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新型コロナウイルス感染拡大に伴う医療機関の経営問題 - 平岡敦

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第1 はじめに

新型コロナウイルス感染拡大に伴い,感染症指定医療機関等では医療崩壊の瀬戸際できわどい攻防が繰り広げられた。一方,一般医療機関では,経営問題という別の戦いが起きている。新型コロナウイルスへの感染を恐れての受診控えの傾向が顕著で,売上の低下に伴う経営問題に見舞われているのである。

筆者の周辺で見聞きした例では,売上が2から4割程度減少している医療機関が多いように思われる。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い,感染した患者を救うのはもちろんであるが,勤務している医療従事者及び職員の生活を守るために,医療機関の経営を守る必要性も高い。医療機関の経営を守り,地域の医療を支えることが,延いては新型コロナウイルス感染拡大に伴う医療崩壊を防ぐ下支えにもなる。

売上の減少を食い止めることは,感染拡大の渦中にある現状では難しい。そこで,考えられるのは,コストを削減することである。医療機関のコストの中で大きいのは,①家賃,②人件費,そして③減価償却費(又はリース費)ではなかろうか。このうち③については,短期的に減少させることは困難である。そこで,①と②について考えてみる。

更に,感染疑いのある患者からの受診依頼があった場合にどのように対処すべきか,応召義務との関係で悩ましいものがあるので,その点についても末尾に触れた。

第2 家賃について

(1)家賃を減額する理由の整理

家賃については,新型コロナウイルス感染拡大を理由に,家賃減額を請求できるかが問題となる。家賃の減額を請求する理由もいくつかの種類が考えられる。代表的なものは以下の様なものであろうか。

①売上の減少
②他の店子の感染等を原因とする一時的な閉鎖や利用制限
③医療機関の従業員等の感染等による休業
④感染拡大の防止を理由とするビル全体の閉鎖

(2)売上の減少

まず,残念ながら,売上の減少を理由に,直ちに賃料の減額を請求する法律上の権利が生ずることはない。しかし,新型コロナウイルス感染拡大による経済状態の悪化が一定期間続いた場合は,可能性がないわけではない。借地借家法32条1項は,以下の様に定めている。

「建物の借賃が,土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により,土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし,一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には,その定めに従う。」

新型コロナウイルス感染拡大による経済状態の悪化が,上記の「経済事情の変動」に該当する可能性がある。裁判例を見ても,リーマンショックや東日本大震災の影響による収益の悪化,修繕費の支出,建物の減価等を賃料減額の間接的な理由としている例は見られる(東京地判平成26年11月17日,東京地判平成25年8月1日等)。借地借家法32条1項を理由に直ちに賃料の減額を求めることはできないが,影響が一定の期間続くようであれば,適用も視野に入ってくると思われる。

また,法律上の請求権というわけではないが,大家としても,退去されて空き室となるリスクとの兼ね合いもあり,店子の経済的苦境にはある程度対応せざるを得ない。国土交通省も,大家が賃料を減額や猶予した場合,税や社会保険料の猶予,固定資産税の減額や免除を実施している。前記の賃料減額請求も視野に入れつつ,大家に対して賃料の減額交渉を行うことが現実的な選択肢と言える。

(3)他の店子の感染等を原因とする一時的な閉鎖や利用制限

複数の店子が入っているビルの場合,他の店子の感染によって,消毒などの必要性から,一時的にビル全体が閉鎖され,エレベータが利用できなくなる等の利便性が損なわれる事態が生ずる場合が考えられる。そのような場合に賃料の一部減額を求めることができないかが問題となる。

民法611条1項のように定めている。

「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において,それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは,賃料は,その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて,減額される。」

なお,202年3月31日以前に締結された賃貸借契約の場合は,前記の「その他の事由」が明文上認められていなかったが,判例上,この条項の類推適用により救済がなされていた。

他の店子の感染は,賃借人(医療機関)の責めに帰するべき事由ではないし,使用収益ができない「その他の事由」に該当するので,使用できなかった期間に応じた賃料の減額を請求できるものとも思われる。ただ,営業用の賃貸物件の場合,賃貸借契約書で「いかなる場合も賃料の減額は行わない」といった条項が入れられている場合もある。B to Bの契約の場合,こうした条項も有効なので,減額が認められない場合もある。ただ,その場合も権利濫用等を理由に請求することも考えられるので,まずは交渉してみることが必要である。

(4)医療機関の従業員等の感染等による休業

医療機関側の医療従事者や事務職員が感染して営業を継続することが困難になった場合,又は,一部が感染して感染の拡大を防ぐために営業を中断した場合等,医療機関側の事情で休業した場合は,賃貸物件自体が使えなくなったわけではなく,賃借人側の事情で使わなくなっただけなので,前記の民法611条1項を根拠に賃料の減額を請求することは難しい。仮に要請するとしても,お願いベースの請求にならざるを得ない。

なお,一般企業の場合,緊急事態宣言下での要請や指示により休業せざるを得ない場合があるが,そのようなケースで単なる自粛要請ではなく要請(インフルエンザ特別措置法45条2項)や指示(同条3項)に該当する場合は,「賃借人の責めに帰することができない事由」によって,賃貸目的物そのものの使用収益が阻害されたと判断する余地が出てくるのではないか,と思われる。ただ,医療機関の場合,社会生活を維持する上で必要な施設として,インフルエンザ特別措置法24条9項による使用制限の要請がされることはないので,このような理由で賃料の減額が認められる余地はないと思われる。

(5)感染拡大の防止を理由とするビル全体の閉鎖

感染拡大及びその予防を理由として,家主がビル全体の閉鎖を決断し,医療機関も閉鎖せざるを得ないような状況に置かれた場合はどうであろうか。この場合,前記の通り,もともと医療機関は使用制限の対象となっておらず,医療機関自体には閉鎖の理由はない。しかるに,家主の判断で賃貸目的物を使用収益できないのであるから,民法611条1項を根拠に賃料の減額を請求できるものと思われる。

しかし,この場合も,営業用のビルの場合は,賃貸借契約書に賃料の減額を制限する条項がある場合があり,そのようなケースでは賃料の減額は請求できないこともある。

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