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特集
新家族論
新型コロナウイルスの影響で自宅での時間が増えるなか、もっとも長く時間を共にしたのは家族だったという人も多いのではないでしょうか。一方、この期間は離れて暮らす家族に会いに行くこともままならず、安否が気になる時期でもありました。一斉休校、外出自粛によって、家族との関係性を否応なく意識させられたあと、私たちの家族観はどのように変わっていくのか。様々な側面から今後の「家族」を考える特集が始まります。

幼少期に出ていった父が数十年後にくれた「ごめんなさい」の一言 LiLiCoが本当の親子になった日

  • 2020年06月26日 08:52
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「男女平等」の先進国、スウェーデンで生まれ、18歳の時に日本へやってきたタレントのLiLiCoさん。スウェーデン人の父と日本人の母を持つ彼女は、幼少期に両親が別居し、その後離婚したという経験を持っています。LiLiCoさん自身も最初の結婚後、離婚を経験し、2017年にスーパー銭湯アイドル「純烈」の小田井涼平さんと2度目の結婚。スウェーデンと日本の家族観の違いや、ご両親の離婚を当時どのように感じていたのか、話しを聞きました。【田野幸伸】

——LiLiCoさんはスウェーデンのご出身ですが、日本とスウェーデンで家族に対する価値観の違いを感じたことはありますか?

一番大きな違いは、スウェーデン人には日本人みたいに「結婚、結婚!30歳で独身だったらもう売れ残りです!」という感覚はないところでしょうか。そもそもスウェーデン人ってあまり結婚する人たちではなかったんです。スウェーデンには様々な夫婦の形があって、形式的な結婚をしなくても、「サンボ」という一緒に住んでいれば夫婦と認められる制度があるくらいです。

それと、日本だと、「結婚を取りますか、仕事を取りますか」という質問がよくありますが、これはナンセンスだと思います。結婚と仕事の両立はできます。誰だって両立できるけど、日本人は変な先入観がある。どちらかを取らなきゃいけないわけじゃない。

もっと柔軟性を持てば日本人の幸福度は世界62位じゃなくてもっと上になるはず。それなのに、隣にいる人の幸せばかりを見て自分と比べて不幸になっているような気がします。

父が家を出ていってすっきりした

——LiLiCoさんが生まれ育った家庭はどのようなものでしたか

9歳の時に弟が生まれるまでは一人っ子だったので、スウェーデンの中ではお金持ちでもなければ貧乏でもないという平均的な家庭でした。父と母がいて私、みたいな感じ。ただ、スウェーデンでは「見えない障がい」と言うんですけど、生まれた弟に喘息やアレルギーがあって、夫婦仲がすごく悪くなってしまった。それで父が家を出ていきました。

——お父さんが出ていったことを、その時どう感じていましたか

その頃は父と母がいつもケンカしていて、それを見たくなかったので、父が出ていって正直すごくすっきりしました。「やっと家庭が平和になった」という感じですよね。ただ、私が弟の面倒を見なきゃいけないというプレッシャーはありました。スウェーデンの9歳と日本の9歳は全く違うんです。9歳だったら1人の子どもの面倒くらいは見られるのが当たり前で、学校帰りに幼稚園へ迎えに行ってご飯を温めて食べさせていました。

そういう心配はあったんですけど、父が出ていったことによって人生が崩れたみたいなことは全くありませんでした。むしろ母が平和に暮らしてくれるなら、そっちの方がいいと思って。

——離婚自体はごく自然に受け入れられたんですね

同級生の中には、お父さんとお母さんが揃っていなくて、もっと言えば夫婦でもない家庭がたくさんありました。別居も普通で、この週末はお母さんと一緒にいる、この週末はお父さんといる、みたいに家を2つ持っていたのが羨ましかったくらいです。だって自分の家が2つあるんですよ? 子どもの頃はずっとそう思っていましたね。

——その後、来日されて苦労もあったとお聞きしています

18歳の時に日本に来て、葛飾区の立石で母方の祖母と暮らし始めました。そのあと歌手になるために浜松へ行って、ホームレス生活をするほどどん底に落ちました(笑)。25,6歳の頃だったかな、祖母に「若いうちに子どもを産んだ方がいいよ」と言われて。

「もしあれだったら、おばあちゃんが好きな男の子に言うから、スポイトで種をもらって赤ちゃんを産んだ方がいい」と言われて、その時は笑いましたけど(笑)。

私はスポイトでもらうより愛し合って一緒にいられる男性との間の子どもが欲しいなと思っていたので「おばあちゃん、それはいいよ」と言いました。ただ祖母にも「この子は売れ残り」とは一度も言われたことがなかったです。

30歳で最初の結婚、でも…

——ご自身で家庭を持ったのはいつ頃ですか

30歳になった時に最初の結婚をしました。その時、祖母はすでに高齢だったのですごく喜んでくれましたね。結婚って形は様々なんですけど、ラッキーなことに夜の飲食をやっている人だったので、夕飯を作らなくて良かったんです。夜は自分の時間があったので映画を見たりとか。自分のことは自分でできていたというのが正直な感想ですよね。

結婚した翌年ぐらいから私がバーっとテレビに出るようになったこともあるのですが、どこか迷いがあって、この人との子どもはいらないと思っていたんです。これは結婚生活が持たないなと思って、離婚する時もなんともなくて。

——離婚されたことで心境の変化はありましたか

いえ、離婚したからって、結婚という形が嫌いになったわけではないんですよ。相手と合わなかっただけであって。

良い結婚も見たことがあります。うちの事務所の社長が女性なんですけど、彼女の結婚を見て、かわいい子どもが3人いて楽しそうだなって。娘さんたちもお母さんの背中を見て働いていて、見ていて羨ましいなと思うんですよ。微笑ましくて、家族っていいなと思いました。

——46歳の時に、今のご主人と結婚されています

小田井涼平に出会って、燃え上がる恋愛というよりは、安心感を覚えたんですね。子どもが欲しくて妊活はしてますけど、非常に難しいというのはもちろん分かってますが、やっぱり奇跡だってあるわけで。60代で子どもを産んでいるケースもありますから。でも、たとえ子どもができなくても私たちは私たちで一緒にいたいという信頼、愛情はお互いにあるんですよね。

葬儀で初めて知った母の意外な一面

——人生を通じて、家族観が変わったなという出来事はありますか

8年前に母が亡くなったんですが、その時に母が遺言で密葬を希望していて、私と父と弟と、弟の家族と母の親友だけでお葬式をあげました。日本人はお葬式のあとお清めで飲んだり食べたりするじゃないですか。同じように、スウェーデンにもクッキーとかケーキとかを食べて思い出話をする風習があるんです。教会の中のカフェでしゃべっていた時、父が母との馴れ初めを話し始めて。それがすごく楽しかったんです。

酔っ払ってテーブルの上で踊ってたこともあったっていうし、私はそんな母を一度も見たことがないんですよ。「えっ、お父さんにとってお母さんってそういう人だったの」って驚いて。だから、お互いに言っていることが全部違って来ていたのかと。

母の中では、スウェーデンまで行って人に裏切られたみたいな気持ちがあって、脚色されて話しが悪くなっていったと思うんですよね。でも母が亡くなって父が素直に思い出を話した時、すごく面白かったので、うちのお父さんとお母さんってこういう人たちだったんだと。めちゃくちゃ陽気な感じで恋に落ちて、私ができたんだなって思ったんですよね。

——お葬式で、ご両親についての印象が大きく変わったんですね

お葬式の翌日、父の今の彼女に会ったんですが、超楽しかったんですよ。「あれ?家族ってめちゃくちゃいいじゃん」って。みんなが揃って、家族と一緒にいるのって幸せな時間だと知りました。毎回食事がケンカで終わるのがイヤだったんですよ。

それはそうですよね。だって父と母は仲良くないから離婚したのに、私が無理矢理「スウェーデンに帰ってきたんだから会おうよ」と言って顔を合わせていたんですから。

それから1〜2年後、スウェーデンにお笑い芸人のヒロシさんとロケで帰ったんです。そしたら、日本のマスコミって意地悪な質問しかしないんですよ。「40代で独身の女性をあなたはどう思いますか?」と私の新しい母に聞いたんです。そうしたら「何言ってんの? 娘だよ」と。

今まで本当の母は私のことを「娘」だと言ってくれなかったのですが、まだ会って2年ぐらいの人が「私の娘だよ」と当たり前のように言ってくれたことにとてもとても感動して。私はあの時、自分の父、そして新しい母を見て、この2人めちゃくちゃカッコいいなと思って。

——すでに娘として受け入れてくれていたんですね

それもあって、新しい母と私たちの家族がとてもいい家族になったんですよ。彼女には前の旦那さんとの娘がいるんですけど、私は前の旦那さんとも友達なんですよ。一緒にみんなで飲むんです。父と前の旦那さんも仲良しで。日本人はそれにびっくりするんですけど。

私、今の母がとっても好きなんです。傍から見たら「あなたのお母さんじゃないですよね」と思うかもしれないけど、スウェーデンではボーナスママと言います。ボーナスでもらったお母さん。父がもう1回パートナーを見つけたからできたママ。ボーナスの妹もいるし、その彼氏もいます。自分の家族の見え方はそういう感じなんですよね。

——LiLiCoさんにとっては、どの時点で加わったかは関係なく、みんながずっと家族なんですね

家族の「縁」って切れないんですよ。血や気持ちのどこかで繋がっていて。「お母さんと仲悪かったみたいだけど縁を切ったの?」ってよく聞かれたけど、私を産んだ母だから縁は切れないよって。父が明日死んだとしても、私は新しい母との縁は切れないと思います。

これだけ私の父を愛してくれて、男として好きでいてくれて。人間として好きでいてくれて。私もそこまで父と毎日いるわけではないので、母の方が私の知らない父をいっぱい知っているんじゃないかと思います。

最初の頃は父が出ていってくれてホッとしました。でもだんだん、「会いたいな」という気持ちになるんですよね。母にとって父はイヤな人だったかもしれないけど、父はどういう人間だったのか気になるようになったんです。

40数年分の気持ちが入った「ごめんなさい」

——一度出ていったお父さんにわだかまりはなかったですか?

ありますよ、それは。どこかに小さくあるんです。わだかまりというか、心の引っ掛かりが。目の奥を見て大丈夫なのかとか。

ただ、父と新しい母と妹の彼氏たちが5年ぐらい前に来日したんですよ。その時、私の家に集まって焼肉をやっていて、父がトイレに行こうとした時、ちょうど私がキッチンにいたんですね。父はそこで、私に一言「ごめんなさい」と言ってくれたんです。

その一言でこれまでのわだかまりがすべて消えました。あの「ごめんなさい」の一言の中に40数年分の気持ちが入っていたのを感じて。あの一言から親子の関係になりました。父は「ごめんなさい」の一言を言う前にいっぱい考えたと思うんです。ごめんなさいとか本当のありがとうは結構難しいんですよね。すごく酔っ払っていましたけど、あの一言はしっかり覚えてます。

そのあとトイレから父が戻ってきたら空気が違いました。家族だった。だからその勇気を持ってくれた父に感謝しています。私がスウェーデンから逃げたというか、自分の夢を叶えたくて日本に来ちゃったから。

大人になって振り返ってみると、最初の子どもが海外に行っちゃうって親としてはやっぱり悲しかったと思います。

父も母も子育ての初心者だったわけですよね。経験もないのに9年間ああだこうだってやって、そこからまた病気の子どもが生まれて、思春期になった私が日本に行っちゃうみたいな。そう考えると、家族って面白いなと思いますね。家族を作り直すことに遅いということはないなと思いました。

新型コロナの外出自粛で深まった夫婦の絆

——2019年11月の『婦人公論』で「結婚してから夫婦で丸1日一緒にいられたことがない」と話していましたが、新型コロナの外出自粛でお2人とも家にいらっしゃると思います。こんなに一緒なのは初めてですか

外出自粛になって、最初にどちらかなんだろうなと思いました。大好きになるか、超ウザイと思って別れるか(笑)

ラッキーなことに主人はとってもステキな人でどんどん好きになるというか。丸1日一緒にいた最初の日なんですが、朝ごはんはいつも一緒に食べるんですけど、お昼も一緒に食べて、夜は何食べる?とかって話をしていて、今日は1日一緒にいるぞって張り切っていたのに、その夜主人がすごく酔っ払ってソファで寝ちゃって。

こっち的にはやっと一緒にいられるのに「なに酔っ払って寝てんだ!」とか思ったんですけど、あとで聞いたら「1日一緒にいたことないから、夜になって緊張してきて酒飲んで酔っ払っちゃった」って(笑)どんなかわいい性格なんだって(笑)

——ご主人の小田井さんはどう思っていたんでしょうか

ソファで酔っ払ってた日ですよね。彼がどう思っていたのか分からないですよね、ちょっと待ってくださいね……。

小田井:もしもし、お電話代わりました。小田井涼平です。

——えっ!?(驚き)と、突然すみません。コロナの影響でお2人が初めて丸1日一緒にいられた日はどういうお気持ちでしたか?

小田井:どういう気持ち(笑)朝と夜しか家にいない日の方が多かったので、1日一緒に過ごすこと自体は普通だったんですけども、晩ごはんを食べる時、あまりにも2人で一緒にいなかったために何をしゃべっていいのか分からなくなりまして(笑)

2人きりの空間に緊張してしまって、あまり強くないのに緊張を紛らわすために飲んでしまって。無口な状態で飲んだのでお酒が回ってしまい、急に眠気に襲われて「ごめんね、具合が悪くなったからソファで休ませてもらうわ」って休んでいたんです。

10~20分横になっていれば楽になるなと思っていたら、1時間半くらい寝ていたみたいで、目が覚めたらLiLiCoがテーブルのところでスマホをいじりながらこちらを睨んでいましたね(笑)

——お互い分かり合ういいきっかけになったんですね

小田井:そうですね。

——ありがとうございました

小田井:ちょっと待ってくださいね(笑)

(LiLiCoさん戻る)はいすみません。

——最後に、世界中が新型コロナウイルスの脅威に晒されているなかで、感じていることはありますか。

この仕事ってやっぱり楽しかったなとか、映画ってこんなに元気もらえるんだとか、当たり前だと思っていた日常の再確認みたいなところがあるんじゃないかなって。

宮本亞門さんの「上を向いてプロジェクト」という、医療従事者や生活を支えるために働く人々、不安を抱える人たちを応援するための企画に参加させていただいているんですけど、歌の力ってすごいなって今回改めて思いました。

アメリカで「We Are The World」を歌っているテレワークの動画があって(https://www.youtube.com/watch?v=0MWNW_a35oY)、あの人たちが誰だか分からないけど、歌がうますぎて、あんな人たちの前で自分が歌を歌えるなんてとても言えない。もう1回基礎からやらないとダメだなと痛感して。 この「We Are The World」を聴いただけで涙が出たから、やっぱり歌の力ってすごい。

今回のコロナウイルスは「あなたは何のために日本に来たんだ、歌手になるためじゃなかったのか」っていうメッセージだなという風に捉えるようにしています。コロナが収束して世の中がハッピーになったら、また歌の仕事に携わりたいなと思うようになりました。

プロフィール
1970年スウェーデン・ストックホルム生まれ。18歳で来日、1989年から芸能活動スタート。 TBS「王様のブランチ」に映画コメンテーターとして出演、フジテレビ「ノンストップ!」、J-WAVE「ALL GOOD FRIDAY」など出演番組も多数。アニメの声優やナレーション、女優などマルチに活躍する映画コメンテーター。2011年ネイルクイーン協会功労賞受賞、2013年ベストジーニスト協議会選出部門受賞などファッションにも意欲的に取り組み、バッグやジュエリーのデザイン、プロデュースも手掛ける。

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