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「1億人死亡」100年前のスペインかぜの教訓を生かせる国、無視する国

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中国の危機を対岸の火事と見た多くの欧米先進諸国

100年後、中国は❶~❸すべてを強制的に実施したが、他の諸国では対応が分かれた。

中国の危機を対岸の火事と見た多くの欧米先進諸国が初動で遅れ、未曾有の危機に見舞われることになった。中でも、好調な経済を大不況に陥れた米国の迷走振りは目立った。

日本は、強権規制モデルの中国と自由主義(レッセ・フェール)モデルの米国との間の中間的モデルとして、民度が高い国民の公共意識に支えられる要請ベースの措置が取られてきた。隣国との戦争リスクに直面してきた台湾、韓国、ベトナムは政府の強い介入によって感染拡大に歯止めをかけ、成功モデルとなった。

一方、途上国は、感染対策を取ろうにも、必要なインフラ・物資を欠く上、外出・移動禁止は即、経済危機につながるという八方塞がりの状態だ。

2006年1月のWHO報告書においても、多くの国からの報告として示されているように、最も厳しい措置を取ったとしても、パンデミックそのものを止めることはできない。あくまでも、ワクチン・治療薬開発までの間の対症療法ではあるが、感染者数や死亡者数を減らすことはできる。

問題は、命を救うはずの感染対策が長期化することによって企業や労働者の生存を脅かすことである。

そこで出てくるのが、極端な移動制限や国境封鎖などによって感染を抑え込もうとせず、ウイルスの自然な拡散によって「集団免疫」を獲得すればよいとの主張である。テキサス州副知事の提案(※)もこの部類に入るだろう。

※2020年3月、「誰も高齢者の私に尋ねはしないが、もし自分の命と引き換えに、私たちの子供や孫のために私たちが愛するアメリカを維持することに賭けるか、と言われれば、私はそれに賛成する。……国を犠牲にするな!……仕事に戻ろう。そして、70歳以上の者は自分の健康に注意しよう」と発言。

これは、ワクチンの集団接種を前提とする集団免疫本来の概念とは異なり、無発症の感染者が多数いることを前提に組み立てられた自由放任・強者生存の論理である。死者の急増や医療の崩壊を招きかねず、容易に採用できる政策ではないが、そんな政策を取っていると見られているのがスウェーデンである。

死亡者数は群を抜いて多く、他の北欧諸国の10倍以上に上る。同国の多くの研究者から「集団免疫」戦略への疑義が呈されており、福祉国家が高齢者より経済を支える若者を優先していることへの揶揄(やゆ)の声もある。

また、大規模な抗体検査を行って、免疫(抗体)を持つ人を探し出せば、パンデミック終息前でも、積極的に働いてもらえるという主張もある。しかし、いずれも決定打とはなっていない。

この「厄介な問題」について、もう一つの報告書を開いてみよう。

性急な緩和で経済の正常化を急がない都市のほうが、経済V字回復した

第二の報告書:感染対策と経済のトレードオフ

もう一つの報告書は、感染対策が経済に与える影響について分析した。2020年3月26日に、米連邦準備制度理事会(FRB)やマサチューセッツ工科大学(MIT)の専門家が発表したもので、タイトルは「パンデミックは経済を押し下げたが、公衆衛生はそうではなかった:1918年のインフルエンザの証拠」である。

この題が示す通り、スペイン・フル大流行の中で、米国43の都市が感染抑え込みのために取った措置のタイミング・期間・強度が、その後の経済状況にどう影響したかが明らかにされている。それらの措置は、現在日本を含めた多くの国が取っている措置と基本的に変わらない。

安全な「社会的距離」を置く措置、すなわち、学校や劇場の閉鎖、公共の場での集まりの禁止、経済活動の制限などである。単純な比較はできないが、当時の措置と経済データの関係は、今日の各国政府が直面している「感染対策か経済再開か」を考える上で参考となる。

報告書によれば、感染対策に力を入れた都市は、中期(パンデミック後~1923年)の経済活動において強い回復度合いを示した。例えば、10日早く措置を取った都市は製造業雇用において5%高くなり、50日長く措置を続けた都市は同6.5%高くなった。

学校閉鎖を速やかに行ったセントルイスは、遅れて学校閉鎖したフィラデルフィアより経済回復度合いが大きかったのである。この結果から見る限り、感染対策と経済活動が二律背反になるとの主張は正しいとは言えない。

パンデミック下の経済は通常の経済とは異なり、経済活動停止による影響よりもパンデミック自体による影響が大きいからだと言える。

感染対策を優先すべきということになる

スペイン・インフルエンザの大流行から100年後の今、私たちは、再び、感染対策と経済再開のどちらを優先するかという「厄介な問題」に直面した。右報告書の結論からは、感染対策を優先すべきということになる。

小原雅博『コロナの衝撃 感染爆発で世界はどうなる?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

確かに、経済の正常化を急ぐ余り、「社会的距離」という制限措置が過早に緩和・解除されることになれば、終息に向かう感染が再び広がる可能性がある。また、スペイン・インフルエンザでは、第一の波が去った後に、第二、第三の波が押し寄せ、第二の波は第一の波より大きく、致死率も高かった。

新型コロナウイルスについても、第二の波が起きる可能性は排除されない。感染症の持つ「不確実性」が消費者や企業家の心理を冷え込ませれば、影響は大きくなろう。

最終的にはワクチンや治療薬ができるまで、安全な「社会的距離」を置くべしとの主張は無視できない。

しかし、ワクチンや治療薬の開発・製造・販売までには、最短でも12~18月はかかると言われる。もちろん、100年に一度と言われる「複合危機」であり、記録的スピードで開発される可能性もあるが、効果や副作用の実証試験には相当の時間を要する。この間、経済活動を制約し続けることには政治的に大きな異論が出る。

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小原 雅博(こはら・まさひろ)
東京大学大学院法学政治学研究科教授
博士(国際関係学)。東京大学卒、UCバークレーにて修士号取得。1980年に外務省に入り、アジア大洋州局審議官、在シドニー総領事、在上海総領事などを歴任後、2015年より現職。復旦大学(上海)他の客員教授も務める。著書に、『日本の国益』(講談社)、『東アジア共同体-強大化する中国と日本の戦略』『国益と外交-世界システムと日本の戦略』(日本経済新聞出版社)、『「境界国家」論』(時事通信社)、『東大白熱ゼミ 国際政治の授業』『チャイナ・ジレンマ』(ディスカバー・トゥエンティワン)、『日本走向何方』(中信出版社)、『日本的選択』(上海人民出版社)など。東大では、現代日本外交を担当。10MTVオピニオンにて「大人のための教養講座」配信中。
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(東京大学大学院法学政治学研究科教授 小原 雅博)

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