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【読書感想】音楽が聴けなくなる日

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 宮台さんは、不祥事を起こしたアーティストの作品については、ゾーニングやサブスクリプション(定額聴き放題)でのブロックで対応すればよいのではないか、と述べています。

 プリアナウンスによるゾーニングだけで問題を解決できる。これがここ30年間の基本的な枠組みです。日本を除く先進国で現実に実践されています。ところが日本では、こうした先進国ならば当然踏まえているべきやり方が弁えられていません。実に野蛮です。

 但し僕は、こうした「見たくないものを見ない」態度を過度に推奨すべきではないと考えます。第一に、「見たくないものを見る」ことが公共的態度であり得るし、第二に、「心に傷をつけること」がアートの伝統的な本質だからです。

 前者については、「犯罪者」の作品には社会的悪影響どころか良い影響さえあり得ます。「犯罪者」とカッコ付きなのは、逮捕当時のピエール瀧さんは、推定無罪presumed innocenceの原則ゆえに、まだ犯罪者ではないからです。そのことは第一章で永田さんが触れています。

 有罪確定後の犯罪者の作品でさえ、良い影響があり得ます。理由は、第一に、それを受容することが犯罪者に対する偏見の除去に役立つことです。「犯罪者は自分たちとは違うおかしな人だ」という偏見には根強いものがありますが、偏見を取り除くのは公共的です。

 良い影響の第二は、「犯罪者が世界や社会をどう見るのか」と知るのに資すること。「罪を犯した人間から世界や社会がどう見えているのか」を知ることは、再犯の動機を抑止できる社会のアーキテクチャー(仕組み)を、構築することにも役立ちます。

 第三の良い影響は、犯罪者と非犯罪者との関係についての新しい視座や、感覚を与えてくれることです。犯罪者は「敵」だと思っていたが、作品に接してみたら「仲間」だった、みたいなこと。それも、自分も犯罪者になり得るという現実の理解につながります。

 「それこそが悪影響だ」という視座もあるでしょうが、言葉の自動機械、法の奴隷という意味で、「クズ」の考え方です。犯罪者が自分の同類だと思うことを悪影響だと捉えるのは、第一の「犯罪者は自分とは違う存在だ」という偏見の現れです。

 アートについて言えば、「敵だと思っていた犯罪者が実は仲間だった」という感覚は、小説や映画の受容ではよくあること。これがなければ、誰も『罪と罰』のラスコーリニコフの話に感動しません。大衆の娯楽においてさえ、「悪役への共感」はありふれた話です。

 「犯罪者の作品に触れること」にも、さまざまなメリットがある、ということなのです。なるほど、こういう考え方もあるのだなあ。少なくとも、「見えない、聴けない状態にしてしまえばいい」というのが短絡的な発想であるというのは理解できます。

 ただ、僕自身の感覚としては、「それでも、違法な薬物で有罪になった人の作品が『無罪』あるいは『有用』ですらあるというのは、しっくりこない」のも事実なんですよね。
 憧れのアーティストがドラッグをやっていると、自分もやってみようか、って思う人だっているでしょうし。
 僕もこの30年あまりで、すっかり「自粛体質」になっているのかもしれませんが。

 この本のなかで、いちばん印象に残ったのは、永田さんが紹介した、電気グルーヴの石野卓球さんのtweetでした。

 キミたちのほとんどは友達がいないから分からないと思うけど友達って大事だぜ。あと”知り合い”と”友達”は違うよ

 僕は電気グルーヴの作品は、アルバムを何枚か持っており、いくつかのヒット曲を口ずさめるくらいでしかないのですが、ピエール瀧さんと石野卓球さんの「友情」は、心底羨ましいと思っています。友達、いないから。

30 (特典なし)
アーティスト:電気グルーヴ
発売日: 2019/01/23
メディア: CD

VITAMIN
アーティスト:電気グルーヴ
発売日: 1993/12/01
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作者:宮台真司
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発売日: 2018/10/13
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