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憲法や公共性に反してまで守らなければならない"必要悪"などありません - 「賢人論。」第115回(中編)水無田気流

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集団の中に入ると、なぜか人は自分の意志で個性をなくそうと振る舞う。そのことに対する“違和感”を言葉にして他者に伝えたいという強い思いが、水無田氏を社会学の研究へと駆り立てたのだという。今、世界はコロナ禍をきっかけに、これまで人々が違和感を覚えながら見て見ぬふりをしてきた不都合な事実に直面している。「当たり前の中には間違いもある。それを正そうという異議申し立てに耳を傾けるのが私たちの務め」と語る水無田氏。過去の事例をもとに社会学の果たす役割について伺った。

取材・文/木村光一

社会の“当たり前”に潜んでいる問題に目を向ける

みんなの介護 そもそも「社会学」とは、どのような学問なのでしょうか。失礼ながら、今一つ漠然として捉えきれないのですが。

水無田 社会学は、端的に言うと「人と人が共にあることを考える学問」です。私たちは朝から晩まで、さまざまな行動を取っています。欠伸をしたり伸びをしたりくしゃみをしたりといったものは生理的な反応ですが、今、こうして私が取材で話している行為は、役割や職業として「社会的意味」を成している。人間の行動の中から社会的意味を成す行為を抽出し、科学的に検証するのが社会学になります。

みんなの介護 ご著書(『社会を究める』若新雄純・小川仁志/共著)では、幼い頃から集団行動が苦手で、園児が同じ制服を着て帰りのバスを整列して待っていることに恐怖を感じて卒倒した、と書かれています。その感覚をほかの人にうまく伝えられないもどかしさから読書の虫になり、やがて社会学と出会ったそうですね。

水無田 社会学というフィルターを通して考えると、集団における行動は日常的な慣れや習慣によって成り立っていることがわかります。たとえば、私が大学の授業で次のように学生に質問したとします。

「君たちは私が教室に入ってきたとき、全員が机を前にテキストを広げて座って待っていてくれていますが、それはどうしてなの?」

すると、ほとんどの学生はぽかんとして答えられません。なぜなら、それが当たり前であると、“教室ではこう振る舞うべきなのだ”と、子どもの頃から何年もかけて訓練されて習慣化していることで、考えなくなっているからです。

静かに授業を聞いてくれるのは、もちろん教える側としては大歓迎。ただ、皆が当たり前だと思っていることには、実は根深い問題をはらんでいる場合もあります。

みんなの介護 根深い問題とは具体的にどういったものでしょうか。

水無田 数年前、某医大が入試の際、女子の点数を減点していた、という事件がありました。

その背景として大学病院における劣悪な労働環境が挙げられます。勤務医は「当直」という勤務シフトがあり、週40時間の労働時間の制限を受けません。そのため、宿直勤務の翌日にも日勤となるなど、ハードワークが常態化しています。つまり、「いずれ結婚して、家庭責任を取らなければならない女性には勤まらないから」という考えから、あらかじめ男子を多く入学させるために、致し方なく点数を操作していた、というのが医大側の言い分でした。

それだけでも開いた口が塞がらないのですが、ネット上でも「仕様がない」「これは必要悪」との意見が見られました。さらに、医師の人材紹介会社の調査では、この減点を「理解できる」「ある程度理解できる」と回答した医師が65%に上る結果となるなど、問題の根深さについて、改めて考えさられました。

合理的に考えればおかしなことが覆せなくなる「制度的惰性」

水無田 この医大が行った行為(点数操作)は女性差別であることは言うまでもなく、「法の下の平等」を規定した憲法14条にも違反しています。さらに、これまで医学の権威や医師の職業威信は、基本的に生得的地位(性別や身分などによる地位)ではなく業績原理(努力の結果に得た知識や能力)をもって社会的地位が配分される、という近代社会の原則によって認められてきました。今回の事件はそれにも反しています。

みんなの介護 国家や社会を裏切る行為になるということですね。

水無田 はい。なにより、今は高齢化が進んでいますから、医療現場に優れた人材が集まってくれないと多くの国民が困ります。

社会的に重要な領域で最適な資質を持つ人ではなく、つまるところ“使い勝手のいい人”が優先して選ばれて医療現場で従事する状況が続けば、やがては医療分野の水準がおとしめられる可能性も否定できません。

結局のところ、日本国憲法、近代社会理念、公共性に反してまで守られてきたのは「国民の利益」ではなく、医療のブラックな職場環境にほかならなかったんです。

多くの人たちが慣習やその場の「座の論理」にのまれてしまうと、意外に気がつかなくなっている事実があります。合理的に考えればおかしいことが慣習になって覆せなくなる問題を社会学では「制度的惰性」と言います。

社会学には、そのような理不尽や非合理性に対し、「それはおかしいんじゃないか」と指差す機能があるんです。

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