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COVID-19重症化に関わる生物学的「ファクターX」は?:その2

COVID-19は当初、日本のメディアでは「新型肺炎」と呼ばれていた。やがて、重症化の症状の様態についての理解が専門家の間でシェアされ、それが一般にも伝わるようになった。重症化したCOVID-19は、呼吸器系に限った疾患ではなく、全身性の臓器不全を引き起こす。その中心となる病態は「血栓症」である。

次回の週刊ダイヤモンド連載「大人のための最先端理科 生命科学」でも触れるが、肺へのウイルス(SARS-CoV-2)感染により細胞に炎症が起きると、「サイトカイン」という物質が細胞から分泌され、感染の量が多くなると、「サイトカインストーム」という暴走状態となって、全身で血液の凝固異常が起き、血栓が形成される。あるいは、肺炎自体は重症でなくても、血管が弱い既往歴があれば、肺炎自体はそんなに重症ではなくても、ウイルスが血管の細胞に侵入して血管壁を傷つけることにより血栓が形成され、心筋梗塞や脳梗塞に至る。したがって、肥満や糖尿病等の既往歴があると、COVID-19が重症化しやすい可能性がある。

すでに多数のエビデンスが積み上がりつつあるが、喫煙、糖尿病、その他、血管が傷つきやすくなっている人は、COVID-19の重症化リスクは高くなることは間違いないし、糖尿病の治療薬がCOVID-19の重症化を防ぐ効果があるなどの興味深い分析も為されている。

個人ブログ「漢方がん治療」を考える:701)糖尿病治療薬メトホルミンはレニン・アンジオテンシン系をターゲットにしてCOVID-19の重症化を予防する(2020.5.16)

ところで、血栓の治療のためには「抗凝固剤」が使われる。血が固まりやすくなる血栓の状態を改善することにより、心筋梗塞や脳梗塞を防ぐ効果があるのだ。

一般的な薬剤として、例えば「ワルファリン」があるが、この容量はデリケートであることが知られていた。1日の投与量が0.5mg程度で効く人がいれば、10mgで初めて効く人がいるなど、効き目の個人差が非常に大きいのだ。ワルファリンの投与量の調整がうまく行かないと、脳出血や消化管出血など重大な出血性の副作用が生じたり、逆に効果が不十分となると血栓が生じる。

ワルファリンの投与要件には個人間でばらつきが大きく、個人の薬剤に対する感受性に寄与する遺伝的要因を明らかにする必要性がある。そのため、ワルファリンの容量を決めるのに影響のある遺伝子型の探索が行われ、2010年に以下の論文が出版されていた。

Ross et al.: Worldwide allele frequency distribution of four polymorphisms associated with warfarin dose requirements. J Hum Genet, 55, 582–589, 2010

この論文では、ワルファリンの容量と関係のありそうな4つの遺伝子の1塩基多型(SNPs)に着目し、ヒトゲノム多様性プロジェクト(Human Genome Diversity Project-Centre Etude Polymorphism Humain, HGDP-CEPH) worldwide sample)により集められた世界全体の963例と、カナダの欧州、東アジア、南アジア系の人々316例を解析し、とくにVKORC1という遺伝子の rs9923231というSNPは、東アジアの集団において特徴的な地理的差異があることを示している。


血液凝固にはビタミンKが関わっており、VKORC1という遺伝子はVitamin K epoxide reductase subunit 1というタンパク質を規定し、このタンパク質がワルファリンの標的なのだ。

ここで着目すべき点は、アフリカ系では対立遺伝子の「T型」がほとんど見られず、逆に東アジアでは「T型」が非常に多いことが示されている。アジア系でも東アジア系と南・中央アジアでは、この遺伝子多型の分布には大きな差異があり、南・中央アジアはどちらかといえばアフリカ由来のパターンに近い。欧州ではアフリカと東アジアの中間のような分布である。

したがって、COVID-19の重症化とVKORC1遺伝子の多型について、今後の解析結果が待たれるところである。とくに、欧州系ではT型が半々くらいであるので、欧州の事例について重症化と遺伝子型との相関性が取れるかどうかが鍵となる。

もちろん、生物学的な素因は多岐にわたり、個人個人のレベルで言えば、何が重症化度に関わるか、何が生死を決めるかを予測することは困難である。生物学的な背景として、例えば男女の差については、ウイルスの侵入に関わるACE2(アンジオテンシン変換酵素2)の発現量の差などもありえるのかもしれない。

山中伸弥先生は、過日のNHK番組の中で、日本人の重症化が少なかった理由として何らかの「ファクターX」があるのではないか、と話された。

NスペPlus:新型コロナウイルス ビッグデータで闘う(2020.5.20)

ファクターXは生物学的な要因とは限らず、X1, X2, ...など復数の因子の組み合わせかもしれないが、今後、着目すべき医学・生命科学研究として、サイトカインストームだけでなく、血液凝固のメカニズムの領域も重要と思われる。

なお、本論文はFacebook友であるソニーコンピュータサイエンス研究所所長の北野宏明さんから教えて頂いたものであり、ここに感謝したい。

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