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「家族全員死ね」3年前に人生を完全に狂わされた31歳会社員の愛と憎しみ

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「問題あり」な兄、姉を持つ次男に居場所はなかった

父は、幼い頃から気性が激しく、横暴な兄に半ば恐れをなし、姉には甘く、やがて実母の介護をするという名目で逃げるようにひとり実家へ移った。一方、小さい頃から終始、甘やかされて育った姉は、反抗期を迎えた頃から、家庭内で傍若無人に振る舞うようになった。

そうした「問題あり」を抱える兄・姉の下、末っ子の山口さんは、両親に甘えたり反抗したりできないまま育った。賃貸アパートの狭い実家に居場所はなく、母方の祖父母の家で過ごすことも少なくなかった。

「母は何かにつけ姉を心配するので、どんなに私が母の世話をしたとしても、結局母の中の私の優先順位は最下位なのかなとむなしくなります。まだ母が認知症になる前、帰省する度に、母のためにお金を渡して帰りましたが、それらが、後で、姉のスマホゲームの課金代に消えたことがわかった時は本当にやるせなかったです。ゴミ屋敷状態になっていた実家も私一人で片づけましたが、母の日や誕生日に私が贈ったプレゼントが未開封のままゴミの中に埋もれており、その都度自分なりに悩んで選び、心を込めて贈ったものが母には伝わっていなかったのだと思うと、悲しくなりました」

母親は、兄が生まれる前に幼くして2人の子どもを亡くしていたことから、「子どもは生きていてくれさえすればいい」が口癖。手先が器用で、幼少期は洋服を手作りしたり、手の込んだ料理を作ったりしてくれた。

「私は毎朝仏壇に向かって手を合わせる母を見てきたので、苦労をかけられないと思いながら育ちました。母は私にとって守るべき存在で、早く自立して親孝行したいと思っていました」

山口さんは、父親には母親が認知症だということを伝えたが、「自分の妻が認知症になったことを認めたくない」ため、最初は母親を病院に連れていくことさえ反対した。最近は「妻に忘れられてしまうのが寂しい」とは言うものの、「親の介護は子どもがするもの」という考えにより、経済的にも物理的にも父親からの手助けはない。

シングル介護の限界

きょうだいの中で世話をする者が自分以外にいない母親が要介護3の認定を受けた時、山口さんは勤めている東京の会社を休職し、栃木県内に中古でマンションを買って介護に専念することを決意した。

以来、床の張り替えや家具・家電の購入、管理人へのあいさつや駐車場探しなどをこなしながら、役所との連絡調整や面談、新しい自治体でのケアマネ探し、さらに、母方の祖父母宅や森林を母名義に変える手続きや、祖父母宅と森林の管理なども、たった一人でおこなってきた。

雑務をこなし、帰宅をすれば、母親の食事の支度や洗濯などの家事が待っている。そうやって同居介護を始めて半年ほどたった頃、山口さんは交通事故を起こしてしまった。

「たぶん介護疲れが蓄積していたんだと思います。人生初の交通事故も精神的にショックでしたが、相手方の運転手の父親だという人物がやってきて、こちらが非を認めているにもかかわらず、ひどく罵倒されました。相手の運転手に対して『成人してまで親に頼るなよ』とあきれる気持ちと、『自分は家族の誰にも頼れないのに……』という嫉妬みたいな感情がごちゃまぜになって、苦しくなりました」

相手にケガはなく、警察や保険会社と連絡を取って事後処理を終えたが、山口さんの心は大きく揺さぶられた。

「『95%はお前がやっているのは認めるが、残りの5%は俺にしかできない』とよく兄は言いますが、実際その通りです。私がどんなに家族のことを考えてベストな選択をして動いても、どうしても兄の力が必要になる。それは、他の家族は(実質的な家長である)兄の言うことしか聞かないからです。家族内カースト最底辺である私一人では、母に対して100%のサポートはできないんです」

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tommaso79

「あなたの働きは5%にも満たない」兄は激昂し、絶縁状態に

以前のような横暴さはなくなった兄だが、山口さんがメールを送ってもろくに返信せず、電話をしても出ないことが多い。肝心なときに頼りにならない兄に嫌気が差し、ついに山口さんは、「あなたの働きは5%にも満たない」と言い放った。それを聞いた兄は激昂し、絶縁状態になってしまった。

「家族で唯一話が通じる人だと思っていましたが、相変わらず取り付く島がなく、『私に頼れる家族はいない』という現実を思い知りました。本当に孤独でした……」

山口さんは母親がデイサービスに行っている間などに、母方の祖父母の家の裏山に入り、ジャングル状態の草木を刈りながら、大声で叫んだり泣いたりした。

「母と一緒に死ぬ夢を何度も見ました。車で転落死したり、火事で焼死したり、津波に流されたり。私が家族を殺して血まみれになる夢も数え切れないほど見ました。『自分が死ねば、いろいろ解決するんじゃないかな』とぼんやり思うこともあります。私が死ねば保険金が入るだけでなく、母の介護をする人が不在となり、要介護3なら施設入居も可能になりますから」

母の介護をすると決めたことに「一切悔いはない」

疲労と他の家族との葛藤に苦しむ山口さんをよそに、母親はデイサービスに通うようになって性格が明るくなった。

「母は認知症ですが、足腰はしっかりしているので、自分より年上の利用者の手伝いをして感謝されることがあり、うれしそうです。また、入浴後にネイルやお化粧をしてもらい、子どものように喜んでいます。今まで子育て一筋で、自分の美容は二の次だった母が、『やっと誰かに甘えられるときが来たのかな』と思うと、皮肉な話ですが、認知症になってよかったのかなとも感じます」

ただ、認知症の症状は進んでいる。最近は何を言っているのか分からず、いつもそばにいる山口さんでさえ聞き取れず、まともな会話もできない。トイレも着替えも一人では困難で、食欲も落ち、食事の仕方を忘れることも頻繁にある。それらすべてのフォローを山口さんひとりがしていたが、意外な“救世主”が現れた。

「けんか別れになった後、兄は私がマンションにいないタイミングを見計らって、母の食事を作りに来ていました。母の現状を目の当たりにするうちに、介護の大変さを実感したようで、最近はやっと、『お前じゃなきゃできないことだった。頭が上がらない』と、感謝の言葉のようなものをかけられました」

兄とのわだかまりは徐々になくなり、今では母親の施設入所を相談・検討する関係となっている。初めて「味方」の存在を得た山口さんはここまでの遠距離介護や同居介護をこう振り返った。

「これまで出会った介護関係者に、父健在、兄近居という状況で、『なぜあなたがそんなに全部背負うのか?』と聞かれることが多々あり、自分が親を看取るものという、私の認識がゆがんでいたのかもしれないと思うようになりました。それでも、母の介護をすると決めたことに、『一切悔いはない』と言い切れます。もしも母の介護にここまで向き合っていなかったら、後ろめたい気持ちが一生ついて回ったはず。介護の合間に母と温泉旅行もできましたし、自分なりの親孝行ができたことに感謝しています。しんどいことも多いですが、逃げずに向き合ったことで、いつか迎える母の葬儀でも、母の墓前でも、心から笑っていられると思います」

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nayomiee

「『全部私がカタを付けてやる!』という使命感に燃えています」

山口さんは、2020年2月に復職を果たした。

「東京に帰る場所があると思うと頑張れました。上司は介護に理解がある人でとても救われましたし、月に1回ほど東京の職場の先輩や大学時代の仲間と会うことは、良い息抜きになりました」

「東京の居場所」が心の拠り所になった。

「これからも母が産んだ5人の子どもの代表として、育ててもらった恩はきっちり返していくつもりです。さらに言えば、父と母が両家の後を継ぐという問題に正面から向き合わず、約50年間もなあなあにしてきたツケもひっくるめて、『全部私がカタを付けてやる!』という使命感に燃えています」

山口さんは、「不幸にならずに介護を終えられる人が一人でも増えてほしい」という願いを込めて、認知症の母との日々―29歳で始まった介護録―というブログで自分の体験を発信している。

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)

ライター・グラフィックデザイナー

愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。

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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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