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【新型コロナウイルス】こじらせた正義が生んだ自粛警察 日本社会の同調圧力の実情は

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日本語教師に、職人業、トラックドライバー、そして現職のライター。新著『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)が話題の橋本愛喜氏は、アメリカでの生活経験などを踏まえ、製造や運送業、労働問題、日米韓の文化的差異、人権問題など幅広いテーマで執筆を続けている。

連載第1回目のテーマは「自粛警察」。突撃動画を公開したり張り紙を張って店を閉めるよう求めたりする行動の背景にあるものは何か。その成り立ちと日本社会の現状を考えてもらった。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛の要請期間中、SNSを埋め尽くした「○○チャレンジ」や「○○リレー」の類。単刀直入に言うと、私はこういう「バトンもの」が昔から非常に苦手だ。

1日一冊、「オススメ本」の紹介を7日間続け、次の人にバトンを渡す、いわゆる「ブックカバーチャレンジ」。これが、自著刊行のタイミングと重なりにっちもさっちもいかない中、6件回ってきた。また、「ジム閉鎖」によって半年続けてきたダイエットへのやる気が完全にどこかへ行き、40kgのバーベルを40本の「ガリガリ君」に持ち替えたところで「プッシュアップ(腕立て伏せ)チャレンジ」が2件やってくる。

そして、そもそもコメもロクに洗えないこの料理音痴に、「おむすびチャレンジ」なるものまでが3件回ってきた時には、思わず「うちの村の回覧板でもこんな頻繁に来んぞ」と天を仰いだ。

「時間や能力がないから」という理由ももちろんあったが、何より私にとってこれらが負担だったのは、そのバトンの正体が本でも筋肉でもおにぎりでもなく、「団結の強制」と「繋げる責任」から成る「同調圧力」だと感じたからだ。



この「同調圧力」は、近年巷でも徐々に聞かれるようになっていた言葉だ。が、上に示したGoogleトレンドのグラフからも分かるように、今春のコロナ禍でその注目度を一気に加速させている。前出の「チャレンジシリーズ」だけでなく、断る理由を探すのが難しい「Zoom飲み」や、「頑張ろうニッポン」、「コロナに負けるな」といった、やたらとポジティブなスローガンに同調圧力を感じたという人、さらには、リモートワークをして初めて今まで被っていた仕事上の同調圧力に気付いたという人も少なくないはずだ。

昨今日本に見られる「団結」疲れ。今回は、コロナ禍で浮き彫りになった日本の「同調圧力」と、それによってもたらされる弊害について考察してみたい。

日本における同調圧力

結局、私に届いたこれら「○○チャレンジ」のバトンは、遅れてやってきた「1日限定 幼少期の写真リレー」なるものなども含めると、計13件。「指名してもらっても構わないが、私はやらない」と、相手が抱える「繋げる責任」への負担に配慮しつつ、実質全て断った。

この性格は自分から見ても全く可愛げがないのだが、元々、何かに縛られたり括(くく)られたりすることが嫌いで、「暇だ」から延々始まるグループチャットはバイブ音すら消してしまうし、「これ今年流行るんで1着持ってたら便利ですよ」、「実は私も買っちゃいました」と店員に勧められた洋服は、全自動で「買わない」一択になる。

ワケあって色々な畑を渡り歩いてきた仕事も、日本語教師以外は、職人業、トラックドライバー、現職のライターと、「1人籠って黙々とする仕事」が多かったこと、人生で一度も正社員を経験してこなかったことに、今この原稿を書いていて改めて気付かされる。

そんな個人主義の立場からすると、今回のコロナ禍に限らず、日本では集団における「団結」や「我慢」を強いる場面がしょっちゅう目に付く。

一人ひとり顔を突き合わせて取材すると、様々な意見や欲求が聞こえてくるのに、いざ集団になると途端に空気を読み始め、「果たしてこの人たちはさっきあれほど生き生きと話していた人と本当に同一人物なんやろうか」と驚くこともしばしばだ。「日本人は個性がない」と言われるが、実際はそうではなく、「『環境』が個性を許さない」のだとつくづく思う。



こうした「個性殺し」の例でよく挙がるのが、「リクルートスーツ姿の就活生」だ。

頭のてっぺんから足の爪先まで同じ格好をした就活生が、「君の個性は?」の質問に自宅で必死に覚えてきた常套句で答える不気味さ。

この状況をある企業の人事部長に嘆くと、「一度全員をフラットにすること(同じ格好をさせること)で、初めて見えてくる個性がある」と返ってきたことがあるのだが、いやいやそんなワケない。その就活生の持つ「自由度」や「節度」に対する物差しを確認するためにも、やはり「個性」は「自由」から見出したほうがいいに決まっている。

が、茶髪の地毛を黒に染めさせる高校や、コロナ禍でマスク不足の中、この期に及んで「マスクは白でなければならない」とする小中学校がある以上(その後、「アベノマスク」じゃないとダメという、そのはるか上をゆく学校の登場で若干その非常識も今や可愛く映るが)、就活生の口から「真の個性」が語られることは恐らくない。

同調圧力を強いる「嫉妬」という感情

このような環境が日本にできた原因としてよく聞くのは、「島国だから」「戦時中、統率を取りやすくするよう教育したから」という意見だ。確かに今回のコロナ禍における外出自粛要請時には、国民精神総動員の「欲しがりません勝つまでは」感が日本中に漂って出ており、Yahoo!やGoogleでも「国民精神総動員」と検索すると第二検索ワードとして「コロナ」が勝手に立ち上がる。

が、近年の日本における同調圧力の裏には、それらとは別にもう1つ、「あるもの」が強く存在するように感じる。

「嫉妬」だ。

終身雇用が崩壊し、実力社会になった今、それまで横並びで走っていた世界から競争社会へ大きく様変わりすると、これまで以上に焦りや嫉妬が生み出されやすくなる。

とりわけ自分と共通する事項や関心事をサラッとやってのける人には、一方的に「抜け駆け感」を抱きやすく、“出た杭”と感じるや否や、同じ思いの人と共闘して地中深く見えなくなるまで殴り続け、再起不能にさえしようとするのだ。

しまいには、慈善活動をする人までをも「いい人ぶるな」とワケの分からない感覚で批判し始めるから、人の嫉妬には理性がないと毎度思う。



最近で言うと、ZOZO創業者の前澤友作氏がいい例だ。

普段から「お年玉企画」や「ひとり親応援基金」など、弱者や夢見る人たちへの慈善活動が称賛されている彼だが、過去のTwitterには「売名かよ」とする匿名のつぶやきが散見されていた。

国内におけるネームバリューが頭打ち状態になって久しい人間に、「売名かよ」とするズレ感がもはやコントでしかないことはさておき、たとえ売名であったとしても、自分の資金で名を売って何が悪いのか。名が売れ人が助かり、困る人間が1人も出ない中でこうした声が上がることに鑑みると、やはり善行に対する批判は、一種の「妬み嫉み」だと考えられる。

杭も出過ぎれば「妬みの対象」から外れるし、彼自身は元々打たれ負ける人ではないだろうが、こうした他人からの思わぬ嫉妬を買わぬように日頃から個性や欲望を抑える人が日本には少なくなく、そんな人達に出くわすと、毎度もったいないなと深く思うのだ。

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