同することを期待してはダメです。経営者は人手不足に陥らないかぎり、できるだけ安く人を雇おうとする生き物です。市場原理に任せると、基本的に人件費は下がるものだと考えたほうがいい。賃金を上げるには、嫌がる経営者を無視して国が強制的に引き上げるしかない。それが最低賃金制度の本来の主旨でもあります。

これは人権上の問題だけでなく、日本の生産性の低さを温存する一因にもなっている。放っておくと、一部の経営者はこうやってズルをして、少しでも人を安く使おうとする。そうならないように、国は最低賃金を引き上げたうえでしっかり目を光らせておくべきです。

真の狙いは中堅企業を増やすこと

では、最低賃金をヨーロッパ並みに引き上げるとどうなるのか。最低賃金で働いている人たちだけでなく、その上の層、そしてさらにその上の層にも賃上げ効果が及びます。

考えてみてください。最低賃金より少し多くもらっていた人は、最低賃金の引き上げによって給料が最低賃金と変わらない水準になります。それは嫌だと思う人は、より賃金の高い職場を求めて転職しようとする。企業はそれを引き留めるために、その上の層の賃金を上げざるをえなくなる。このような玉つきで、全体の賃金が上がるのです。

ほかにもメリットはあります。最低賃金で働く人たちは消費性向が高いことが知られています。高賃金の人の給料を上げても貯蓄や資産運用に回るだけですが、低賃金の人の給料を増やせばモノやサービスがよく売れて、経済への直接的なプラス効果が期待できます。

そして、最低賃金の引き上げには、忘れてはならない効果がもう1つあります。最初にお話しした生産性の向上です。連載第1回でも指摘しましたが、日本の生産性の低さは目を覆いたくなるレベルです。日本は人口減少が進むため、生産性を引き上げないとGDPを維持できません。GDPが減れば社会保障費を捻出できず、国は崩壊するしかない。それを防ぐには、労働生産性を高めて一人一人の所得を増やす必要があります。そのための有効な手段が最低賃金の引き上げなのです。

各国のデータを分析すると、最低賃金と生産性の間には、相関係数0.84という強い相関が見られます(図③)。

最低賃金と生産性

じつは両者の関係には「卵が先か鶏が先か」の議論があって、最低賃金が高いから生産性が高いのか、あるいはその逆なのかという因果関係は、いまだに結論が出ていません。ただ、相関関係が強いので、多くの国はまず最低賃金を上げることで生産性を高めようとしています。成果も確認されつつあります。決定的な結論が出てからでは手遅れになるおそれがある。日本は素直にこの流れに乗るべきです。

前回、日本の生産性が低いのは、日本の企業数のうち中小企業が占める割合が高いからだという話をしました。企業規模が小さいと、生産性を高めるためにICTを導入することも女性が産休・育休を取りながら働き続けることもできません。器を大きくしないことには、生産性向上は夢のまた夢です。

最低賃金の引き上げが素晴らしいのは、低生産性の元凶である中小企業をターゲットにできる点にあります。最低賃金の引き上げは日本にあるすべての企業に波及効果を及ぼしますが、真っ先に影響を受けるのは中小企業です。中小企業がいまより高い賃金を労働者に払うためには、会社の規模を大きくして生産性を高めるしかない。最低賃金の引き上げによって中小企業が中堅企業に成長することを促して、それが日本全体を豊かにすることにつながるのです。

小西美術工藝社社長 デービッド・アトキンソン氏
小西美術工藝社社長 デービッド・アトキンソン氏

最低賃金の引き上げは、日本の生産性を高める特効薬──。

その持論を展開したところ、ある大学の先生に噛みつかれて喧嘩になったことがあります。日本も最低賃金は引き上げられているが、生産性は上がっていない。アトキンソンの言うことはインチキだというわけです。

正直、耳を疑いました。たしかに表層的にはそうですよ。しかし、最低賃金を引き上げるのは、まず中小企業の企業規模を大きくさせるためです。規模を変えないままでは、生産性向上やさらなる賃上げも難しい。その先生はそうした前提が抜けていて、私の主張を「最低賃金さえ上げれば、中小企業の生産性は勝手に上がる」と曲解していました。日本は最低賃金の上昇幅が不十分で、中小企業の淘汰・再編が進んでいないから、生産性が上がらないのは当然です。

もちろん最低賃金を引き上げても、会社を成長させられず、単に利益を減らすだけの企業が出てくるでしょう。しかし、それで経営難に陥るような会社に無理して続けてもらう必要はありません。退場してもらったほうが日本のためです。中小企業の数が多すぎることが日本経済の足を引っ張っているのだから、減るのは日本経済にとって素晴らしいこと。それこそが最低賃金を引き上げる狙いといっていい。

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