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社会の免疫

 「社会が免疫を付けて受け入れてしまう方が早いような気がしないでもありません」と、私は3月8日にブログに書きました。言うまでもなく新型コロナウィルスの感染拡大を指してのことで、感染者0に到達することは至難であり、そうなる前に「社会」が免疫を付けてしまうことを予測したものです。

 感染拡大が始まった当時には分からなかったことも多く、各国政府の対策や諸々の「専門化」の予測が外れることは珍しくありませんでした。私にしても、重傷化リスクや飛沫感染の範囲などについては認識を改めるばかりなのですが――海の向こうでは自説の正当化に固執して対応を誤り続ける大統領がいるのはどうしたものでしょう。

 東京ではジワジワと感染者の増加が続いています。にも関わらず、東京アラートは解除され、県境をまたぐ移動も解禁となりました。南米やインドなどの状況を見る限り、インフルエンザとは違って高温多湿の気候が大きく感染リスクを下げる可能性は低いと考えられますが、警戒態勢は着々と緩んでいます。

 よく言われる「集団免疫」と、私が思い描いた「社会が免疫を付ける」事態は、全く別の意味です。その社会の構成員の身体が免疫を持つのではなく、気持ちの面で免疫が付いてしまうこと、つまり感染者の増加を平然と受け入れるようになってしまうことを想定して、「社会が免疫を付ける」可能性を予想しました。

 新しいものには、社会も敏感に反応します。季節性インフルエンザで死んだ1,000人より、未知なる感染症で死んだ10人の方が、世間の注目は集まるものです。新型コロナウィルスも当然、最初は後者の扱いでした。ところが月日が経過するにつれ当初の警戒感は薄れ、感染者の拡大にも平然としていられるようになる、それが目下で進行中の事態ではないでしょうか。

 実際のところ、健康リスクが季節性インフルエンザと同程度に止まるのであれば、過剰に恐れる必要はないのかも知れません。ただ、季節性インフルエンザよりも重症化リスクは高い、暖かくなっても感染リスクは減らないことが判明していく中では、この「社会が免疫を付ける」状態は今後の大きなリスクに繋がっていく可能性があります。

 夜の街に繰り出す人々は、先行して「社会的(精神的)免疫」を身につけた人々であると言えます。こうした人にとって新型コロナウィルスは季節性インフルエンザと同じようなもの、恐怖を感じることのない代物となっているのでしょう。ただ、社会的免疫はあくまで気持ちの問題であって、ウィルス感染には無力です。そして夜の街のお客さんも昼間は普通の勤め人、満員電車に乗って出勤したり、時には全国各地に出張したりしているわけです。

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