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「フロイド事件」抗議デモで燃え上がる「ミネアポリス」の夜(上) - 横田増生

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ジョージ・フロイドさんがが殺害された食料雑貨店「カップ・フーズ」の壁(筆者撮影、以下同)

「防弾チョッキとヘルメットは持っているのか!」

 警察から必死に逃げてきた20代の白人の男に向かって、

「事件はどこで起きているのか?」

 と私が尋ねると、こんな怒鳴り声が男から返ってきた。

 もちろん、そんなものは持っていない。

 まぁ大袈裟に言っているのだろう、くらいに思って、彼が逃げてきた方向に歩を進める。

 街灯が少ないところでは、空の高い位置にある半月の明かりだけが頼りだ。

 私の後ろには、焼け落ちた地元のレストランがあり、前方右手には、3日前に火を放たれ、いまだに煙を上げる全国チェーンスーパーのターゲットが見える。

 私はこのターゲットの周囲に車を停め、取材をはじめていた。

白の四輪駆動車にペッパースプレイを吹き込む警官

 2、3分歩いたところで、私の横を通り過ぎようとした白の四輪駆動車が、追いかけてきた4台のパトカーに行く手を塞がれた。数人の警察官が飛び降りてきて、運転手に大声で叫ぶ。運転手が窓を開けるやいなや、警官がペッパースプレーらしきものを、車の中に数回噴射した。

「うぁ、いくら何でも、やりすぎだろう……」

 と思いながら、私はカメラのシャッターを何度か切った。

警棒と実弾と

 直後に、2台のパトカーが追いかけてきて、警官3人が、写真を撮っている私をめがけ警棒を振り上げながら迫ってきた。そのうち1人は私の右腕をがっしとつかんだ。

 胸にかけていた記者証を掲げ、

「ジャーナリストだ!」

「日本からのジャーナリストだ!」

 と声を限りに叫ぶと、警棒を振り上げた警官が、

「さっさと、ここから立ち去れ‼」

 と居丈高に言い捨てて、四輪駆動車の方へと向かった。

 警官に殴られずに済んだのは、おそらく私がフラッシュをたかずに写真を撮っていたからだと思われる。もしフラッシュをたいていたら、殴られていたかもしれない。そう考える余裕が出るのは、長い一夜が終わってからのことだった。

 メモ帳には、

「(午後)10時45分。黒の4WD(実際は白)。パトカー4台」

 と書いてある。場所は、2日前にデモ隊が焼き払ったミネアポリス警察の、第3管区の前だった。

 さらに歩を進めたところでメモを取っていると、

「デモ隊はこの先に逃げて行ったのかい」

 という声に、私は目を上げる。

 小型のテレビカメラを担いだ同業者の2人の顔があった。

 ワシントンDCをベースに活動しているイラク・クルディスタンのテレビクルーで、クルド人の記者ジャッシュは40代。それをサポートするアメリカ人のショーンは20代。

 3人で情報を交換していると、頭上をロケット花火が通り抜けたような、

「シュー」

 という音がした。

 ジャッシュが「しゃがめ!」と叫ぶ。シリアの内戦も取材したことがあるというジャッシュが、

「今のは間違いなく実弾だ」

 と請け合う。

 しばらく3人で路上に這いつくばり、耳を澄ませる。

 実弾がどの方角から飛んできたのか、だれが何の目的で、実弾を撃ったのかはわからない。すべては、夜の闇が覆い隠している。

抗議運動は暴徒化

 私がミネソタ州ミネアポリスに到着したのは、5月30日のことだった。

 黒人男性のジョージ・フロイド(享年46)が、ミネアポリス市内にある「カップ・フーズ」という食料品雑貨屋で偽札20ドルを使おうとして、警察に通報されたのが25日。

 現場に現れた白人警官デレク・ショービン(44)が、手錠をかけられて身動きの取れないフロイドの首筋に膝を落とす。フロイドは、

「息ができない(I can’t breathe)」

 と何度も訴えるが、ショービンが8分46秒も気道を圧迫した結果、フロイドは亡くなる。

 この8分46秒という数字は、その後、アメリカにおける人種差別を象徴する数字として、2000年に起きた同時多発テロ事件の「9・11」のように扱われる。

 ショービン以外にも3人の警官が現場にいた。周囲の目撃者が、その警官たちに、ショービンの行為を止めるようにと頼むが、誰も目の前の殺人を止めることはなかった。

 現場近くに居合わせた地元の女子高生が、一部始終をスマホで撮った。動画は瞬く間に拡散した。この動画に触発され、抗議運動が全米のみならず、世界中を席巻する。

 ミネアポリスでは、すぐに抗議運動がはじまった。当初は平和的だった抗議運動に、一部の暴徒が加わり、街の商業施設を焼き払ったり、略奪をはじめたのが2日目の27日のこと。

 翌28日には、私が立っていた同市警察の第3管区を、デモ隊が焼き払った。フロイドを殺害した警察官4人が所属する建物だったからだ。

 暴徒を含んだ抗議運動がピークを迎えたのは、27日から30日までの4日間。それを抑えるため、警察だけでなく州兵までもが投入され、デモ隊と揉み合っていた。

 つまり私はミネアポリスでの抗議運動のピークの尻尾のところを体感することができたのだった。

「正義なくして、平和はこない」

 もともと、私はミネアポリスで取材をするつもりはなかった。

 ミネアポリスから車で20分ほど離れた隣町セントポールにあるカトリック教会が、日曜日(5月31日)からミサを再開するというので、それを取材するつもりだったのだ(2020年7月4日『第14回 トランプ「教会再開」を痛烈批判した「教会」』)。

 私がアパートのあるミシガン州からセントポールを目指して2日間車を走らせていた間、ミネアポリスでの抗議運動が全米の注目を集める出来事に広がっていった。

 私は当日の朝、カーナビに事件現場の住所を打ち込んで出発した。到着したのは午後6時だった。

 ジョージ・フロイドが殺された店の壁には、大きな似顔絵が描かれており、数多くの献花が並んでいた。

 事件現場を歩いてすぐに気づいたのは、集まった人々の人種の多様性だった。黒人が多いのはもちろん、白人も数多くいた。アジア系アメリカ人のグループは、

「アジア系がこの黒人の問題で沈黙すれば、アジア系が同意したのも同じだ。黒人たちのため立ち上がれ」

 と書いたプラカードを持っていた。

 次に気づいたのは、マスク着用率の高さだ。目測では半分以上の人たちがマスクを着けている。

 これら2つの点は、ほぼ白人だけで、マスクもしないドナルド・トランプ大統領の支援者集会などとは真逆の位相にあった。

 この日、事件現場の空気は尖っていた。

頭上を飛ぶヘリコプターに中指を立てる

 頭上に警察らしきヘリコプターが飛んでくると、一斉に中指を立ててブーイングを浴びせた。ドローンが飛んでくると、

「警察がオレたちの写真を撮るために飛ばしているんだ」

 との大声が聞こえてきた。

 即興で作られた演説会場では、

「What’s his name?」

「George Floyd!」

 という掛け合いがつづいた。

 通りは「No justice, no peace!」(正義なくして、平和はこない)という叫び声であふれていた。

 私は何人かに、話を聞かせてほしいとお願いしたが、そっけなく断られた。ようやく話を聞かせてくれたのは、当日、シカゴからやってきたという20代の兄弟だった。

シカゴから来たロマネ・ウィリアム

 弟のロマネ・ウィリアム(21)はこう憤る。

「警官が、オレたちの仲間を理由もなしに殺しているんだよ。信じられないよ。昨日になって、やっと警官が起訴されたけれど、第3級殺人罪だって。絶対に第1級殺人罪にすべきだよ。オレたちは正義がほしくって、ここまできたんだ」

「第3級殺人罪は軽すぎる」と訴える

 主犯の警察官ショービンが第3級殺人罪で起訴されたのは、前日のことだった。

 アメリカの殺人罪には、第1級から第3級まである。第1級殺人罪として起訴するには、事前の十分な計画と殺意が必要なので、これを今回のケースに当てはめるのは難しい。第2級殺人罪と第3級殺人罪の違いは、暴行の程度や殺意の有無などが問題となる。

 ミネソタ州は当初、ショービンを第3級殺人罪として起訴したが、その後、抗議の声に押されて第2級殺人罪も起訴内容に加えた。第3級殺人の量刑は最大で禁錮25年。それが第2級殺人罪となると40年となる。

 ほかの3人の傍観していた警官については、第2級殺人の幇助罪で起訴した。

兄のタイレイ・ウィリアム

 兄のタイレイ(27)が続ける。

「黒人に対する差別は、制度としてこの国に存在するんだよ。オレ自身、何度も"Nワード"(黒人に対する侮蔑語であるNiggerを指す)で呼ばれたことがある。そうした差別は政府からはじまっているんだ。

 それが警察にも広がり、差別に乗じて権力を乱用する警官が出てくる。すべてがつながっているんだよ。そのトランプが、ミネアポリスに軍隊を送り込んで、抗議運動を抑え込もうとしているんだって。そんな奴は一緒に起訴してしまえばいいんだよ」

「略奪が始まるとき、銃撃が起こる」

 トランプは前日29日、全米で広がる抗議活動に業を煮やし、ツイッターにこう書き込んだ。

「略奪が始まるとき、銃撃が起こる」

 この言葉は、1960年代に、黒人による公民権運動から発生した抗議活動を抑え込むため、南部の警察長官が使った差別的な言葉で、アメリカ史の汚点として残っている。

 その言葉を引用したトランプの書き込みに対し、ツイッター社は、暴力を賛美しているという理由で、警告を表示した。

 事件現場では尖った雰囲気は感じたものの、警察官の姿は1人も見かけることもなく、暴動が起こる兆しも感じられなかった。

 まだホテルにチェックインしていなかった私は、午後8時前にいったん現場を離れた。

 隣町のセントポールでホテルのチェックインに手間取った私が、テレビをつけたのは10時前のこと。

 テレビのキャスターが、午後10時の番組の冒頭でこう言った。

「アメリカは今晩、大混乱に陥っています」

 テレビの画面には、夜のとばりが降りたミネアポリスの建物が炎に包まれている様子が映っていた。

 ミネアポリス市内で午後8時から夜間外出禁止令が出ていたのは知っていた。しかし、その8時以降に、大量の警察や州兵が現場に投入され、抗議運動と衝突し、街が燃え上がることになるとは思いもしなかった。

 私はもう1度ハンドルを握り、ニュース映像が映していた場所を目指して車を走らせた。

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