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日本の女性は「一人」を選ぶ――「家族解体」はなぜ進むのか 橘玲インタビュー「コロナ後の女と男」 - 橘 玲

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 橘玲さんの「週刊文春」連載が『女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)として書籍化。コロナ禍を経て人々の“ディスタンス”はどう変化するか。アフターコロナの男女関係を進化論から考える。

◆ ◆ ◆

 今回のコロナ禍を経て、「女と男」の関係はどうなっていくのか。それを考えるにはまず、進化の過程でヒトに埋め込まれた本能を知る必要があります。

 人類(ホモ属)は700万〜500万年前に東アフリカでチンパンジーとの共通祖先から分かれ、諸説あるものの、現生人類(ホモ・サピエンス)が登場したのは約77万〜55万年前、アフリカを出てユーラシア大陸へと広がったのは約5万年前と考えられています。農耕が始まったのは約1万年前ですが、これは進化にとってきわめて短い時間で、どれほど科学や文明が発達しても、私たちはいまも旧石器時代の脳で暮らしています。


©iStock.com

「利己的な遺伝子」は、生存と生殖に最適化するようヴィークル(乗り物)である生き物を「設計」します。そこで重要になるのは、男女の生殖の非対称性です。

男は「乱交」を望み、女は「純愛」を求める

 ヒトのオス(男)にとって、精子をつくるコストはきわめて低いので、生殖の最適戦略は、できるだけ多くの女と性交することになります。男の理想はハーレムをつくることですが、他の男も同じことを考えているのですから、その競争に勝ち残らなければなりません。こうして男たちはヒエラルキーをつくり、地位をめぐって争うようになりました。

 一方、ヒトのメス(女)にとって卵子のコストはきわめて高く、いったん妊娠すれば出産まで9カ月もかかり、生まれてからも数年間は授乳・育児しないと子どもは生きていけません。これほどまで子育てに手間のかかる動物はほかにいません。ヒトの脳が過剰に発達したことで、胎内で成長を待っていると頭蓋骨が産道を通れなくなり、「未熟児」状態で出産するしかなくなったからだとされます。

 過酷な旧石器時代の環境では、パートナーの男がいなければ、子どもを抱えた母親が食料を確保するのは困難だったでしょう。母子ともども飢え死にしないためには、長期の関係をもつことができる男を「選り好み」しなければなりません。女にとって誰とセックスするかは死活問題なのです。

 男は「競争する性」で「乱交」を望み、女は「選択する性」で「純愛」を求める。しかしこれでは、生殖戦略が真っ向から対立してしまいます。これが、女と男が「わかりあえない」進化論的な理由です。

「わたしらしく生きたい」という価値観の広がり

 私は、現代社会を揺り動かしているのは世界的な「リベラル化」の大潮流だと考えています。とはいえ、これは保守と革新のような政治イデオロギーのことではなく、「わたしらしく生きたい」「自分の人生を自由に選択したい」という価値観の広がりです。

 そんなの当たり前だと思うかもしれませんが、こんな奇妙な思想が大衆レベルまで浸透したのは1960年代からで、せいぜい50年ほどしか経っていません。

 リベラル化を可能にしたのは、科学技術によってもたらされたゆたかさです。人類はその歴史のほとんどで、飢えや疫病、戦争や騒乱によって生存を脅かされてきました。ところがいまや、私たちは人生が100年あることを心配しています。さほど致死率が高いわけではない新型コロナウイルスがこれほどまで世界を混乱させたのは、逆説的に、私たちがとてつもなく安全でゆたかな社会に生きていることを示しています。

 現代人は、人類の歴史上はじめて、家族や共同体、神(宗教)のくびきから離れて「自由」に生きることができるようになりました。これはもちろん素晴らしいことですが、そもそもこれまで誰もそんな生き方をしたことがないのですから、「旧石器時代の脳」は自由をどう扱ったらいいかわかりません。これが、現代社会で起きているさまざまな問題の大きな理由でしょう。

 ゆたかさを背景にリベラル化が進むと、宗教やムラ社会、地域コミュニティのような伝統的な共同体は解体していきます。とはいえ、ヒトは徹底的に社会的な動物なので、どこにも所属せずに寄る辺なく生きることなどできません。こうして軍隊、学校、会社などの人為的な「近代共同体」がつくられたのですが、それもいまや自由の桎梏と感じられるようになっています。

 最後に残されたのが家族で、これが解体されてしまうと、私たちはほんとうに「一人」になってしまいます。世界じゅうで起きているナショナリズム(国家共同体)への反動は、この不安や恐怖が引き起こしているのでしょう。

 リベラル化による共同体の解体は世界共通の現象ですが、ここで日本はきわめて特異な場所を占めています。私は、日本は「近代のふりをした前近代的な身分制社会」だと考えていますが、もうひとつのきわだった特徴は、「世界でもっとも世俗的な民族」だということです。

 アメリカの政治学者ロナルド・イングルハートが行なった世界規模の価値観調査では、日本人はスウェーデンなど北欧諸国や、オランダのような「ネオリベ国家」より「世俗―合理的価値」が高くなっています(上の図)。その理由のひとつは、日本人は大文字の神(GOD)を理解できず、ご利益を与えてくれる神々(gods)しか信じないこと。もうひとつは、明治維新とともに地域社会(故郷)をあっさり捨てて、都会で一人暮らしや核家族をつくるようになったことでしょう。

日本人はきわめて「個人主義的」

 同じ世界価値観調査で「人生の目標」について訊くと、中国や韓国はもちろんアメリカの若者ですら「家族の期待にこたえる(親が誇りに思うように努める)」との回答が一定数ありますが、日本の若者は「他人に迎合するよりも、自分らしくありたい」「自分の人生の目標は自分で決める」が圧倒的です。常識とは異なって、日本人はきわめて「個人主義的」なのです。

 私がこのことに気づいたのは、1990年代はじめに、香港で知り合った若者から「日本人は一人暮らしをしてるってほんとう?」と訊かれたときです。「都会の大学生は一人暮らしがふつうだよ」とこたえたのですが、「そんなことして怖くないの?」と真顔でいわれました。90年代の香港ですら、結婚して自分の家族をつくるまでは親といっしょに暮らすのが当たり前で、「一人暮らし」という概念はなかったのです。

 日本人はあまり気づいていませんが、ワンルームマンションは欧米にはほとんどありません。大学の寮は2人一部屋だし、アパートも2ベッドや3ベッドばかりで、ルームシェアするのが普通です。ハードボイルドの探偵たちがホテル暮らしをするのは、それ以外に一人で暮らす方法がないからです。

 ところが世界のなかで日本でだけ、戦後すぐの時期から、下宿、アパート、ワンルームマンションへと一人暮らしの文化が急速に広がりました。それと同時に、コンビニ、ファストフード、少量パックの食材などのインフラも充実していきます(アメリカではマクドナルドは一人でいく場所ではありません)。

 日本人はどういうわけか、「一人」を孤独とは思いません。その価値観に、ようやく世界が追いついてきた。村上春樹がアジアで熱烈に読まれる理由のひとつは、一人暮らしの魅力を描いているからでしょう。

 そんな日本では、家庭のなかに複数の「世帯」ができてしまいます。結婚して子どもが生まれると、夫は「会社」という共同体に属し、妻と子どもは「ママ友」共同体に属して、「二世帯同居」になります。単身赴任というのは欧米では考えられませんが、日本ではなんの問題もなく受け入れられるのは、もともと世帯が分離されているからです。子どもが中学生くらいになれば父、母、子の「三世帯同居」で、食事の時間も別々になります。

 超世俗的な日本の家族はもともとバラバラだったのですから、自粛で家に閉じ込められればコロナ離婚が増えるのは当然なのです。

一夫一妻制の限界

「家族解体」の背景にあるのは、一夫一妻制の限界です。

 私たちは夫―妻―子どもという核家族を当然と考えていますが、これは西欧の近代化以降に生まれたきわめて「異常」な制度です。文化人類学者が伝統的社会を調べると、その多くはゆるやかな一夫多妻で、地位が高く大きな資源のある男は複数の妻をもつことができます。一夫一妻に見えるのは、貧しくて一人の妻しか養えないからです。

 ではなぜ、急速に一夫一妻に変わっていったのか。その理由は、近代が「国民」を徴兵する「軍事国家」だったからでしょう。若い男を戦場に送り、命を賭けさせるには、国家はそれなりの代償を提供しなければなりません。男にとってもっとも貴重なのは性愛です。近代の一夫一妻制とは、国家によって兵士に女を配給する制度だったのです。

 これはものすごく誤解されていますが、原理的に、一夫一妻は男にとって有利で、一夫多妻は女に有利な制度です。

 格差社会で、10人の男には資産に多寡があるとします。それでも一夫一妻であれば、金持ちの男も、貧しい男も、平等に一人の妻をもつことになります。

 それに対して一夫多妻では、もっともゆたかな男が4人、2番目の中富豪が3人、3番目の小富豪が2人、4番目の中流階級が一人の妻をもつとしましょう。そうなると、貧しい6人の男は性愛から排除されてしまうのです。

「2号や3号なんてかわいそう」と思うかもしれませんが、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスの資産は10兆円を超えています。それに対して、日本のサラリーマンの生涯収入は3億円からせいぜい4億円。「だったら大富豪のお妾さんでいい」という女性は、じつはたくさんいると思います。

「非モテ」の若い男たちによる“復讐”

 この罠に気づいたのが、アメリカで「インセル」と呼ばれる「非モテ」の若い男たちです。インセルは「Involuntary celibate」(非自発的禁欲)の略で、「自分ではどうしようもない理由による禁欲状態」の意味です。

 2014年、カリフォルニア州サンタバーバラでエリオット・ロジャーという青年が無差別に6名を銃殺・刺殺する凄惨な事件が起きました。ロジャーは「自分を相手にしない女への復讐が目的だ」と犯行動機を語り、その動画をYouTubeで公開しました。いまやアメリカでは過激なインセルが社会問題になっています。

 インセルの特徴はミソジニー(女性嫌悪)で、性の乱れを批判し、一夫一妻の伝統的な社会に戻せと主張しています。彼らの世界観では、尻軽で魅力的な女(ステイシー)は、チャドと呼ばれる一部の「モテ」の男に独占されていて、「非モテ」の男は禁欲を強いられるか、「残り物」の女を奪い合うしかないのです。

 こうしてアメリカでは、フェミニストとインセルが、ともに一夫多妻を批判するという奇妙なことが起きています。

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