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“感染リスクが高い”は間違い!? コロナ禍の「歯科ばなれ」が危険すぎる理由 1995年の阪神淡路大震災でも問題になった「口腔健康の管理」 - 長田 昭二

 新型コロナウイルス感染拡大を受けての緊急事態宣言が解除され、徐々に経済が動き始めている。しかし、緊急事態が解けただけで安全宣言が出たわけではない。第二波、第三波に備えて、多くの人は「なるべくなら家で過ごす」という警戒心を持ち続けている。

 それはとてもいいことだが、必要な外出まで制限している人もいるようだ。「歯科受診」を控えている人が少なくないのだ。

◆◆◆

歯科医療の現場は感染リスクが高い?

 日本歯科医師会は、各都道府県歯科医師会を通じて緊急アンケートを行った。396の有効回答を得た調査結果によると、昨年と今年の4月の1カ月間での歯科受診件数の比較で、今年は約2割の落ち込みが見て取れた。

 なかでも東京都の落ち込みは大きく、対前年比35%減。勤務先に近い歯科医院をかかりつけにしている人が在宅勤務に移行したことで歯科治療にも行きづらくなったのかもしれない。

 東京に限らず、地方よりも都市部のほうが患者減少の割合は大きく、“クラスター”が発生した医療機関がある地域での減少率が大きい、という傾向も見られる。

 歯科医院経営者に外来患者数増減の実感を訊ねると、「大幅に減った」(44.7%)と「やや減った」(47.7%)を合わせた9割以上が「患者減」を訴えている。理由は何なのか。

「『歯科医療の現場は感染リスクが高い』というマスコミ報道があり、これを誤解した多くの国民が歯科受診から遠ざかっているようです」

 と答えるのは、日本歯科医師会会長の堀憲郎歯科医師。


日本歯科医師会会長の堀憲郎歯科医師

 その誤解について、堀氏が続ける。

「『感染リスクが高い』という指摘は、万一新型コロナウイルス感染者が歯科医療機関を受診した時に歯科医師や歯科衛生士などのスタッフに感染する危険性を指したもの。つまり、患者ではなくスタッフの危険性を指摘しているのです。ところが報道を見た人の多くがそれを逆に解釈した上、『歯科医療の現場は“密”である』というイメージも重なって、外出自粛の対象を歯科治療にまで拡大してしまったのでしょう」

歯科治療を通じての新型コロナ感染例は報告されていない

 ならば実際のところ、歯科治療の現場の感染リスクはどうなのか。日本歯科医師会常務理事の小山茂幸歯科医師が語る。

「歯科医療現場では、この騒動の前から、マスク、ゴーグル、手袋の使用などをスタンダードプリコーション(標準的予防策)として徹底してきました。つまり、感染症対策という点では、元から高水準の基準が設けられていたのです。それに加えて今回の緊急事態宣言により、スタッフの検温実施や医局や控室での“3密”の回避など、より慎重さを求める提言を行っています」

 しかも、コロナ禍にあっては歯科領域の学術団体である日本歯科医学会連合の見解を踏まえ、エアロゾルの発生する切削器具の使用を最小限にとどめるなど、さらに高度な予防策を講じてもいる。

 その甲斐あって、6月5日現在、歯科治療を通じての新型コロナウイルスへの感染例は1件も報告されていない。これは意外に知られていないことだが、もっと評価されてもいいように思う。

 ちなみに、現状でも歯科医療の現場では消毒用エタノールや手袋などの衛生用品の不足が続いている。次の波に備えて、国や民間からの支援が急がれる。

歯科離れは「身の病気や症状を生み出す」

 コロナ禍に端を発する歯科ばなれに、小山氏は警鐘を鳴らす。

「口の健康の悪化だけでなく、その先にある全身の健康の悪化が心配されます」

 歯科受診を控えることが“全身の健康”に影響する、という話には裏付けがある。近年の研究で、口腔内の疾患が全身疾患と深い関係を持っていることが明らかになってきているのだ。代表的なのが歯周病。国立長寿医療研究センター研究所口腔疾患研究部長の松下健二歯科医師に解説してもらう。

「歯周病とは、歯肉に炎症が起きる“歯肉炎”と、歯周組織に炎症が起きる“歯周炎”の総称。歯を支えている歯槽骨という骨が溶けていき、最終的には歯を失うことになる。国内の推定患者数は7000万~8000万人。40歳以上のおよそ8割の人が歯茎に何らかの異常がある、という報告もあります」

 歯と歯茎の間にできる歯周ポケットに、プラーク(歯垢)が堆積していくことで歯周病は進行する。とはいえこれは、定期的な歯科健診と正しいブラッシングで予防ができる。適切な治療をすれば改善もする。

 しかし、歯周病は放置すれば確実に悪化するだけでなく、一見、歯とは無関係に見える全身の病気や症状を生み出す危険性を持っているのだ。

「脳梗塞、心筋梗塞、糖尿病、早産や低体重児出産、糖尿病などは、歯周病が原因や増悪因子となり得ることがわかっています」(松下氏)

 歯周病の原因となる細菌が歯茎の内部から血管に入り込み、全身を巡ってこれらの病気を作り出すのだ。

マスク、手洗い、うがいと同じくらい「歯磨きと舌の清掃」は大事

 他にも高齢者に多い「誤嚥性肺炎」は、口腔内の細菌が就寝中などに誤って気管支から肺に入り込んで炎症を起こす病気。平成29年の日本人の死因別の順位では7位にランクされているが、実際には5位の「肺炎」の中にも誤嚥性肺炎で亡くなった人は少なからず含まれていると見る呼吸器科医は多い。

 これも歯科での治療や口腔衛生指導(適切なブラッシングや専用のブラシを用いた舌の清掃など)で歯周病菌を減らすことで、発症のリスクを大幅に下げることが可能だ。

 丁寧なブラッシングや舌の清掃は、感染症予防の点でも重要だ。これらは新型コロナウイルス対策としてのエビデンスはまだ十分ではないものの、様々なウイルスへの感染を防ぐうえで、きわめて重要な取り組みとされている。

「インフルエンザウイルスは全般的に、口腔内の細菌が出すタンパク分解酵素によって鼻や口の粘膜のレセプターに付着したり、増殖するといわれています。特に今回の新型コロナウイルスは“舌のレセプター”に付着しやすく、そこに口腔内細菌が作用することでさらに増殖を促進する、という報告もあります」(前出の堀氏、以下同)

 マスク、手洗い、うがいと同時に、歯磨きと舌の清掃は、しっかりやっておいて損はないのだ。

1995年の阪神淡路大震災でも問題になった「口腔健康の管理」

 いまから四半世紀をさかのぼる1995年に発生した阪神淡路大震災の時、避難生活を余儀なくされた人たちの口腔健康の管理が滞り、多くの被災者が誤嚥性肺炎で命を落とした。いわゆる「震災関連死」に含まれる事例だが、前出の堀氏は、悲劇の再来を警戒する。

「誤嚥性肺炎もさることながら、う蝕(虫歯)や歯周病など、歯科で扱う疾患の大半は自然に治ることはなく、悪くなることはあってもよくなることはない。また、口の中に起きる“痛みを伴う急性疾患”は放置すれば重症化します。義歯がなくて噛むことができなくなれば生活の質は低下するし、それが長期化すれば免疫力を含む全身の健康を損なう危険性がある。長期化する自粛生活で、口腔を通じて全身の健康に何らかの問題が出ている危険性もあるので、かかりつけの歯科医師にぜひ相談してほしい」

 新型コロナによる肺炎(COVID-19)を防げても、誤嚥性肺炎になったのでは意味がない。一つの病気だけを恐がるのではなく、身の回りに潜むあらゆる病気を広く視野に捉えて、的確な対応を講じていくべきなのだ。

 繰り返すが、口腔内の病気は、時に命に直結する恐ろしい存在だ。ぜひ認識を改めてほしい。

 折しも、6月4日から10日は「歯と口の健康週間」。

 歯科治療は、決して「不要不急」ではないのです。

(長田 昭二)

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