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80代の元パチンコ店員「コロナ禍の無慈悲なパチンコ叩きは戦前と一緒だった」

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今回のコロナもパチンコはどうやら生き残りました

「お爺ちゃんがいまさら話せることがあるかどうかわかりませんが」

その老紳士は指定された古い喫茶店に現れると、杖をマスターにあずけてゆったりと腰を下ろした。私は俳句の世界でたくさんの大先輩と出会う。90歳を過ぎた俳人など当たり前の俳壇、彼ら彼女らが話す昭和史などはまさに遠い歴史の彼方、羨望の偉人の逸話や文壇秘話であり、私の好奇心を刺激する。今日はこの老紳士、池田さん(仮名)から、そんな歴史の話を伺うのだが内容は違う。池田さんは俳句の人ではない。パチンコ業界の知人からの紹介で、戦後日本が作り上げたパチンコの話をしていただくことになった。

パチンコ台
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tupungato

「私の先祖は士族で日本人ですが、戦後のパチンコというのは私のような日本人と民団(在日本大韓民国民団・大韓民国系の在日韓国人)、そして総連(在日本朝鮮人総聯合会・朝鮮民主主義人民共和国、いわゆる北朝鮮系の在日朝鮮人)の3つの出自の人たちが作り上げて来ました。でも若い人たちの中には誤解している人も多いと聞きます。パチンコは何度も潰されかけました。公娼もそうですが、敗戦後の日本が民主化する中で消えた古い娯楽などたくさんあります。その中で生き残ったのがパチンコです。今回のコロナもどうやら生き残りました」

昔は硬貨をそのまま入れて打っていた

池田さんは80歳を越えている。かつてはホール運営に関わっていたが、いまは引退して悠々自適、趣味は散歩で1日1万歩は歩くという。

「パチンコは面白いけど健康によくないよ、座りっぱなしは死ぬんだよ」

小さくて可愛いお爺ちゃんにしか見えない池田さんだが、なぜか緊張させられてしまうのは修羅場をくぐってきた証か。ところでこの取材、文字数に限りがあるので歴史の諸説については割愛している。また池田さんの年齢的に、どうしても現代のコンプライアンスにはそぐわない発言もある。彼らの世代には普通だったことも、今では批判を受ける発言もあるだろうがご容赦いただきたい。私たちも、数十年先には同じような目に遭う、いや、すでに80年代、90年代までの性に対する旧来的な意識のために世間から叩かれることは珍しくない。芸人のコントや発言が時代の空気にそぐわず叩かれたように。

「日野さん知ってます? パチンコの原型って、最初は硬貨を入れてそのまま打ったんですよ。これはさすがに私も明治生まれの親から聞いた話ですけどね」

戦前、パチンコ店のほとんどは日本人の経営

そういえばパチンコではないが幼いころ、地元スーパーのゲームコーナーにそんなゲームがあったような。それは10円玉を直に入れて、その10円玉を左右に弾くものだった。うまく最後の穴に入れればガムかなんかが出てきたが、いま思えば現金を入れてそのまま弾く子供のゲーム機なんて、昭和とはいえ凄いゲームだ。

「そうそう、そんなのです。まあピンボールですね(コリント、バガテルなど諸説あり)。でもね、昔の硬貨には菊の御紋がついてたんですよ。そりゃまずいよね、菊の御紋をゲームで弾いて景品もらうなんて不敬ですよ。だから小さなボールにしたんです」

当時、不敬罪は逮捕なので当然まずい。俳句すら菊の季語でうっかり詠んだら難癖つけられて不敬にされた時代である。それ以降も規制に次ぐ規制だったようだ。

「戦前もあちこちで禁止になりました。流行りすぎて目をつけられたんですね。そのたびにお目こぼしをもらうことで生き延びました。もちろん店のほとんどは日本人の経営ですよ。朝鮮もシナ(ここでは台湾と中国の一部のこと)も日本でしたから」

パチンコが全面禁止になった日中戦争と、現代日本

そう、とくにネット民の一部が勘違いしているが、パチンコは戦前からあり、それはあたり前のことだが韓国も、北朝鮮も存在しない時代からあった日本人の娯楽だったのだ。アメリカがピンボールとなり、イギリスがコリントゲーム(これは日本ではスマートボールになる)、日本ではパチンコとなった。まさしくパチンコは日本人が改良し、発明した日本人のものである。

「私の子どものころ、パチンコは戦争で全面禁止になりました。不要不急の娯楽ですからね。シナ事変(日中戦争のこと)あたりからだと思います。コロナと一緒ですが、国が強制できた時代でしたから、最後は全部潰れました」

国家総動員法では国の命令は絶対で、財産権も自由権も、生存権すら国によって制限できた。パチンコ禁止どころか、そもそも国の命令ひとつで誰しも命を差し出さなければならなかった。もちろん現在の日本では不可能なほどに野蛮な前近代的法律なので、このコロナ禍で同じようなことはできず、国も自治体もあくまで「お願い」をするしかなかったことは記憶に新しい。

知られざる三点方式のルーツと韓国・朝鮮人の登場

「戦争が終わったら、みんな軍の余り物で商売を始めました。そんなときにボールベアリング(機械の回転部分に使う軸受)の玉がいっぱいあまっちゃったんで、それでパチンコを再開した人たちがいました。正村竹一さんって人がいまのパチンコ台の原型も作りました。釘と風車とポケットですね。1個1個打ってたものも連発式になりました。大ブームですよ。景品ももらえるし、とくに食料は嬉しい時代です。いくらお金を持ってても食料が手に入らない時代でしたから。パチンコ屋の前にはそんな食料を買い取る業者も現れました」

なるほど、池田さんはこの点ノーコメントだったが、俗に言う三店方式のルーツだろう。

「その業者には韓国や朝鮮の人も多かった。儲かるからやってみようということになったんでしょうね、彼らはパチンコ店自体も始めました。だから元々は日本人がやってたものが、彼らも参入してというわけなんです。朝鮮戦争が終わって、どっちの国もパチンコが儲かるから国を挙げて奨励したのもあったんでしょうな。朝鮮戦争で日本は儲けて、あちらさんはボロボロになりましたから、金が欲しい。どっちも日本とは正式に国交がないし半島は焼け野原、彼らも日本に残るしかなかったのでしょう」

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