記事

現実を見つめる、自分で考える 『皇国日本とアメリカ大権』著者、橋爪大三郎氏インタビュー

1/2

日本がかつて不合理な戦争を始めたのはなぜだろうか。始める前から敗北がほぼわかっていたような不合理な戦争に、国民を総動員させてしまったことには、どのような思想的背景があったのだろうか。

当時、国が『國體の本義』というテキストを発行し、日本全国の学校現場でこれが使われた。このテキストには、「日本の知識層が触れるであろう知的世界がすっぽりと収められており、これに基づいてものを考えると、自分が知的に優位であるような感覚がわいてくる」という。(『皇国日本とアメリカ大権』橋爪大三郎, 筑摩書房)

日本はかつて負けるとわかっている戦争を始め、そして負けた。その原因を当時の軍部が勝手に暴走したことに求め、軍を忌避している人は多い。しかし、『皇国日本とアメリカ大権』によれば、「人びとは、戦争に負けたのでも、軍部に負けたのでも、ない」という。人びとは、『國體の本義』が用意した、皇国主義の「ロジック」に負けたのだという。

なにか幻のような主体が不合理な戦争を始めたのではなく、皇国主義のロジックに納得した上で、一人ひとりが主体的に戦争に向かっていったのである。

『皇国日本とアメリカ大権』は続ける。『國體の本義』の世界観は、皇国主義からかたちを変えて「アメリカ大権」となり、現代日本に生きているという。だからこそ、戦後を生きる私たち一人ひとりが、今も生きる『國體の本義』のロジックから目を背けずに見つめることが必要なのである。

『皇国日本とアメリカ大権』を著した橋爪大三郎氏に、『國體の本義』の構造や、今なお生きるその世界観の強靭さについて聞いた。(聞き手・構成 / 服部美咲)


現実から目を背けないためには「言葉」が必要

――どのような問題意識をもって、『皇国主義とアメリカ大権」をお書きになられたのでしょうか。

戦前と戦後の、切断と連続を問題にしました。

戦前は皇国史観。軍国主義。国家神道。大政翼賛会。それに対して、戦後は、戦後民主主義。平和憲法。国民主権。1945年を境に、悪いものが善いものに、一夜でひっくり返った。これが、切断です。

学校では、切断を習います。でも、そんなはずはないのです。多くのものは連続している。実際にも、戦後憲法は帝国憲法を改正したもので、憲法以外の戦前の法制は基本的にそのまま存続し、官僚機構も(陸海軍が解体されたのを別にすれば)そのまま存続したのです。天皇も、責任を追及されることなく、在位し続けた。

戦前からの連続を理解しないと、戦後は理解できない。自分の社会を理解できない。連続を理解するのは、都合の悪いことも多いが、それでもしっかり見つめる。

連続から目を背けず、見つめるためには、言葉が必要です。「皇国史観」や「軍部」といった言葉は、戦前の言葉であって、戦後に延長できないことがわかっている。そこで、「皇国主義」という言葉をつくりました。皇国主義は戦前の世界認識ですが、それが戦後、かたちを変えた。そして皇国主義と同じく、目に見えない。目に見えないから、存在しないことになっている。存在しないことになっている概念を見つめるために、「アメリカ大権」という言葉をつくりました。アメリカ大権は、戦後日本を理解するためのキーワードです。

このように、社会を科学的にみつめるためには、言葉がまず、必要なのです。

なお、戦前と戦後の連続については、『天皇の戦争責任』(橋爪大三郎・加藤典洋・竹田青嗣、径書房、2000年)という本で、戦争責任の側面から、加藤典洋さんと徹底的に論じ尽くしました。本書は、その続編でもあります。

日本語でものを考える日本人につきまとうもの

――『國體の本義』が戦後の社会から失われて、忘れられたのは、戦後にGHQによって禁書とされたためでしょうか。また、世界観のもとになるテキストが失われたために、その世界観による洗脳が解除されないということは考えられるでしょうか。

GHQが禁じたというより、日本人自身が忘れたかったのだと思います。

自分で考え、紡いだ思想であれば、誰が禁じようと、そう簡単には忘れない。『國體の本義』の皇国主義はそうではなく、学校で教えられたもので、政府の都合で押し付けられた思想です。戦争遂行や総動員体制という政府の目的には合致していたが、戦争に敗れれば不要になった。

戦後、本当は、それを日本人自身の考え、紡いだ思想で上書きする必要があった。でもそうしないで、また新しく学校で教えられた通りに考えることにした。その点では、皇国主義とそっくりです。

これを洗脳というのかどうか。その思想にとらわれ、しかもとらわれている自覚がないことを洗脳とするなら、これは洗脳です。この洗脳の実態をみつめることが、自分の思想を自分で考え、自分で紡ぐためにまずやるべきことです。

――皇国主義は、西欧文明や中国の政治制度などの普遍主義に立脚し、それらを取り入れながら、同時に日本の特殊性を肯定したものと理解しました。日本のように、いろいろな文明の都合のよい部分をピックアップして、ハイブリッドな世界観をつくることは、他国ではあまり見られないように思います。日本は、なぜ他の文明をハイブリッドする必要があり、またそれが可能なのでしょうか。

たとえばイスラムは、自分たちの原理が世界にそのまま通用するし、すべきだと考えている、「普遍主義」です。普遍主義は、「自分の特殊性を認めてください」と、おっかなびっくり国際社会におうかがいを立てるような、へっぴり腰な態度はとりません。

日本の場合は、自然科学のような、拝借しなければどうしようもないものだけでなく、政治制度(憲法や議会や法律や…)、経済制度(資本主義経済)、文化制度(教育や美術や音楽や…)をまるごと、西欧文明からそっくり拝借しています。自分たちが普遍主義だと思っていないのです。そこで、西欧の普遍主義と自分の特殊性とを、ハイブリッドする必要が出てくる。そういう例は、たしかに多くありません。

ハイブリッドが可能である条件のひとつは、高等教育が自国語で行なえること。自国語で考える知識人や高級官僚が大勢いてはじめて、新聞や雑誌や、法律や科学や文学や、…が自国語で営めるようになる。国全体が、自国語で知識を編成する。でもその基本語彙は、西欧文明から借りてきたもので、自国とのギャップをごまかすために、トリックが仕込んであるのです。この秘密を握っているのが、その国の知識人や高級官僚です。そして何喰わぬ顔で、自国語の言論を指導しようとする。そこで自国語にハイブリッドが内蔵される。日本語でものを考える日本人は、いつでもその効果につきまとわれてしまうのです。

あわせて読みたい

「戦争」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    収監された周庭さん 12人部屋に

    BLOGOS しらべる部

  2. 2

    安倍氏に弁護士「虚構だった?」

    郷原信郎

  3. 3

    コロナで始まった凄いデリバリー

    東龍

  4. 4

    注文待つ「Uber地蔵」街中で急増

    NEWSポストセブン

  5. 5

    安倍前首相の疑惑「詰んでいる」

    ABEMA TIMES

  6. 6

    バイキングで疑惑報道の社長怒り

    SmartFLASH

  7. 7

    本厚木が1位 住みたい街は本当か

    中川寛子

  8. 8

    GoToは75歳の年齢制限を設けよ

    永江一石

  9. 9

    桜問題で安倍前首相に再び窮地

    ヒロ

  10. 10

    集団免疫 日本が目指すのは無謀

    ニッセイ基礎研究所

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。