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武力行使は危機管理の失敗

戦争は計算された結果というよりも、政策の失敗によって起こることの方が多いものです。その失敗がすぐさま戦争へとエスカレートしないために、「危機」という平時でも戦時でもないグレーゾーンがあります。この「危機」の期間を利用して互いの誤解を解いたり、妥協点を探り合ったりすることで、多くの犠牲者を生む戦争を回避するのです。これが国際政治学において危機管理とよばれるものです※1。
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「危機が先行せず、突然戦争が発生するなんてことは今日では起こり得ない」※2と言われるように、奇襲の代名詞のような真珠湾攻撃でさえ、1941年夏からの外交的な「危機」期間が先行しています。この「危機」においてどれだけ外交的接触を図れるか、というのが危機管理には重要ですから、対話のチャンネルを最後の最後まで維持することが求められます。驚くべきことに、今般の竹島問題において、駐韓大使が韓国政府に連絡をしたものの連絡が付かなかいことがあったようです。玄葉外務大臣は、「韓国は都合の悪いことがあるとなかなか先方が電話に出ないとか、連絡が付かないということがある」という旨の発言をしておられますね(第180回参議院予算委員会 2012/8/24)。本当であればまったくもって言語道断です。ただでさえ李大統領のちっぽけな人気回復以外に目的を見出せない今回の騒動ですが、韓国側は事態を収拾するための外交努力さえ放棄するつもりなのでしょうか?落としどころも見えませんし、なんとも理解に苦しみますね。

日本政府の対応も、竹島の問題に関して言えばもう少し強いものであっても良かったかなと思います。今回は「危機」のレベルが低い水準でしたから、目くじら立てて「なってない!」と糾弾するほどのことではありませんでした。とはいえ、危機管理の基本は「威嚇と譲歩」のバランスです。外交上の品性の面で韓国に付き合う必要はありませんが、かといって「威嚇」の姿勢も見せず、その材料も用意しないまま「譲歩」したのでは、危機交渉において得るべき成果は生まれません。国際司法裁判所(ICJ)へ単独提訴するにしても、野田首相は帽子を床にたたきつけて「訴えてやる!」※3とこちらの強い意志を発信したり、その他のカードもちらつかせて今後韓国が同じことをする際の閾値を上げておくと言ったやり方はあったかと思います。最終的に「譲歩」するとしても、駆け引きが足りなかった感は否めません。まあ、これは民主党に限らず、自民党時代からそうでしたが…。

危機管理モデルを作ったアレクサンダー・ジョージの言葉を借りると、危機管理とは「強制的な説得」です※4。強制外交(coercive diplomacy)と呼ばれるものですね。強制外交では、軍事力を外交の心理的道具や政治的コミュニケーションの手段として用います。相手に物理的ダメージを与えることが目的ではありません。ですから、危機管理の観点からすれば、武力行使は「強制的な説得」の失敗の結果です。普段、政府や政治家を「危機管理能力が足りない!!」と非難しておきながら、現在のような「危機」レベルで相手から何かを引き出せる見込みもないまま武力行使を訴える人は、安全保障上の危機管理能力がないということになります。

もちろん、ただ武力衝突(戦争)を回避できたとしても、相手の攻勢を止められなかったり、原状回復ができなかったりすれば、それもまた危機管理の失敗です。危機管理を行う上で難しいのが、戦争の回避と原状回復のジレンマの克服ですが、どちらを優先させるかはその時の状況やアクターによってさまざまです。

ジョージは、戦争を回避する条件として次の6つを挙げています。すなわち、強制する側の政策が;
  1. 相手に最後通牒と受け取られ、相手を挑発していないか、
  2. 強制政策と戦争回避の政策の間に衝突が起きていないか、
  3. 相手は強制側の決意を理解しているか、
  4. 相手が強制側の決意を理解するまで交渉を遅らせられるか、
  5. 相手が要求を受け入れやすくするための「ニンジン」は与えられているか、
  6. 相手が反撃の決意を固める前に「ニンジン」と「ムチ」をタイミングよく適用されたか、です※5。

「危機」において怖いのが、誤解や誤算、誤認といった双方のコントロールを失わせる要素です。上記の6条件をおさえながら、かつこうした不測の要素にも備えなければならない危機管理は、非常に困難な政策で、できるかぎり「危機」レベルの低いところでの事態収拾が求められます。今回の竹島にまつわる韓国側の言動はいろいろと癇に障りますし、そこまで挑発するならちょいと揉んでやろうか、と心の底で思わなくもありません。ただ、エスカレーションを望むのは想像力の欠如した暴勇に過ぎません。「危機」のレベルが上がり、「戦時」に近づけば近づくほど、制御不能な要素が増え、もはや「危機」をコントロールし切ることなど覚束なくなるものです。その状況を好んで生み出すなんて戦争を甘く見過ぎではないでしょうか。

尖閣諸島問題における中国には、この危機管理のルールを垣間見ることができますが、韓国は危なっかしいですね。4,800万もの人口を抱えた国がろくに統制も取れてないまま迷走しているようで、こちらも適切な手を打ちようがありません。おそらく、日本はどれだけ挑発してもびびって何にもできんだろう、と舐めてかかっているんでしょうけど、うちはほんの数十年前にあのアメリカに殴り掛かった国ですから、韓国は日本をあんまり信じ過ぎない方が良いと思うんですけどね。


注※1 危機管理論はアレクサンダー・ジョージが有名です。
注※2 ヴィルヘルム・グレーヴェ、五十嵐 智友 (翻訳)、蔵原 惟尭 (翻訳)、『国際関係の理論―世界政治の力学と技術』、254ページ。
注※3 かの上島竜兵師匠の必殺技です。
注※4 Alexander George, Forceful Persuasion : Coercive Diplomacy as an Alternative to War, 1991.
注※5 Alexander George and William Simons, eds., The Limits of Coercive Diplomacy, 1994.

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