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日本の「脱ハンコ」が進まないワケ - 河本秀介 (弁護士)

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新型コロナウィルス感染防止による在宅ワークの浸透に伴い、これまでとは異なる働き方が広まったことには思わぬ影響もありました。その中の一つに「脱ハンコ」の動きがあります。

従来の企業では、契約の締結をはじめとして、請求書や納品書などの伝票類の発行や、社内の稟議と決裁に至るまで、紙の書類にハンコを押す場面が頻繁にあります。

これに対して在宅で仕事をする場合には、書類のやり取りは基本的にデータで行うことになりますので、物理的にハンコを押す作業が邪魔になってきます。

企業に勤めている方の中からは、「画像ファイルとして送られてきた伝票をプリントアウトしてハンコを押し、それを画像ファイルにして相手に返送する」という作業を求められたという話も聞こえてきます。

我々弁護士も、裁判所という役所を相手にする関係でハンコ文化にどっぷり浸かっているところがあり、そのような話に笑ってもいられないのが実際のところです。

在宅ワークを促進する中でハンコのためだけに出社するのも馬鹿らしい話ですが、なぜ、ハンコを押すことが重要とされてきたのでしょうか。また「脱ハンコ」は可能なのでしょうか。

(takasuu/gettyimages)

ハンコがなくても契約は成立する

ハンコを押す場面として多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、やはり契約書を取り交わす場面ではないでしょうか。

日常生活でもアパートを借りる場合などには契約書にハンコを押しますし、企業間の取引でも契約書に会社の代表印や役職者のハンコが押されます。

契約書といえばハンコというイメージがありますので、もしかすると「ハンコを押すことで初めて契約が成立する」と考えている方も多いかもしれません。

しかし日本の法律ではほとんどの場合、ハンコがなくても契約は成立します。

この点については、民法には次の条文が置かれています。

「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない」(民法522条2項)

誰かの保証人になる場合など、書面にする必要がある契約も一部にありますが、ほとんどの契約では、書面を作ることは「契約が有効かどうか」という面では必須ではありません。

ハンコがいらないどころか、口約束だけでも契約が成立するのが日本の法律なのです。

ハンコを押すのは証拠を作るため

それではどうして契約書にハンコを押すのでしょうか。

公的な書類などの場合は、法律でハンコを押すことが求められることもありますが、それ以外では、ハンコは「証拠を作るため」のものと言って良いでしょう。

契約の場面でいえば、口約束で契約したとしても、後になって「言った、言わない」のトラブルが出てきます。そのため、契約の内容を文書に残しておくことが必要になってきます。

しかし、たとえ文書に残したとしても、契約相手が本当にその内容を認めているかどうかが分からないとあまり意味がありません。

ここでハンコが押された契約書が強力な証拠になるのです。

契約のトラブルは最終的には裁判で解決することになりますが、裁判のルールでは、契約書などの書面に押されたハンコは、それだけで「ハンコの持ち主が自分の意思で押したもの」と推定されます。

もし、誰かが盗んで押したなど、持ち主の意思で押したわけではない場合、そのような主張をする側が「このハンコは盗まれたものだ。持ち主の意思で押されたものではない」ということを立証しなければなりません。

さらに、持ち主の意思でハンコが押されている場合、法律により、「ハンコを押した本人は、書面の内容を認めた上でハンコを押した」という推定がされます。

この場合も、内容に間違いがある場合には、間違っていると主張する側が他の証拠を持ってきて証明しなければなりません。

整理をすると、ハンコが押された書面は、①「書面に押されたハンコは、持ち主が自分の意思で押したもの」、②「自分の意思でハンコを押した者は、書面の内容を認めていた」という“二段階の推定”が働きますので、「ハンコがある書面」は裁判では強い証拠になるのです。

さらに言えば、ハンコが実印などの場合には、「ハンコの持ち主が誰か」という問題についても、印鑑証明書によって簡単に証明することができますので、より強力な証拠になります。

そのため、契約書のほか、請求書、領収書、納品書などといった伝票の類や、会社の意思決定のための稟議書など、「トラブルになった時に備えて証拠にしたい書面」にはハンコが押されることになるのです。

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