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「赤ちゃんポスト」の真実に迫る――母親はなぜ預けたのか

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中央に見える扉の右側には、インターホンとともに母親へのメッセージが書かれている(写真/時事通信社)

設置当初に公開された「赤ちゃんポスト」の内部(写真/共同通信社)

赤ちゃんポストは、慈恵病院本館から一本道を挟んだ新産科棟(マリア館)に設置されている(写真/時事通信社)

赤ちゃんを自宅で出産し、赤ちゃんポストに預けるケースが多い

2017年3月時点、「こうのとりのゆりかご」第4期検証報告書より

 赤ちゃんを遺棄や虐待から救う、命を守る。崇高な理念を掲げて設立された。それから13年、155人の子どもが預けられた。赤ちゃんポスト、それは新聞やテレビドラマで数多く取り上げられた名称だ。しかしあなたは赤ちゃんポストの“真実”をどこまで知っているだろうか。このたび地元・熊本で取材し続けたジャーナリストで『赤ちゃんポストの真実』著者の森本修代氏が、ある問いを投げかけた。なぜ母親は子どもを預けたのか。預けられた子は“その後”何を想うのか。改めて命を考える渾身のノンフィクション。

◆「幸せになってね」前日に産んだわが子の姿をその目に焼き付けて

【別写真】赤ちゃんポストの内部はこうなっている

 10年近く前のことだった。一人の女性が前日に産んだばかりの赤ちゃんを抱えて、熊本市内の病院を訪ねた。目指したのは病院の一角にある「赤ちゃんポスト」だ。わが子との別れを決意していた。その姿を目に焼きつけて祈った。

「幸せになってね」

 赤ちゃんポストは2007年5月、前年に発覚した乳児遺棄事件をきっかけに熊本市の慈恵病院に設置された。「遺棄や虐待から救う」ことを目的とする。正式名称は「こうのとりのゆりかご」。親が育てられない子どもを匿名で預かる。2020年3月までの約13年間で155人が預けられている。

 赤ちゃんポストに子どもが預けられた場合、戸籍法に基づき「棄児」(捨て子)と位置づけられ、児童相談所(児相)と警察に報告される。児相は親を捜す調査をするが、それでも身元が分からない場合、親の名前が空欄の一人戸籍が作られ、姓名は熊本市長が定める。ちなみに身元が判明しない子どもは健康保険に入ることはできず、医療費は熊本市が負担する。

 よくいえば慈恵病院の信念に基づいた孤軍奮闘によって、より現実的にいえば現行法では扱えず、グレーゾーンで運用されている。

 私は地元紙の記者をしている。ポストは、大手メディアによって大々的に取り上げられ、認知度も高い。だが、一度預けられた後は、匿名性という壁のもと「その後」を追うことは困難だ。母はなぜわが子を預けたか。その子はいま何を想うか。取材したかった。

 細い糸を伝うようにして、「預けた人」である女性に接触できたのは、2019年10月のことだった。

 時間通りに、理恵さん(仮名)はやって来た。幼稚園に通う2人の男の子を連れている。小柄な体に、白地に青のボーダーが入ったニットとジーンズ。化粧は薄く派手さは全くない。男の子の一人は任天堂のゲーム機、スイッチを手にしている。その子は「コンセントはどこ? もう1%しかない」と言い、コンセントを見つけて充電を始めた。

「充電していいですかって聞いた? ちゃんと聞いてからよ」

 この人が、本当に赤ちゃんポストに子どもを置いたのだろうか。私も2人の息子がいることを伝えると、理恵さんはさっと顔を上げた。

「男の子2人って、大変ですよね」

 理恵さんと私は男の子の子育て「あるある」をしばらく話した。そしておもむろに「この子たちにはお姉ちゃんがいて、ゆりかごに預けたんです」と話しだした。

◆「ばれたらどうしよう」――そこには誰にも言えない大きな問題があった。

 熊本市の発表によると、2019年3月までの約12年間で預けられた子ども144人中、推定で生後1か月以内の新生児は118人。うち1週間以内の早期新生児は76人。生後1年未満の乳児18人。1歳を過ぎたとみられる幼児も8人いる。接触できた親に聞いたところ、預けた理由で最も多かったのが「生活困窮」で、次いで「未婚」「世間体・戸籍に入れたくない」「不倫」と続く。誰にも言えない人たちの「駆け込み寺」として機能する側面がある。また、北海道や関東など全国から預けられている。

 理恵さんはなぜ子どもを預けたのか。理恵さんは結婚して既に5年以上過ぎていたが、なかなか妊娠しなかった。「もう子どもはできないかもしれない」と半ば諦めかけていた。妊娠に気づいたのは、夫と別居して実家に帰っていたときのことだった。生理が遅れ、「もしかしたら」と思った。子どもが欲しかったので、「正直、うれしい気持ちもあった」と振り返る。ただ、大きな問題があった。子どもの父親が夫ではないことだ。

「ばれたらどうしよう」

 喜びと不安に揺れた。妊娠したかもと思いつつ、市販の検査薬を使って調べることはしなかった。

「現実を見なければいいというか、問題から逃げてしまったんです」

 おなかが大きくなり、動きを感じるようになって妊娠を確信した。

「それでも誰にも言いませんでした。言ったらいけないと思い込んでいて」

 もともと細身の理恵さんが大きめの服を着ると、おなかの大きさは目立たなかった。周囲には隠し続けたという。

「隠しているのに、誰か気づいてくれないかなという気持ちもありました。甘い考えなんですが、誰か気づいて、『子どもを育てていいよ』って言ってくれないかなって」

 理恵さんが掛けてほしかった言葉は、意外にも「育てていいよ」だった。赤ちゃんポストはテレビで見て知っていた。妊娠中、慈恵病院のホームページを何度も見て、産んだら熊本へ連れて行こうと決めた。理恵さんは最終月経から、「十月十日」となる出産予定日を計算していた。その2日前の午前5時ごろ、おなかが痛みだしたが、病院に駆け込むことはしなかった。

「江戸時代は家で産んでいたはずだって自分に言い聞かせていたんです。私にもできるはずって」

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