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特許よりも先に考えるべきこと。

流行が早い時期から始まった国ではようやく収束に向かいつつあるとはいえ、全世界的な鎮圧にはまだまだ程遠い新型コロナウイルス。

そして、様々な名前の薬が浮かんでは、まだまだ・・・という評価が飛び交い、依然として決定打となるものが出てきていないのがその治療薬である。

人工的に作られる薬である以上、薬効の裏側には当然副作用もある。インフルエンザの世界では極めてポピュラーな薬となっているタミフルですら副作用が問題視されたことはあるわけで、投薬によって得られる効果が高ければ、ある程度のリスクは受け入れざるを得ないところはあると思うのだが、今名前が挙がっている抗ウイルス剤の場合、一定の副作用を許容できるだけの効果があるのか、というところで個人的には疑問を感じているところもあるから、「いざとなればこれがあるから安心」という感覚にはなりにくい。

なので、とにかく、今は「感染しない」を最優先に、既に治験フェーズに進みつつある開発中の薬に希望を託す・・・というのが、合理的な人々の感覚ではないかと思っている。

で、そんな、まだ新薬が出来あがってもいない段階で、お決まりのように議論されるようになってきているのが、「開発された薬の特許権による保護と公共の利益のいずれを優先するか?」という問題である。

元々、この問題は、巨大製薬メーカーのロビイングをバックにした先進国と、新興国の利害対立が先鋭化しやすい分野で、古くはWTOを舞台に壮絶な争いが繰り広げられてきたし、最近でもTPPの協議の中で最後まで紛糾した論点となってしまったことは記憶に新しい。

そして、COVID-19を克服するための新薬開発が本格化し始めた頃から、今回の「新型コロナ禍」の文脈でも、世界中でこの話題が出てくるようになった。

そんな中、日経新聞がこの日の朝刊で1面を割いて、「コロナ薬と特許のあり方」というテーマで異なる立場の論者たちにこの問題を語らせている*1

国境なき医師団 日本会長の久留宮隆氏が、「利用」する側の立場で「公衆衛生の利益」を主張する一方、日本製薬工業協会 知財委員長の石田洋平氏は、当然ながら製薬業界の立場で「投資の生命線」ということで特許の効力を維持することの重要性を主張されている。

いずれも立場を考えれば十分理解できる主張だが、このあたりの意見は元々想定される範囲の内容なので、ここであえて取り上げることはしない。

興味深かったのは、「学識者」の枠で登場されていた渡部俊也・東大教授のコメントである。

「発明者に一定期間の利益の独占を認める特許制度は、事業家に意欲を与える優れた制度だ。多くの民間人や企業を研究開発に突き動かす原動力になってきた。ひとつの成功の陰には、死屍(しし)累々たる失敗が積み重なり、栄光をつかめるのは挑戦者のごく一部でしかない。」

「特に創薬の世界は過酷で、成功の確率は1万分の1ともいわれる。そもそも民間企業が創薬に莫大な投資をするのは、成功した暁には(特許による独占で)投資を回収できるからだ。強制実施権がいつでも発動されるということは、要は特許の効力が期待できないということだ。」

もし莫大な投資をしても回収できないとなれば、民間企業による研究開発投資はすべてストップするだろう。おおむねリスクをとった人がリターンも得る、という知財制度の根幹が、新型コロナの前には無力にみえるのである。」

(日本経済新聞2020年6月4日付朝刊・第6面、強調筆者、以下同じ。)

渡部教授はこのように述べられた上で、「新型コロナで知財の権利者と利用者は初めて重なり、「ひとつの村」になった。」として、

「今こそ知財権の保護と活用のバランスを自らのこととして考える絶好の機会なのかもしれない。関係者は今起きていることを社会実験ととらえ、コロナ伴走時代の知財制度を設計すべきだ。」(同上)

とまとめられているのであるが・・・。

一般読者向けの分かりやすさを重視したためだろうが、自分には上記のコメントがどうしても乱暴なものに見えてしまう。

たとえば、一般論として、「特許制度が多くの企業が研究開発を行う原動力になっているかどうか」という点で言えば、「そこまでの影響はない」というのが、既に様々な実証研究で指摘されていることだったはず。

どんな製品も一定の年数が立てば陳腐化し、マーケットは常に新しい何かを求めているから、そこで生き残りたいと思う会社は特許制度など存在しなくても「開発」の手を止めることはない。特にこれだけ変化の早い時代には・・・というのが、現場に近いところで見ている人間の素直な感覚だと思うし、特に電気機器やIT系サービスの世界では、一つ二つの特許だけで市場での絶対的な地位をキープすることなど不可能だから、なおさら、である。

もちろん「薬」の世界に関していえば、「特許で一つの製品を囲い込める可能性がある」という点で、他の技術系産業との比較でもちょっと異質なところはあるのだが、それでも、今、多くの製薬会社の関係者に聞いたところで、「特許で製品を囲い込んで利益を得るために新型コロナウイルスの治療薬を開発している」と答える人はほとんどいないだろう。

だから、「強制実施権が認められたら誰も研究開発投資をしなくなる」というのは、いくら何でも極端すぎる言説だろう、と思えるところはある。

そして、もっと言ってしまえば、今起きている「新型ウイルスの爆発的流行」という状況を前にして、「特許」がどれだけの意味を持つかと言えば非常に疑わしい

がんやいわゆる生活習慣病のように、長きにわたって一定の割合で患者が生まれるような病気なら、20年という特許の有効期間の持つ意味は非常に大きくなるが、爆発的に流行した後、いつ次にまた同じ波が来るか分からない、あるいは続いてたとしてもウイルス自体が変異していく、という状況においては、

「少しでも早く開発を成功させて、少しでも多くの薬を世界中に一気に行き渡らせる」

というのが開発側にとっても最優先のミッションであって、長期間市場を囲い込む、という発想は出てきづらいような気がする。

薬が出来上がってもなお今のレベルで世界中の感染拡大が広がっているのだとしたら、製造能力等の観点からも、開発に成功した一つの会社だけで短期間のうちに市場をカバーするのは極めて難しいから、強制実施権が発動されるかどうかにかかわらず、新興国の後発薬メーカーに技術供与し、カーボンコピーの製造販売を認めてでも市場への供給を優先する、という発想はあり得るし、複数の製薬メーカーがアライアンスを組んで分業しながら協力し合う、という形になることだって考えられる。

いずれにしても、人道的な話以前に、”旬”を逃せば商機を失う、というのがここでの最大のポイントであって、平時に比べると、そこでの「特許」の存在意義は必ずしも大きなものにはならないような気もするのだが、果たしてどうなるか*2

こういった話に関しては、「特許」の「独占のためのツール」としての性格を重視するか、それとも「適正な利益配分のためのツール」としての性格を重視するかによっても、見方は変わってくるところだと思うのだが*3、いずれにしても「特許」が、一刻も早く画期的な治療薬を市場に出したい、という開発者の思いを妨げるような事態を招いてしまっては本末転倒だし、「独占の利益」に固執して商機を逸しては身も蓋もないのだから、(知財オリエンテッドな思考ではない)常識的なアタマで考え、合理的な落ち着きどころを見つけるのが吉だろう、と思うところである。

*1:日本経済新聞2020年6月4日付朝刊・第6面。

*2:日本の場合、これらに加えて保険適用時の薬価をどう設定するか、ということも、製薬メーカーの収支に大きなインパクトを与えることになると思うが、それも「特許」の世界とは直接関係のないものだったりもする。

*3:前者に重きを置くならば、いち早く発明を出願して特許を取得したにもかかわらず独占の利益を享受できないのはけしからん、ということになりそうだが、後者の視点で考えれば、特許を前面に出さなくても何らかの形で他のメーカー等からフィーを得ることができればそれで目的は達成できる、ということになる。そしてこれだけ技術の進歩も開発のスピードも速い現代においては、「特許」を独占のためのツールではなく、利益分配のためのツールとして生かす方が発想としては遥かに合理的であるように思われる。

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