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コロナは人の本性を映し出す鏡 病気になった人を差別する醜い大人たち

俺は東京在住なんだけど、うちの近くでコロナで亡くなった方がいるんだ。もうね、100メートルぐらいのご近所だよ。ある大手企業の社員寮があって、地方から出てきてそこで独り暮らししていた男性なんだ。

話を聞いたらその方はね、高熱が出たんで「これはコロナかもしれない」って保健所やら病院やら何軒も電話した。だけど、どこも断られて動きようがなかった。コロナの疑いがあっても診てくれない、なかなかPCR検査が受けられないって話が報道でも取り上げられてたし、国会でも指摘されてたけど、まさしくそのとおりだった。

そうして自分の部屋でじっとこらえてたんだろうけど、どうにも耐えられなくなって、その方は自分で自転車に乗って救急外来のある病院に駆け込んだんだって。それでようやく検査してもらえて陽性が出て即入院。それから3~4日後に亡くなってしまった。

東京都では新型コロナウイルスによって(5/28時点で)299人が死亡している。亡くなった彼はその内のひとりだ。最初に電話したところで診察や検査につながっていれば、救われた命かもしれない。彼はコロナの犠牲者でもあるし、医療体制の犠牲者でもあるんだよ。

「コロナで死亡」プロセスの検証が必要

BLOGOS編集部

4月に亡くなった女優の岡江久美子さんもそうだったよね。高熱が出てからすぐには医療を受けられず、入院までに時間のロスがあった。だから、そういう「医療開始までの時間のロス」で助からなかった方が、かなりいると思う。

つまり、コロナによる死亡者の数はひと括りではないってこと。コロナにかかってどうにも助からなかった方、コロナにかかってスムーズに医療を受けられず助からなかった方。そういうケースがあるってこと。それは国や自治体から発表されるひとまとめの「数」からはわからないんだよね。

これ、今はわからないけど、どういうプロセスで亡くなられたのか、きちんと調査して検証すればわかるはずだ。それは今後の医療体制の確立の為に、絶対に必要な調査だと思う。

日本のコロナ死者数が欧米と比べてどうだとか、アジアで比べてどうだとか、そういう見方ももちろんある。最近は「日本はコロナ対策がうまくいった」なんて声もある。でも、日本で亡くなったひとりひとりが、「救い難い命」だったのか「救えたかもしれない命」だったのか、それをうやむやにせず、検証できるようにしてほしい。「なぜ亡くなったのか」をつぶさにすることで、今後に活かしてほしいと願う。

失われていく「人と人とのつながり」

AP

俺ね、亡くなった彼のことで思うのは、つくづく社会が変わってしまったってこと。困っている人を助ける身近なつながりが彼の周りには無かったのかなって。社員寮なんだからそれなりに顔見知りが住んでるわけだろ・・・。

ホントに苦しい時に何かを頼める人はいなかったのかな。発熱した彼を受け入れてくれる病院を、代わりに探してくれる人はいなかったのかな。自分で自転車に乗るんじゃなくて車を調達して病院に送ってくれる人はいなかったのかな。発熱して何日か休んでれば周りだって様子がおかしいってわかるわけじゃない。

もしかしたら彼のほうが周りに気を使って「大丈夫ですから」なんて言ってたのかもしれない。だから一概には責められないかもしれない。だけど、自分で自転車で病院に駆け込んだって話を聞いて、なんだか考えちゃったよ。

BLOGOS編集部

これまで幾度か話してるけど、俺も感染症にかかった経験がある。発疹チフスだ。改めて思い返すと昭和21年(1946年)の5月で俺は10歳だった。近所の映画館の桟敷に座って映画を観てたらもうろうとしてきて40度にもなる高熱が出た。うちに帰って横になって、おふくろがずっと頭を冷やしてくれてたけどボーっとして起きられないんだ。

当時、この伝染病が流行ってたから、保健所の職員が白衣を着てアメリカ進駐軍のMP(憲兵隊)と一緒に街を見回ってたんだ。彼らが話を聞きつけたのかうちにやって来た。これは今すぐ病院に運ばないとってことになるんだけど、今みたいにすぐ来る救急車なんかないよ。俺はトラックの荷台に寝かされてガタガタ揺れながら運ばれたんだ。ずっと親父とおふくろが両側で手ぬぐい持って俺を支えてくれた。そうして浅草の自宅から駒込病院にかつぎ込まれて即入院だ。

ベッドが幾つも並んでる大部屋に入った。そこでじっと寝てるとさ、何日かごとに周りの入院患者がひとりまたひとりと運び出されていくんだ。その行く先は霊安室だって子どもごころにもわかったよ。ああ、そのうち俺もああなるのかな、って思ったりもしたよ。

そんな俺の枕元でおふくろが、うちわ太鼓をボコボコ叩きながら「この子を助けてください、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」ってお題目を唱えるんだ。もう、神か仏にすがるしかないから。ありがたいけどやかましいの・・・。

入院して20日程で熱が下がって俺は命拾いした。結局40日ぐらいかかって退院できたんだ。そのとき医者に言われたの。「この子はよくがんばりました。これから風邪もひかない元気な子になりますよ。でも少々バカになりますけど(笑)」って。そんなこと言われたら一生忘れられないよ。

近所の人も学校の友だちもあたたかく迎えてくれた

写真AC

それから親父の自転車に乗せられて、二人乗りで浅草まで帰ったんだ。そしたら近所の人たちが次から次と来てくれて、「よく帰ってきたね」って喜んでくれた。それから学校にも行くんだけど、俺はそういう病気になったっていう恥ずかしさがあったし、40日以上も学校を休んでてみんなから取り残されたような気持ちもあったし、品川から浅草に越してきた転校生だったからその気おくれも出てきて、学校に行くのがとにかく恥ずかしかったんだ。

そしたらさ、俺が教室に入ったところでみんなが俺に向かっていっせいに拍手してくれたの。「よく治ったな」「治って良かったな」「また遊べるな」って。うれしかったね。そうやってみんながあたたかく迎え入れてくれて。

なんだかね、今の時代を見るとさ、コロナになった人をあからさまに差別するような、人間性に欠けたひどい大人が一部にいるよ。自分のことしか考えず、自己中心的で、他者に配慮のカケラもないどうしようもない大人が。

病気って、誰だってなりたくてなるんじゃないよ。いつ誰がなるかわからない。俺のおふくろが昔よく言ってた。「病気になった人、体の不自由な人は、おまえの代わりにそうなったんだと思いなよ。そう思って接するんだよ」って。

おふくろが言ってたのは、自分と他者は一緒であり、分けないっていう考えなんだよね。それが当たり前なんだって。だから常に助け合う。かまいあう。そうすることで病や不自由や貧しさを乗り越えていくという生き方。理屈じゃなく生まれ育っていく中でずっとそうだったんだよ。歴史の中で長いこと庶民はそうやって生きてきたんだ。

コロナが映し出す人の本性

例えば江戸時代、農村なら田植えや収穫でお互いに手を貸し合わないと成り立たなかった。町人は長屋が火事になったらつながってるからいっせいに焼け出されちゃう。いちいち誰かのせいにしてる場合じゃない。早いとこみんなで片付けてまた長屋を建てるんだ。

長屋とか隣り組とかご近所同士とか、そういう共同体が機能していた時代は、何かあったら声を掛け合って、うれしいことは分かち合って膨らませ、辛いことはいたわりあって小さく散らす。そうして危機や災害を乗り越えてきたわけだ。共同体はピンチに強いんだよ。

かつて日本にあった、人が人を思いやって、互いにかまいあう関係は戦後の70数年でずいぶんと欠けていったんだな。「満つれば欠ける世の習い」というけど、そういうことだ。この国はどこかで満ちて、それから欠けていったんだ。

そのサマがコロナによって、やたらと見えてくる。とくに質の低い大人のふるまいが。おとぎ話に出てくる鏡みたいに、コロナがその人の真の姿を映し出しているのかもな。

(取材構成:松田健次)

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