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コロナ禍でも「世界投資集中」インド「デジタル市場」陣取り合戦 - 緒方麻也

インド経済のけん引役となるか(C)AFP=時事

「新型コロナウイルス感染拡大によるピンチをチャンスに変えていこう」――。

 3月末に全土封鎖(ロックダウン)に踏み切って以来、ナレンドラ・モディ首相が演説で繰り返してきたフレーズだ。

 昨年以来の経済減速も、今やすべて「新型コロナウイルスのせい」ということで言い訳が立つ。2020年度はマイナス成長が確実となっているが、まさにゼロからのスタート、あとはリカバーするだけだ。

 国内では危険度が高い地域でロックダウンを続ける一方、工場や商店などが相次ぎ再開し、航空便や鉄道の運行も徐々に正常化している。

 乗用車や二輪車のオンライン販売が軌道に乗り、成長株の電気通信部門には巨額の投資資金が集まっている。窮地に陥ったインド経済だが、新たな成長の芽は確実に育ちつつある。

巻き返しに転じる自動車産業

 4月の販売台数が軒並み「ゼロ」となる、かつてない苦境に追い込まれた自動車業界だが、相次いで「オンライン販売」を開始。ユーザーが販売店に来なくても車種やオプション、ローンなどの支払方法を選択できるようにした。

 韓国の「現代自動車」や地場の「タタ自動車」に続き、乗用車最大手の日系「マルチ・スズキ」や「ホンダ・カーズ」、ドイツの「フォルクスワーゲン」などが続々参入。マルチ・スズキの場合、5月上旬にロックダウンが部分解除されてから約10日間で5000台のオンライン注文が入ったという。

 二輪車最大手の「ヒーロー・モトコープ」も6月からネット販売システム「eSHOP」をスタートしたところ、見積もりから自宅への納車まですべてがオンラインで手配できることが好評だという。

 ヒーロー・モトコープの5月の生産台数は、ロックダウンの影響もあって前年同月の5分の1程度の11.2万台に落ち込んでいたが、6月には40万台に増やす計画。

 二輪車の需要が多い農村部は新型コロナの影響が比較的軽く、乾季作(ラビ)の豊作に加え雨季作(カリフ)の降水量も順調に推移しており、都市部に比べて一足早い景気回復が見込まれている。

 45日間の工場閉鎖で約1兆ルピー(約1兆4000億円)の損失を出したとされるインドの自動車産業だが、いよいよ巻き返しに転じる。

1兆ルピー超を調達した「ジオ」

 世界規模で注目を集めているのが、インドの有力財閥「リライアンス・グループ」(RIL)傘下の携帯電話サービス会社「リライアンス・ジオ・インフォコム」を運営する「ジオ・プラットフォームズ」(以下、ジオ)による巨額資金調達だ。

 4月下旬に米「フェイスブック」が約4357.4億ルピー(約6100億円)を投資して株式の9.99%を取得すると発表したのを皮切りに、米投資会社の「シルバーレイク」や「KKR」、「TPG」、アラブ首長国連邦(UAE)の「アブダビ投資庁(ADIA)」や同国の政府系投資会社「ムバーダラ開発」、サウジアラビアの政府系ファンド「PIF」など、10社が計11件、総額1兆1569億ルピー(約1兆6300億円)、株式の24.7%の出資を発表している。

 RILはジオを5年以内に上場する方針で、ジオは株式公開をにらみ、29%程度までは株式売却を進める計画といわれる。

 通話料無料キャンペーンや、バイクに乗った係員が自宅に駆けつけて加入手続きをしてくれるなどの攻めの営業が奏功し、ジオは2016年9月のサービス開始からわずか3年半で3億8000万件、シェア3割を超える加入者を獲得。「ボーダフォン・アイデア」を抜いてインド最大、世界でも第3位の巨大携帯電話プロバイダーに躍り出た。

 今回集めた資金は、5G(第5世代携帯電話)向け投資などに活用する計画だ。

 携帯電話サービスはもちろん、ネット通販や決済サービス、音楽ストリーミング、動画配信など多岐にわたるサービスを展開するジオは、インドで4億人のユーザーがいるチャットアプリ「ワッツアップ」と提携し、今年から中小・零細商店向け食料品デリバリーサービス「ジオ・マート」を開始した。5月末段階で国内200都市をカバーする。

 RILのムケシュ・アンバニ会長は、

「近い将来、3000万軒の小規模商店がユーザーとデジタル取引をできるようになる」

 と語っている。

 ジオは昨年8月に米マイクロソフトとの提携も発表し、クラウド・コンピューティング部門の強化も図る。

 他方、報道が先行しているが、かつての携帯電話サービス首位(現在は3位)の「バルティ・エアテル」が米「アマゾン」と、2位の「ボーダフォン・アイデア」が「グーグル」と、それぞれ出資をめぐって交渉中と言われる。

 2025年に2兆ドルに達するとされるインドのデジタル市場での陣取り合戦は、新型コロナをモノともせずに本格化している。

中国から出ていく企業を誘致

 インドの電気通信業界に期待が集まる理由は、他にもある。

 政権ナンバー4のニティン・ガドカリ陸運・幹線道路相は4月末、

「コロナの感染拡大で世界が中国に不信感を持っている。中国から出ていく企業をインドに呼び込むチャンスだ」

 と発言。

 インド政府は6月上旬、インド国内に携帯電話端末などの生産拠点を移すメーカーに対して、総額5000億ルピー(約7000億円)規模のインセンティブを与える方針を打ち出した。

 これを受け、「インド携帯電話・電子機器工業会(ICEA)」では、今後2年間で1000億~1500億ルピー(約1400億~2100億円)の投資が期待できる、と予想している。

 コロナ禍の影響が比較的小さい電気通信業界が、経済再建のけん引役となりそうだ。

唯一好調な農業部門

 また、GDPを引っ張る製造業が低迷し、サービス業も力強さを欠く中、これまで成長の足を引っ張ってきた農業部門が唯一、好調だ。

 農林水産業の2020年1~3月期の粗付加価値(GVA)は、前年比5.9%増を記録した。農業は4%成長すれば上出来と言えるので、これは大健闘だろう。

 2020年度も政府の農産物買い入れ価格が前年比5%程度(小麦の場合)引き上げられており、農家の所得増につながりそうだ。4~5月の肥料販売額は前年比75%の大幅増。収穫量を左右する雨季の降水量も、6月1日~22日までの累計で前年比25%増と幸先よく、カリフ作の作付面積は6月12日時点で同8.7%増の925万ヘクタールに到達した。

 農業セクターの活況を見るうえで有力な指標となるトラクターの販売統計は2019年度、インド経済全体の不調もあって前年度比マイナス10.1%の約70.9万台で、ロックダウンと重なった2020年4月はさすがに前年比80%減だったものの、5月は同4%増とプラスに転じた。

 これも農村景気が一足早く最悪期を脱したことを示している。

 このほか、アパレル業界では「抗ウイルス素材」の衣料品が登場した。

 紳士服などアパレルの製造・販売大手の「アルビンド」は、スイスの「HeiQマテリアルズ」などと技術提携し、抗ウイルス繊維素材「Viroblock」を使った衣料品を発売した。同業他社にも追随の動きがあり、「ウイルスに強い」商品が今後続々と登場しそうだ。

今も増え続けている感染者

 ただ、新型コロナはなお収束の兆しが見えない。

 6月に入っても感染者が毎日1万人を超えるペースで増え続け、同月24日の段階で45万人を超えた(約6割は回復)。これは米国、ブラジル、ロシアに次ぐ多さ。死者も1万4000人を超えるというまさにパンデミック(感染爆発)状態だ。

 南部タミルナドゥ州では6月17日、1日あたりの新規感染者がこの時点では過去最高の2174人確認され、19日から6月末までの再ロックダウンが決まった。情報技術(IT)都市バンガロールでも22日から一部地域に再ロックダウンが発令された。全く油断はできない。

 モディ首相が5月12日の演説で33分間に17回も「自立したインド」というフレーズを繰り返したことも、気になる点だ。

 これは輸出入や外国投資に依存せず、国内市場を盛り立てて経済再建を目指そうというメッセージなのだが、「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)」交渉からの離脱などを見るまでもなく、政府の姿勢はこのところやや内向きになっている。

 今後の政策が「保護主義」的色彩を強めるのではないか、との警戒感も出ている。

 インド・中国国境地帯での印中両国軍の「衝突」によってインド国内に反中感情が高まっていることも、こうした流れを加速させる可能性がある。

 新型コロナが招いたピンチから様々なチャンスが生まれる一方、ピンチそのものから脱却するには、独立後70年以上経ってもあまり変わっていないインド独特の「密集文化」からの脱却と公衆衛生意識の向上なくしては難しいだろう。

銀行や商店、バス乗り場にできる密着した行列を改善し、つば吐きや立小便、ごみのポイ捨てなどの悪習を改め、手洗いを励行すれば、国民の健康増進や医療費の抑制に大きく貢献するはずだ。

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