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「尊厳死法制化」は周囲の人間から”自殺を止める権利”を奪う―「尊厳死の法制化を認めない市民の会」呼びかけ人・川口有美子氏インタビュー

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「尊厳死の法制化を認めない市民の会」呼びかけ人・川口有美子氏(撮影:岩井美郷)
「尊厳死の法制化を認めない市民の会」呼びかけ人・川口有美子氏(撮影:岩井美郷) 写真一覧
現代社会の問題点を改めて提示する新感覚のインタビューシリーズ「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」。第9回目は、「尊厳死」をテーマに、NPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会の理事を勤める川口有美子さんにインタビューさせていただきました。川口さんは、著書『逝かない身体―ALS的日常を生きる』で、ALS(筋萎縮性側索硬化症)に罹患した母親との十年以上にわたる介護生活を描写し、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しています。

現在、一部で進みつつある「尊厳死法制化」の問題点を中心にお話いただきました。【取材・執筆:永田 正行(BLOGOS編集部)】

※本シリーズは、毎月SYNODOSに寄稿している論者のインタビュー記事を掲載し、その記事への疑問や異論・反論に対する回答記事を掲載するという方式を採用しています。記事へのご意見は、コメントフォームおよび議論ページにお寄せください。締め切りは9月18日(火)正午とさせていただきます。次回の記事掲載日は26日(水)を予定しております。

「死」に対する抵抗感が薄れつつある


―そもそも「尊厳死」とはどういったことを指すのでしょうか?「安楽死」とどう違うのか、など定義があれば教えてください。

川口有美子氏(以下、川口):はっきり定義はできませんが、尊厳と死をくっつけて、「尊厳死」とする言葉の生成自体を疑問に思っている人がいます。「尊厳死」という言葉自体が「許せない・有り得ない」という。死ぬまでは「尊厳生」であるべきだと

ですが、一般的には「尊厳死」という言葉は市民権を得ているというか、理想的な死に方をイメージさせる言葉になってきていますよね。「尊厳死したい」という人の気持ちもわかります。この場合の「尊厳死」というのは、最期まで大事にされて、満足して、亡くなるということですよね。家族や友人に看取られて人生に折り合いをつけて死ぬことを「尊厳死」というのだろうなと思います。

こうしてみると「尊厳死」という言葉の捉え方には、いろいろあるので、無理に定義しなくてもいいと思うんですよ。なので、まず「尊厳死」したいと思っている方たちに、この言葉に不快感を持っている人もいるよ、ということを知ってもらいたいのです。

優生保護法などの政策を積極的に打ち出した国会議員、太田典礼が設立した「日本安楽死協会」は、1983年に「日本尊厳死協会」と名称を変更したら会員が増え出しました。「安楽死」では、老人や障がい者などの弱者切り捨てのイメージが強く、社会的に認知されにくかったのです。典礼は73年に『安楽死のすすめ』という本の中で「無益な老人は社会的に大きな負担である」などと書いていたわけで、まあ、正直と言えばそうでした。

―「安楽死」から「尊厳死」への名称変更は非常に効果的だったわけですね。

川口:太田典礼は、70年代初頭から「死ぬ権利運動」をしていたわけで当時としては革新的な考え方の持ち主でした。ただ、これは「死ぬ権利運動」というより「安楽死させる運動」です。典礼は高齢者や障がい者といった”社会的にコストの掛かる人”は、「生きていても価値がない」ということを臆することなくズバッ言った人ですが、現在の日本尊厳死協会のサイトでは、今でも彼を創始者としてたてまつっています。ほとんどの一般会員はそのあたりのことはわからないで入会しているようですし、尊厳死が最大の医療費社会保障費の削減策と言われていることも知らないというか、そういう意図ではないと信じている方も少なくないようです。

―「安楽死」というと、「殺される」というイメージがありますが、「尊厳死」と聞くと、何となく「自分で選べる」という風に感じますね。

川口:患者の権利としての「自己決定」という考え方は、尊厳死協会が名称変更した同年1983年に日本病院会も患者の説明文として使い出しました。その前に、日本では『恍惚の人』という小説がベストセラーになり、今で言う認知症、いわゆる「ボケ老人」の存在が社会問題となりました。認知症の老人の家族介護の話ですが、「こんな状態でも生かしておいていいのか」「呆けてみっともない姿を晒して生き永らえるよりは、亡くなったほうが家族のためじゃないか」という考え方が広まって、そこから” 尊厳のない生”、転じて「尊厳死」という言葉が定着していったと言えます。

ただ「安楽死」としての「そういう人たちを死なせていい」という主張に対しては、今より用心深かったように思います。「安楽死」というと、ナチによる障がい者やユダヤ人の大量虐殺のイメージがあり、戦後の反省も記憶に新しかった。

しかし、最近また「安楽死」とそう変わりのない「尊厳死」が定着してきたなと。2005年6月にも日本尊厳死協会から「尊厳死の法制化に関する請願書」が両院に提出されました。あれから7年くらい経っているわけですが、私たちが「生保受給者や障がい者や高齢者が社会保障費削減のターゲットにされている」「社会的な圧力を受ける」と言った時の推進派の反応が違ってきています。「重度障がい者になってまで生きていたくないのは個人の選択の自由だ。障がい者を否定するつもりはない。」と開き直られてしまったり。でも、これこそが差別的発言ですが、言っている本人は気が付いていない。というか、政治家が恥じらいもなく堂々と差別発言をしているのを見ると、これはもう弱者切り捨てを社会が容認してしまったんじゃないかと思えてなりません。

―実際問題、「寝たきりになったらいっそ殺してくれと思うし、それだったらいいんじゃないの」という意見の人もいると思うのですが。

川口:それは、まあほとんどの人が、寝たきりになる前はそう思うだろうと思います。

―ただ、当然「実際になってみないと分からない」という部分もあります。川口さんは、十数年間にわたって母親の介護をされてきた経験がありますが、そうした状況に追い込まれた方、また介護する側は、どのような心理状況になるのでしょうか?

川口:私も自分の母が難病になるまでは、そうした状況をまったく想定していませんでした。母がALS(筋萎縮性側索硬化症)になるまで、身内に障がい者は1人もいなかったです。だから何の迷いもなく「母は尊厳死するべきだ」と思っていたんです。

ただ、母はすんなり死なないんですよ。母も病気になる前は「尊厳死したい」と言っていたくせに、きっぱり呼吸器治療を断らない。つまり、「もうすぐ死ぬ」という決意をしないんです。私の祖母は晩年は認知症だったので、母自身が介護で相当苦労していました。だから、「家族に迷惑掛けたくないから(尊厳死する)」と言っていたのに。いざとなると決断できなくなっていました。

このALSという病気は、患者が自分で生死の選択をするという点が、とても残酷なんです。それで母は、だんだん病状が悪くなってくると死ぬのが怖くなって、「呼吸器をつけない」と言わなくなってしまったんですよ。ということは、家族としては「未練があるな」と。呼吸器をつけたら10年も20年も生きるかもしれないと医者に言われて、母は「えー嫌だ」と言いながらも、私には「死にます」と絶対に言わなかった。

―ご著書を拝読させていただくと、お母さんも「死にたい」という意思表示を文字盤上でされる場合があるものの、一方行動で死を否定しているという実態もある。そうした際に、どこまでを本人の意志と捉えるのが難しいところだと思うのですが。

川口:患者が「生きたい」という素振りをし続けても、家族がそれをわざとキャッチしない・分かっているけど分かんないふりをする、ということもできる。そういう感情も、介護する家族にはあるんですよ。もし、なんらかのサインを受け取ってしまったら、応えてあげなきゃならないでしょ。「じゃあ呼吸器つけよう」と言わざるをえない。それを、尊厳死推進派の人たちは、「家族が強引に治療をしちゃった」ということがある。よくそういう言い方をする。「本人が死を決意しているのに、家族が治療してくださいというから、治療しないわけにいかない」というのですが、そういうことばかりではないと思います。家族は本人の意思を受け取ってしまったら、対応せざるを得ないんです。特に死に直面した患者の”助けてサイン”には避けがたいものがあります。それ、ほったらかしたら見殺しですよね。

介護は家族にしたら、どう考えたって負担ですよ。「いい人生だった。ありがとう」と感謝して「平穏に」死んでくれるのが理想です。だから「尊厳死」も「平穏死」も、家族のために提唱している言葉。病人は死が目前に迫っていたら、海で溺れているのと同じです。生存に絶大なる未練を見せて、生きる手段があるのなら何としてもしがみつく。望みがあるうちは試したいと思うのがふつうです。

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