記事

女子アナの登竜門「大学ミスコン」は、もう全大学で中止すべきだ

1/2

多くの大学の学園祭では「ミスコンテスト」が行われている。だが、上智大、法政大、国際基督教大などは「多様性の尊重」という観点から中止を決めた。教育ジャーナリストの小林哲夫氏は「これまでもミスコンは『女性差別』と批判されてきた。今回、さらなる論点が出てきたことで、ミスコンを中止する流れが加速しそうだ」という――。

夜のパーティー - 立っているハイヒールの女性の準備ができて※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FroggyFrogg

再燃する廃止論、「大学ミスコン」はこれからも続くのか

2020年4月、上智大ではコンテストの主催者が、大学祭=ソフィア祭でのミスコンを廃止すると決定し、次のような声明を出した。

「現状のミス・ミスターコンが孕む外見主義的な判断基準という問題や『ミス=女性らしさ』『ミスター=男らしさ』という性の画一的な価値観の押し付けを助長するようなコンテスト名からしても、LGBTQや多様性という観点から批判を受けることは然るべきであり、致し方ないと言わざるを得ません。

(略)このような状況を鑑みて、今年度からミス・ミスターコンを廃止する決断に至り、時代に沿った新たなコンテストを開催することになりました」(2020年4月1日 ソフィア祭実行委員会コンテスト局)。

上智大がミスコンを廃止した理由として、「LGBTQや多様性という観点」をあげている。これと同じ理由でミスコンをいっさい認めないと宣言した大学があった。法政大である。昨年11月、同大学は田中優子総長名義でこう訴える。

「本学では、2016年6月に『ダイバーシティ宣言』を行いましたが、ダイバーシティの基調をなすのは『多様な人格への敬意』にほかなりません。『ミス/ミスターコンテスト』のように主観に基づいて人を順位付けする行為は、『多様な人格への敬意』と相反するものであり、容認できるものではありません」(大学ウェブサイト 2019年11月29日)。

「多様性の尊重」という新しい潮流

こうした動きは10年ほど前からあった。

2011年、国際基督教大では、学生がミスコンについて、「多様な人間のあり方が尊重」されなければならないことを理由に反対し、それ以降、開催されていない。当時、「ICUのミスコン企画に反対する会」がこう訴えている。

「私たちは、人種的、身体的、階級的に画一的な女性の美のイメージの強化をもたらし、女性の性的対象化の道具として機能してきた歴史をもつミスコンに、そもそも反対します。ですから私たちは、ICUの外においても、差別的な電車の釣り広告やミスコンに反対します。基本的な人権、および多様な人間のあり方が尊重される社会をめざす私たちは、当然ICUでのミスコン開催にも反対します」(同会のウェブサイト)。

上智大、法政大、国際基督教大で唱えられた、多様性を尊重するという気運は、さまざまな性のあり方が尊重される、たとえば、トランスジェンダーの人たちが快適に生活できる社会づくりを目ざすものだ。人権問題でもある。大学、学生のこうした理念と大学ミスコンはおよそ相容れない、というわけである。

女性差別批判をよそに広がった「大学ミスコン」

大学ミスコンへの風当りの強さは、きのう今日はじまった話ではない。常に批判がついてまわった。大学ミスコンは1970年代後半から各地で広まっているが、当初から女性に対する差別として厳しい批判を受けてきた。

1978年、名古屋大では大学祭で予定されていた「ミス・キャンパスコンテスト」が、女性問題研究会からの抗議を受けて中止となった。同会はこう訴えている。

「出場した女性に賞品を与えることで女性を商品化し、しかもそれが男性にとっての商品、見せ物、人形であることは女性が男性にとっての性的対象物であるという歴史的な男性中心の論理をそのまま受け継ぐものである。」(『週刊朝日』1978年6月23日号)

1987年、東京大駒場祭で「東大生GALコンテスト」では乱闘騒ぎが起きている。東京大学新聞がこう伝えている。

「開会後しばらくして、急に会場内の照明が消され、数ケ所で爆竹が鳴らされ、様々な姿に変装して花火のようなものを手にした学生がつぎつぎと舞台にあがった。主催者側と合わせて約四十人が舞台上で乱闘状態となり、会は中止となった。乱闘の中で、水をかけたりイスを投げた者もあった」(同新聞1987年11月24日)

しかし、大学ミスコンは廃れることはなかった。

1980年代半ばから1990年代にかけて、「女子大生ブーム」が起こり、女子学生がたいそう注目されたことも大きい。一方で、ミスコンに登場したいという女子学生も増えた。その動機には「自分を磨きたい」「キャリアアップとしたい」などがあり、女性差別という批判を打ち消さんばかりの勢いだった。

ブランド化し、協賛企業が群がった「ミス慶應」

1990年代から2000年代、かつてミスコンを粉砕した強硬な「反対勢力」はほとんどなくなった。バブル経済はとうに崩壊し、ITバブルを迎えるがそれもはじける中、大学ミスコンは元気だった。

なかでも、「ミス慶応」は大学ミスコンのなかで圧倒的なブランド力を持っていた。ミスコンを主催するのは広告学研究会である。彼らは「ミス慶応」といいイベントの流れを次のように話している。

「候補者は広研のホームページの告知と学内のポスター掲示によって募集しました。また、自薦、他薦だけでなく私達がスカウトした方もいます。それは四五月に行いました。そして、六月に日吉でお披露目イベント、七月には七夕祭への参加、八月には当サークルが経営している海の家でのイベントというように学内でのプロモーションを積極的に行いました。そして今年十月十六日、十七日は109でのプレイベントを開催しました。このプレイベントと三田祭での会場投票、Web投票、携帯での投票数によって『ミス慶応』は決まります」(慶應塾生新聞2004年11月10日号)

「ミス慶応」には、協賛企業が群がっていた。2000年代後半、こんな報道がある。

「優勝者への賞品も豪華で、06年のミスには、外車のBMWが贈られた。昨年はティアラだった。(略)協賛金の総額について、研究会は教えられないとしているが、慶大広報室によれば、数百万円規模という」(朝日新聞2009年11月16日)。

あわせて読みたい

「大学」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    乳首にシール貼らせ? 逮捕の社長

    阿曽山大噴火

  2. 2

    漢見せた玉木氏 大化けの可能性

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  3. 3

    ポルシェ追突の男 一族は大地主

    文春オンライン

  4. 4

    分党を選んだ玉木氏の判断を称賛

    早川忠孝

  5. 5

    周庭氏の力 新たな目線が中国に

    倉本圭造

  6. 6

    玉木代表は決して結論を急ぐな

    早川忠孝

  7. 7

    コロナで「地方の息苦しさ」露呈

    内藤忍

  8. 8

    うがい薬買い占めた高齢者を直撃

    NEWSポストセブン

  9. 9

    感染の慶應研修医 復帰前に処分

    NEWSポストセブン

  10. 10

    総理は原稿読み上げ 会見で指摘

    BLOGOS しらべる部

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。