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特集
新家族論
新型コロナウイルスの影響で自宅での時間が増えるなか、もっとも長く時間を共にしたのは家族だったという人も多いのではないでしょうか。一方、この期間は離れて暮らす家族に会いに行くこともままならず、安否が気になる時期でもありました。一斉休校、外出自粛によって、家族との関係性を否応なく意識させられたあと、私たちの家族観はどのように変わっていくのか。様々な側面から今後の「家族」を考える特集が始まります。

食卓を囲む家族団らんという作られた理想像 コロナで会話禁止の時代に逆戻り - 表真美(京都女子大学教授)

  • 2020年06月17日 11:39
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「家族」という言葉からどのようなイメージが思い浮かぶだろう。食卓を囲む一家の姿を想像する人は少なくないのではないか。『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』に描かれたような、家族が食卓を囲んで談笑する姿は、幸せな家族の象徴である。

食卓を囲む家族団らんが「伝統文化」だという誤解

図1文部科学省「一緒に食事をするってとても大切。」『家庭教育手帳〈ドキドキ子育て〉』p.44

図1の挿絵が挟まれる、文部科学省が作成した子育て本では、家族で食卓を囲んでコミュニケーションすることの重要性が説かれている。近年のいじめ、不登校、引きこもり、少年犯罪など青少年の問題は、家族の問題と結びつけて論じられている。中央教育審議会では、たびたび「家族一緒の食事」の大切さが語られた。幸せの象徴である家族の食卓は、子どもをめぐるさまざまな問題を解決する手段としても期待されてきた。

食卓を囲む家族の情景は、郷愁を抱かせ、従来日本に存在した伝統文化だと思われている。しかし、「昔は食事中にしゃべってはいけないと躾(しつけ)された」と聞いたことはないだろうか。国立民族学博物館が実施した全国の高齢者を対象とした聞き取り調査によって、家族揃っての食事は、銘々膳や箱膳にかわってチャブ台が庶民の家庭に普及する大正から昭和初期以降に始まり、会話を伴う楽しい食事が実現するのは、チャブ台がテーブルに移行する第2次世界大戦後であることが明らかになった。

地域差や階層差があったものの、貧しい農山村、忙しい商家では、食べながらの家族団らんは日常のものではなかった。家族全員が一堂に食事に揃う空間的・時間的余裕はなく、仕事の合間に時間のあるものから簡単に食事を済ませ、食事の内容も多量に作り置いて数日間食べ続ける煮物と漬物といった質素なものだった。家長である父親と長男が先に座敷で食べ、「女子供」はその後に土間で食べる家も少なくなかったし、前述のように、家族が揃っても食事中は会話を禁止する躾が行われていた。少なくとも一般庶民は皆、生きていくのに精一杯で、食事を楽しむような余裕がなかった。

戦前から学校で“教育”され始めた家族団らん

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それではどのように、食卓での家族団らんは私たちの家庭に意識されるようになったのだろう。明治中期、キリスト教的平等主義を基盤とした家庭論の中で生まれた「食卓での家族団らん」思想は、その後の学校教育において、それぞれの時代背景を反映した形で推奨された。第2次世界大戦前の女子向けの教科だった家庭科の前身である「家事科」では、家族団らんのための食事室の大切さが熱心に伝えられた。多くの教科書に、「茶の間は一家団欒して楽しく食事し談話する室なれば、通気・採光共に充分にして庭前に向ひ晴れやかなる所たるべし。」といった記述が見られる。食事室の壁に偉人の写真などを貼って食事中に話題にし、子どもの教育に役立てよ、というような教科書もあった。

世界恐慌や米騒動にみまわれた大正期には、家事の合理化や家庭の規律と結びつき、戦時中は感謝の気持ちや家族の精神的紐帯のための食卓での家族団らんが強調された。図2は当時の小学校1年生用の修身教科書である。家族の食卓は特に戦時中に大きく取り上げられた。学校で食卓での家族団らんの大切さを学んだ子どもたちが、第2次世界大戦後、豊かになった家庭の中でそれを実現させたのである。1975(昭和50)年の国民栄養調査では、夕食は「家族一緒に食べる」との回答が夫婦のみ世帯・親子世帯・3世代世帯に関係なく9割以上だった。毎日の食は、家族の変化を反映するものであるとともに、家族のあり方をも規定する。食卓での家族団らんは、国家が家族政策のために作りあげ、国民にうえつけたイデオロギーだった、とも言えるのである。

図2 文部省尋常小学校修身書『ヨイコドモ上』pp.34-35(1941)

とは言え、食事は一日3食、毎日行われる人間の根源的営みである。栄養を摂取して健康を保つ保健機能、おいしいものを食べて満足する心理的機能、会食などコミュニケーションの媒介となる社会的機能、子どもの教育の場となる教育的機能、食文化を創造、継承する文化的機能など、多面的な機能をもっている。ゆえに、食卓での家族団らんは、我々にさまざまな好影響を及ぼすのも事実である。

京都府内の小・中学生300名を対象に行った質問紙調査では、夕食が「とても楽しい」と回答した子どもの自尊感情、登校忌避感、心身の健康に良好な傾向が見られた。「食事中の雰囲気の良さ」の効果に関しては、この調査に限らず、複数の同様の報告がある。それでは夕食を「とても楽しい」と感じるのはどのような子どもたちだろうか。夕食の楽しさに影響を及ぼしていたのは、早起きと家族一緒に食事を食べることだった。また、外食やカップ麺、電子レンジで温めるだけの食品や総菜よりも、「家で作ったおやつ」や「おうちの人と一緒に料理」して食べる子どもの方が、夕食を楽しいと答える割合が高くなった。さらに、学年が低いほど楽しいと感じる傾向があった。忙しい現代人にとって、夕食は家族が集まる好機である。学年が上がるとついつい勉強の話などをしてしまいがちだが、楽しい話題を心がけることが大切だろう。(拙稿:家族の食事と子どもの自尊感情・登校忌避感・心身の健康、京都女子大学発達教育学部紀要5、81-90、2008)

食卓での家族団らんは日本だけの関心事ではない。アメリカにおける研究では、特に思春期の子どもに対する家族一緒の食事(Family Meals)の重要性が指摘されている。家族一緒の食事が摂食障害やダイエット、サプリメント、薬物依存など、思春期に多い問題を防ぐことが報告されているためである。栄養的にも良い影響を及ぼすとの報告も少なくない。また、英国では、「テーブルのない家庭」が話題になったり、フィンランドやシンガポールの教科書にも、家族一緒に食事をすることの重要性が語られている。

家族の食卓離れ 共働きが原因という勘違い

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再び日本の歴史に話を戻そう。第2次世界大戦後、一般家庭に食卓での家族団らんが普及した背景には、家族全員が一堂に会することができる空間的・時間的余裕ができたことと、サラリーマンの妻である専業主婦が家族の食事をととのえ、食卓での家族団らんの「お膳立て」をしたことが大きいと考えられる。1950年代から1970年代半ばまで続いた高度経済成長期は、男性は外で仕事、女性は家庭で家事・育児という性別役割分業が最も明確に根付いた時期だった。食生活も豊かになり、食事作りは専業主婦の仕事となって、「主婦専業の母親の手作り食」の大切さが、国民に広がった。

その後共働きが増加し、1980年代初頭に子どもの「孤食」が話題になると、家庭の外で働く母親の責任が問われた。ところが、よく調べてみると、共働き家庭の方が、家族一緒の夕食が多いことが分かっている。共働き家庭は、夕食の時間が遅いので、父親を待たずに子どもと母親だけで食べるケースが少ないためである。朝食も、無職の母親は夫や子どもを送り出してから食べる人が多かった。

現在は、家族の生活を支えるために働かざるを得ない母親が増加している。しかし、外食産業が発展し、コンビニエンスストアやデパ地下で多くの総菜が売られるようになっても、「家庭の味」は女性が作り出す、「母親が愛情をかけた料理を手作り」して子どもを育てなければならない、という社会的風潮には変わりがない。これまでのように母親が孤軍奮闘しなければならないのであれば、子どもを育てる豊かな家族の食を維持していくことは困難だろう。

フランスの社会学者デボラ=ラプトンは、『食べることの社会学』(新曜社)の中で、「女性が多くの家事に加えて食事の準備もしなければならなかった結果、社会参加が阻まれてきた」と述べている。日本の母親の就業率が欧米と比較すると未だ低いことは、母として毎日の家族の食をととのえなければならない、という母親自身の強い気持ちが一端を担っており、それが日本女性の地位の低さにつながっていると言っても過言ではない。

新しい生活様式 会話禁止の食卓に戻る社会

Getty Images

ところで5月25日に緊急事態宣言は解除されたが、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言で、2か月近く外出自粛生活が続いた。これまで、出来上がったものを買ってきて食べる「中食(なかしょく)」に押されて減少の一途をたどってきた、自宅で調理して食べる「内食(ないしょく、うちしょく)」が再興している。ホットケーキミックス、ベーキングパウダーや強力粉が品薄になるなど、家庭で手作りしてこなかった人も、お菓子やパン作りに挑戦している。家庭での時間の余裕を利用して、料理を「楽しむ」人が増えている。テレワークなどで自宅にいる男性も、その例外ではないだろう。

これまで母親だけが支えてきた家族の食事の準備に、母親以外の家族も参加し、子どもにも良い影響を及ぼす「家族協働の食事作り」が家庭に定着するきっかけになるかもしれない。朝昼晩家族の食事を用意しなければならず疲弊している、職を失い食べるお金がない、との多くの悲鳴が聞こえる中、一筋の明るい話題である。一方、感染を広げないための今後の「新しい生活様式」の実践例が、先日厚生労働省から示された。その中で、日常生活の食事場面では、「対面ではなく横並びで座ろう」「料理に集中、おしゃべりは控えめに」と提案された。冒頭に示した文部科学省による挿絵とは真逆である。マスクをとって、おしゃべりをしながら食事をすることは、確かに感染拡大のリスクが高く、家族内でのクラスター発生につながりかねない。

食卓での家族団らんの歴史を眺めると、現在はまた、食事中の会話を禁止した箱膳の時代に戻った感がある。平均世帯人数が減り、一人暮らしや親一人子一人の家族も増えている。団らんとは「親しいものが輪になってなごやかに楽しむこと。」といった意味であり、家族だけにあたるものではない。食事は家族で団らんしながら食べなければならない、という固定観念を取り払い、新しい団らんの形を考える時代になったのかもしれない。

参考:表真美『食卓と家族 家族団らんの歴史的変遷』世界思想社(2010)

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