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「経済制裁」「新型コロナ」二重苦で再始動する金正恩の「瀬戸際作戦」(上) - 平井久志

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5月23日、党中央軍事委員会拡大会議に出席した金正恩党委員長(『労働新聞』より、以下同)

 北朝鮮の各メディアは5月24日、「朝鮮労働党中央軍事委員会第7期第4回拡大会議」が開かれ、金正恩(キム・ジョンウン)党委員長がこれを指導したと報じた。

 金党委員長は4月11日に党政治局会議に出席したが、故金日成(キム・イルソン)主席の誕生日である4月15日に毎年行っていた「錦繍山太陽宮殿」訪問をしなかった。

『CNN』は4月20日、

「心臓手術を受け、重篤な状態にあるという情報がある」

 と報じ、健康不安説が世界に広がった。

 しかし、金党委員長はメーデーの5月1日、平安南道順川の「順川リン酸肥料工場」完工式に出席し、健在を誇示した。

 だがその後、再び公式の場から姿を消した。

 その動静に関心が集まっている中、約3週間ぶりに今回の拡大会議に登場したのである。党中央軍事委員会の開催は昨年12月に「党中央委総会」に先立って開催されて以来、約5カ月ぶりだ。

 そして、約3週間の「潜伏」を経て姿を見せたこの党中央軍事委員会で討議、決定された内容は、北朝鮮情勢を再び深刻な局面に誘導しかねない内容を含んでいるように見える。

「国家防衛力と戦争抑止力」

 北朝鮮の報道によると、今回の拡大会議は、

「国家防衛力と戦争抑止力をより一層強化しなければならないという必須的要求」

 を強調した。

 北朝鮮は2016年から2017年にかけて、米国に到達することのできる核搭載可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発に邁進し、それは2017年11月の新型ICBM「火星15」の発射実験成功となって結実した。

 北朝鮮のICBMが大気圏再突入の技術を獲得したかどうかは不明だが、北朝鮮はこの「火星15」の成功で、米国の核の脅威に対抗する「戦争抑止力」を獲得したとした。

 北朝鮮はこの成功を武器に、2018年から「平昌冬季五輪」参加、4月の板門店での「南北首脳会談」、6月の「米朝首脳会談」と対話攻勢を掛けるが、2019年2月のハノイでの米朝首脳会談決裂で、大きな挫折を経験した。

 その後2019年を通じ、固体燃料を使った「北朝鮮版イスカンデル」といわれる短距離ミサイル「KN23」、北朝鮮版「ATACMS」(陸軍戦術ミサイル)と見られる新型地対地ミサイル、新型大口径多連装ロケット砲、超大型多連装ロケット砲といった、韓国軍や在韓米軍を攻撃できる新兵器を次々に開発して「国防力の強化」に励んだ。これが「国家防衛力」の一層の強化であった。さらには2019年10月、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3」の発射に成功した。

「国の核戦争抑止力をより一層強化」

 こうした実績を背景に、北朝鮮は今回「国家武力の建設と発展の総体的要求に基づき、国の核戦争抑止力をより一層強化」することを確認した。

 先述のように北朝鮮は、自らの核ミサイル開発は核戦争を抑止するためのものである、と主張してきただけに、「国の核戦争抑止力をより一層強化する」とは、核開発を続けるということであり、2018年からの対話局面で口にしてきた「非核化」に背を向けるものだ。

 北朝鮮は昨年12月7日と同13日に、西海衛星発射場で「重要な試験(実験)」を行ったと発表した。特に12月13日の実験について、国防科学院報道官は、

「最近、われわれが次々と収めている国防科学研究成果は、朝鮮民主主義人民共和国の頼もしい戦略的核戦争抑止力をよりいっそう強化することに適用されるであろう」

 とし、「戦略的核戦争抑止力」に言及した。この実験は、新たな戦略兵器のロケット部分の燃焼実験だったと見られている。

 そして、金党委員長は昨年12月末に開かれた党中央委第7期第5回総会で、

「米国の核の威嚇を制圧して、われわれの長期的な安全を保証することのできる強力な核抑止力の経常的動員態勢を恒常的に頼もしく維持するであろう」

 と述べた。

 今回の「国の核戦争抑止力をより一層強化する」という方針は、この昨年末の党中央委総会での「強力な核抑止力の経常的動員態勢」という方針を、さらに一歩進めたわけである。

「戦略武力を高度の撃動状態で運用」

 今回の拡大会議の内容を見て強い危惧を感じたのは、

「戦略武力を高度の撃動状態で運用するための新たな方針(複数)が提示された」

 という発表だ。

「核兵器」という言葉を避けてはいるが、「戦略武力」とは核兵器のことである。それを「高度の撃動状態で運用する」という、分かり難い表現を使っている。

 韓国でも「撃動状態」という言葉はあまり使わない。韓国の『東亜日報』日本語版は「激動状態」と訳しているが、ハングルで書くと同じであるにせよ、これは「撃動状態」の誤りだろうと思う。

 北朝鮮の国語辞典を引いてみると、「撃動装置」という言葉には、

「撃発装置の部分品を撃動状態で維持し、必要な瞬間にそれを解き放つ装置」

 という説明があり、「撃動状態」という単語を使っていた。

 つまり「撃動状態」とは、引き金さえ引けばいつでも発射できるような状態に置くこと、と読み取れる。そうすると、北朝鮮が拡大会議で決めた「新たな方針」とは、

「核兵器をいつでも発射できる高度の状態で運用する」

 ということと見られる。

『朝鮮中央通信』日本語版は、

「戦略武力を高度の臨戦状態で運営するための新しい方針」

 と訳していた。一方英語版では、

「putting the strategic armed forces on a high alert operation」

 としていた。

 これは、北朝鮮が核兵器をいつでも発射できる臨戦状態で管理、運用するという極めて危険な方針だ。

 昨年12月末の党中央委総会では、

「強力な核抑止力の経常的動員態勢を恒常的に頼もしく維持する」

 としたが、これを一歩進めて、核兵器をいつでも発射できるように、

「戦略武力を高度の撃動状態で運用する」

 としたのである。

 一方で、米国への威嚇を狙ったプロパガンダの可能性もある。

 核兵器を常時発射可能な状態に維持するには、高度の技術力や費用が要る。さらに北朝鮮のICBMは、現時点ではすべて液体燃料を使ったものだ。

 核兵器を装着したICBMをいつでも発射できる状態で維持するには、燃料が注入されていなくてはならない。しかし液体燃料には腐食性があり、ロケット部分に燃料を注入した状態のままにしておくことはできない。

 液体燃料の注入には時間が掛かる。米国、ロシアなどは固体燃料の核兵器を保有しているので、核兵器をいつでも発射できる状態に置くことは可能だが、固体燃料を使ったICBMを保有していない北朝鮮では、それはまだ難しいと見られる。その意味で、今回の北朝鮮の「新たな方針」は液体燃料の注入をシステム化し、最短時間にする方針かもしれない。

 北朝鮮は、昨年は固体燃料を使った短距離ミサイルや多連装ロケット砲の開発に邁進したが、おそらく今後は、固体燃料を使ったICBM開発を目指すであろう。昨年の短距離ミサイルや多連装ロケット砲の開発は、ICBMの固体燃料化へと向かうプロセスと見られる。北朝鮮が昨年10月に発射実験に成功したSLBM「北極星3」は中距離ミサイルだが、燃料は固体燃料だ。ICBMの固体燃料化も近づいてきている。

「砲兵の火力打撃能力を決定的に高める重大な諸措置」とは

 また、今回の拡大会議では、

「朝鮮人民軍砲兵の火力打撃能力を決定的に高める重大な諸措置が講じられた」

 とした。

 北朝鮮が2016~17年に実施したミサイル発射実験は、「朝鮮人民軍戦略軍」が主導したものであるが、2019年に行われた固体燃料を使った短距離ミサイルや多連装ロケット砲の発射実験は、「朝鮮人民軍砲兵部隊」が主導したものであった。

 後述するが、今回、現役の軍幹部では最高の軍階級である「次帥」に昇格した朴正天(パク・ジョンチョン)総参謀長は、人民軍砲兵局長出身である。2019年の砲兵部隊の画期的な新兵器開発が、朴正天総参謀長に「次帥」という地位を与えたとも言える。

 関心を抱かざるを得ないのは、「朝鮮人民軍砲兵の火力打撃能力を決定的に高める重大な諸措置」とは何か、という問題だ。

 北朝鮮の核兵器開発は、これまで米国を攻撃目標にしてきた。ある意味で、同胞である韓国に対して核兵器は使わない、という暗黙のメッセージがあったと言ってよい。

 しかし、今回の「諸措置」が、韓国や在韓米軍を対象にした「戦術核」を意味するのではないかという見方が出ているのだ。

 先述したように、北朝鮮は昨年、固体燃料を使った北朝鮮版イスカンデルと言われる短距離ミサイル(KN23)、北朝鮮版ATACMSと見られる新型地対地ミサイル、新型大口径多連装ロケット砲、超大型多連装ロケット砲という4種類の新兵器の発射実験を行い、成功させた。

 この4種類の新兵器はすでに、実戦配備に移行しつつあると見られる。

 さらに問題なのは、こうした新兵器に「戦術核」を搭載しようとしているのではないか、ということだ。特に短距離ミサイルKN23には十分に戦術核を搭載することが可能であると見られている。そうなれば、火力打撃能力は「決定的に高まる」だろう。

 朝鮮戦争(1950~53年)が終了し、在韓米軍には1958年から地対地ミサイル「オネストジョン」や280ミリメートル核大砲などの戦術核が大量に持ち込まれた。在韓米軍に配備された戦術核は、一時1000発近くに達したが、米国のジョージ・ブッシュ(父)政権が1991年に在外米軍基地からの戦術核撤収の方針を打ち出し、盧泰愚(ノ・テウ)韓国大統領(当時)は1991年12月に「核不在宣言」をした。

 韓国では近年、保守勢力の側から、北朝鮮の核開発に対抗するために在韓米軍に戦術核を再配備すべきだ、という主張が出始めている。北朝鮮がもし、戦術核の開発・配備に動き出せば、韓国にとっては米国を対象にしたICBMよりリアルな核危機となり得る。

 北朝鮮の言う「火力打撃能力を決定的に高める重大な諸措置」が何なのかについて、今後、細心の注意を払う必要がある。

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