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「危機管理の文化」の不在が初動の遅れを招いた -尾身茂氏・石原信雄氏が政府のコロナ対応を総括

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 政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議で副座長を務めた尾身茂氏(地域医療機能推進機構理事長)と、1987年から95年まで官房副長官を務め、阪神大震災などの危機管理対応に当たった石原信雄氏が、それぞれ6月26日と7月1日に言論NPOのインタビューに応じ、今回のコロナ禍における政府の対応を総括しました。

 この中で、尾身氏は、「危機管理の文化」の不在という表現で政府側の準備不足を指摘し、2009年の新型インフルエンザ時の「総括」で指定された、政府の危機管理体制の整備や地方、専門家との連携が前もって実行されない中で、政府はダイヤモンドプリンス号に忙殺され、専門家もかつてのインフルエンザと異なる感染傾向を持つ新しい脅威に、危機感から「半歩進んで」向かうしかなかったなどと述べました。

 石原氏は、外部からの感想に留まるが、と断りながらも、政府全体のコロナウイルスの危険性に対する認識が十分でなかったことが初動の遅れにつながったとの見方を示し、またその後の対応を見ても内閣が一体として取り組んでいるようには見えなかった、と内閣の危機管理体制にも疑問を提起しました。

 このインタビューでは、初めに、言論NPO代表の工藤泰志は、「日本の死者数は世界と比べて少なく、対策のアウトカム(成果)は相対的に高く評価せざるを得ない。しかし、政府の対応は台湾やシンガポールなどアジアの他国・地域よりも遅く、危機管理のプロセスでは混乱が見えたのも事実だ」とし、これまでの政府の対応をどう振り返ればいいのか、両氏に尋ねました。

感染症対策の要諦は「平時からの準備」と「感染者の早期発見」

 これに対し尾身氏は、「リスクコミュニケーションや危機管理を皆で醸成していく文化が、日本にはなかった」と総括。感染症対策の第一の要諦は、「平時からの不断の準備」だとし、それは、各省庁が行う国民への発信をどのように一元化するか、また専門家の役割は何か、といった危機発生時の原則を決めておくことだ、と述べました。

 そして、自身も参加した、2009年の新型インフルエンザ(A/H1N1)流行の総括会議でもこうした原則の重要性を提案され、政府の危機管理体制、地方や専門家との連携が提起されたものの、その後、政府の行動計画として全く具体化されないまま今回の危機を迎えてしまった、と振り返りました。

 ただ、尾身氏は感染症対策の第二の要諦として「初期対応のスピード」を挙げましたが、これに対しても、政府がダイヤモンドプリンセス号の対応に忙殺される中で、「我々にはそれだけはなく、国内の感染拡大の前兆が見えており、早く国民に知らせなくてとの危機感があった」との認識を示しました。

 ただ、日本の死者数が欧米と比べて少ない要因として、国民の高い健康意識に加え「病院と保健所の両方で感染者を早く見つけられたこと」が奏功したと述べ、日本の医療や健康に対するインフラが機能しているとの、見方を示しました。

 具体的には、病院では、患者が自由に受診できる日本の医療制度や、CTスキャンなどの普及率の高さ、そして保健所によるクラスター(感染者集団)の監視が感染者の早期発見につながった、と指摘しました。

 そして、後者について、濃厚接触者の過去の行動を追跡して共通の感染源を発見する「後ろ向き」のクラスター対策が日本独自のものであると紹介し、この背景には、厚生労働省の「クラスター班」の専門家による分析で、「他人に感染させるのは患者の2割」というコロナウイルスの特性をいち早く見抜いていたことがある、と説明。このため、「前向き」のクラスター対策、つまり濃厚接触者の翌日以降の発症を追跡していた他の多くの国よりも、感染者の特定を迅速に進めることができた、と明らかにしました。

 一方、石原氏は、2月24日に専門家会議が「ここ1~2週間が感染拡大か収束かの瀬戸際」という見解を発表してから約1カ月経って、内閣官房に法に基づく対策本部が設置された経緯について、「なぜこんなに時間がかかったのか、という感じがする」と指摘。政府の対応が後手に回った最大の理由を「感染症が国民生活にこれほど広い影響を及ぼすものだという認識が、政府に欠けていた」ことを挙げ、その要因として、日本では、過去のSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)などの影響が軽微だったことに言及しました。また、オリンピックの延期を決めた後に政府や、東京都の対応が全く変わった点にも言及し、「オリンピックに差しさわりにないようにしたとの気持ちが関係者間にあったように思える」と語り、これらが初動を遅らせた要因だと指摘しました。

テクニカルな要素の強い感染症対策では、
国民への説明は政府が責任を持った上で、専門家と連携する体制が不可欠

 これに関連し工藤は、「専門家会議が政府よりも前面に出て感染対策を発表したことについては『前のめり』との批判もある」と述べ、こうした発信が行われるようになった経緯を、当事者である尾身氏に尋ねました。

 尾身氏はまず、専門家会議の前身である厚労省の感染症対策アドバイザリーボードの時代に、厚労省の記者会見に専門家が同席を求められるようになったのが発端だ、と述べました。その上で、コロナウイルスは無症状の人でも他人に感染させることが分かり、実際に経路の分からない感染例が複数報告されるようになった2月中旬から、専門家の間では、「市中感染が既に広がっている」と明確に認識されていた、と説明。

 一方で尾身氏は、当時、感染症対応の原則や体制が整っていない中で、政府は横浜に寄港したクルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」の感染対応に忙殺されていたことに言及。「政府が現場の危機管理に追われている中、従来のような、政府の諮問を受けて専門家組織が助言するスタイルでは、感染の広がりに間に合わない。専門家が政府より半歩先に出て、危機の全体像を社会に示さないといけない」という責任感があった、と語りました。

 そして、「専門家が独断で動いているというイメージがつくられる心配はあったが、ここで黙っていたら、後世の審判に堪えられないと考えた」と述べ、政府、厚労省の了解を得た上で、2月24日の「ここ1~2週間が瀬戸際」という見解書の発表につながった経緯を明らかにしました。

 そして、これを機に専門家会議への世論の期待が高まり、10日に1回程度、見解書を発表して感染対策を説明する、という状況が定着していったことを説明しました。

 これを受けて工藤は、「専門家が強い使命感から発言したことは尊敬しているが、では専門家の発言に誰が責任を持つのか。責任主体を明確にする、というのは、先の2009年の総括にもあったと思うが」と質問しました。

 尾身氏は、前のめりになった理由として、感染の初期段階では政治家が細部まで把握しているわけではなかったことを挙げ、感染がいったん落ち着いた段階で役割分担を明確にし、今後も長く続くコロナウイルスとの戦いに備えないといけないと語り、その観点で6月24日に専門家会議が発表した提言「次なる波に備えた専門家助言組織の在り方について」のポイントを説明。

 第一に、専門家の役割はリスク評価であり、政府はその観点から出された提言を受け、リスク管理に責任を持つべきだ、という点。第二に、リスクコミュニケーションは政府が責任を持つが、実際には政府と専門家が共同で行うべきだ、という点です。

 このうち尾身氏はリスクコミュニケーションについて、テクニカルな要素の強い感染症対策を、分析まで含めて全て政治家が説明することは難しい、と指摘。今回の危機対応においても、例えば「三密」の回避について、最終的に方針を決定するのは政府だが、その根拠は専門家が時間をかけて説明するしかなく、本来は政府に語ってもらうのが正解だが、事態が一刻の猶予も許さない中、専門家が自ら記者会見で「三密を避けてください」と国民に要請する形になってしまった、と振り返り、国民への発信において政府と専門家が連携する重要性を強調しました。

 さらに、尾身氏はこうしたプロセスにおいて「専門家が最初から政治家を慮る必要はなく、客観性や中立性、合理性を担保した上で意見を言うことが重要。それは政府も求めていると思う」と語りました。

 そして、政府が6月24日、政府が専門家会議に代わる「新型コロナウイルス感染症対策分科会」を設置したことについては、「同分科会は新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく有識者会議の中に設置されるため、法的根拠のない専門家会議に比べ、役割がはっきりしたものになるのだろう。議事内容をどう記録するのか、という点も決められるのだろう」と期待を見せました。

 同時に、同分科会には感染症だけでなく社会・経済の専門家も参加させるという政府方針についても、「専門家会議の提言のエッセンスを取り入れてくれた」とし、今後、検査キットの開発などで重要になるIT分野の関係者にも開かれた体制が望ましい、と述べました。

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