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高等教育の量的拡大はどのように行われるべきか? - 畠山勝太

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5. まとめ

大学教育が人的資本形成に与える影響を規定する要因に基づいて、過去20年間の高等教育の量的拡大及び現在の高等教育の状況を考えると、このまま同学年人口の95%が高等教育を修了するという高等教育の量的拡大を図っても、コストだけが無駄に費やされて効果は殆ど見込まれない。それに加えて、高等教育の量的拡大を図るための方法として、大学教育で形成される人的資本の金銭的価値を押し下げると考えられているにも拘わらず、社会人入学の促進が中央教育審議会で議論されている (※2)。

確かに今回言及した方法に基づく教育政策には限界がある。まず、現在のデータを元に議論を行っているので、今後もその傾向が続くかどうかの保証はなく、景気状況によっては教育の収益率に大きな変化が生じる可能性がある。次に、今回の議論は労働力の供給側に焦点を絞ったもので、需要側の労働需要は一切考慮していない。労働需要の動向に今後大きな変化が生じる事が予想される場合には、今回の議論の妥当性は弱くなってしまう。最後に、今回提示した学部別・大学別で予想される教育の収益率もあくまでも平均であって、同じ学部・同じ大学の中であっても大きなばらつきが存在している。さらに個々人のレベルでみれば、教育の収益率が多少低くてもばらつきが小さい学部へ進学した方が得策という事は充分ありうる。今回議論した内容は、国全体の施策として考えた場合に妥当性を持つ物であって、決して個々人にどこの大学のどの学部に進学するのが良いと薦める物ではない。

このように、教育の収益率に基づく教育計画は万全なものではない。しかし、マンパワー計画を始めとした過去に失敗してきた教育計画の立案方法よりは妥当性が高いと考えられている。そして、この教育の収益率に照らし合わせて日本の公教育の量的拡大を考えた場合、このまま日本の高等教育の量的拡大を図ってはならない事が明らかとなる。今後の高等教育の量的拡大は、ここ20年間行ってきた事から大幅に方針転換を行い、文系や所謂カタカナ学部ではなく理系を中心として、私立大学ではなく国立大学を中心として、新たに入学難易度の低い大学を許認可するのではなく既存の入学難易度の高い大学にアファーマティブアクション的に社会経済状況に恵まれない生徒を取り込む形で、高等教育の量的拡大を図っていく必要がある。さらに、社会人入学を拡大させる事で高等教育就学率の向上を図るのではなく、より多くの18歳人口を高等教育へと取り込んでいく方法の模索が行われなければならない。

教育の量的拡大は教育計画の最も基本的な要素である。この教育計画が杜撰であった場合、確かに教育計画を策定した政府も被害をこうむる事になる。しかし、一度しかない人生の貴重な数年間を大学で無駄に過ごす事になる個人の被害は、取り返しが効かない分だけ政府の被害よりも甚大なものであると私は考える。この事を考えると、データに基づく洗練された教育計画を立案する事が如何に重要であるかは、より明白なものとなるだろう。

(※2)http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/houkoku/1293381.htm 
(本記事は日本で無所属の時期に書かれたもので、どの組織と関連する物でも、どの組織の意見を代表するものでもありません。本記事はチャリティとして書かれたものです。謝金相当額の半分は東北の被災地の子どものために活動している「一般社団法人プロジェクト結」へ、残りの半分は途上国の子どものために活動している「特定非営利活動法人日本ネパール女性教育協会」へと、シノドスさんのほうから寄付して頂いております。)
記事中の図表の出所(掲載順)•Holmlund, B., Liu, A., and Nordstrom Skans, O. (2008). Mind the gap? Estimating the effects of postponing higher education. Oxford Economic Papers, 60, 683-710.•Chevalier, A. (2011). Subject choice and earnings of UK graduates. Economics of Education Review, (30), 1187-1201.•Kelly, E., O’connell, J. P., and Smyth, E. (2010). The Economic Returns to Field of Study and Competencies among Higher Education Graduates in Ireland. Economics of Education Review, 29, 650-657.•Buonanno, P., and Pozzoli, D. (2009). Dearly Labour Market Returns to College Subject. Labour, 23(4), 559-588.•Ono, H. (2008). Training the Nation’s Elites National-Private Sector Differences in Japanese University Education. Research in Social Stratification and Mobility, 26, 341-356.

畠山勝太(はたけやま・しょうた)/記事一覧
1985年生まれ。UNICEFジンバブエ事務所教育担当官。専門は比較教育行財政、国際教育開発。東京大学教育学部卒、神戸大学国際協力研究科博士後期課程中途退学(経済学修士)。2008年より世界銀行本部で勤務し、2012年より現職。ネパールの教育・教員の質向上に取り組むNGOの設立準備中。

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