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「新型コロナ危機」で高まる「武力紛争」の複合性 - 篠田英朗

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コロナ危機などおかまいなく、イエメンでは大規模な戦闘が続いている。ひととき休息する、大統領派と対立するSTC派の兵士たち (C)AFP=時事

 国連安全保障理事会が、「新型コロナウイルス」危機における世界の紛争の停戦呼びかけ決議の採択を断念した。WHO(世界保健機関)の位置づけについて、米中対立が深かったからだと伝えられている。

 このことに喜ばしいことは何もない。ただし、国連安保理が停戦呼びかけ決議を採択すると、実際に世界の武力紛争が止まるのか、と言えば、そんなことはないだろう。混乱する世界情勢の中で、国連安保理にも動揺が見られるということだ。

 前回の拙稿(2020年5月1日『「国連事務総長」の訴え空しく「新型コロナ」が悪化させる「国際紛争」』)でも書いたとおり、新型コロナ危機下において、武力紛争をめぐる状況が悪化する傾向がある。

 暴力の度合いが高まっている地域がいくつかあるだけではない。人道・開発援助職員や平和維持活動要員の活動制限、資金枯渇による国際援助・平和活動の停滞の影響、保健政策に労力を払わざるを得ない中央政府の治安対策強化の困難などの影響なども、深刻な問題だ。

 武力紛争は複合的な危機を招くが、新型コロナ危機が重なり合うことによって、その複合性がさらに高まるという現象が起こってきている。

タリバンが圧力をかけ続けるアフガニスタン

 アフガニスタンでは、米軍撤収に向けた米国と「タリバン」の合意が2月末に締結された直後に、新型コロナ危機が到来した。

 現在はまだ、タリバンとアフガン政府双方がそれぞれ拘束している捕虜の解放を行うという最初の段階で、合意の履行が停滞している状態だ。そのためタリバンは、停戦に応じない姿勢を崩していない。

 5月12日には首都カブールの産婦人科病院が襲撃され、新生児ら24人が殺される悲惨な事件も起こった。あまりの事件の衝撃から、政府はタリバンに対する軍事攻勢を強める姿勢を表明した。

 米国特使のザルメイ・ハリルザードは、犯行は「IS」(イスラム国)によるものだと述べたが、タリバンが犯行声明を出している政府系施設への攻撃が、各地で相次いでいるのも事実だ。

 進展と言えるのは、タリバンとの対話が停滞する中で、対立していたアシュラフ・ガニ大統領とアブドゥラ・アブドゥラ元外相が、統一政府をつくることで5月17日に合意したことであろう。

 タリバンとの対峙を辞さないのであれば、両者が対立し続ける余裕はない、という力学が働いたようだ。タリバンとの交渉をアブドゥラ元外相が担当することになったのが、どのような展開を見せるかは注目である。

 一方、新型コロナ感染が蔓延する中での「医療崩壊」も伝えられている。しかもアフガニスタンに特有なのは、重症患者が医療施設を圧倒する前に、医療従事者が職場放棄をしているという現象だ。これは、新型コロナに対する防御施設があまりにも脆弱だという事情に加えて、この状況を狙って病院施設を攻撃してくるテロリスト勢力が、状況の悪化に拍車をかけているのだ。

 アフガニスタンは、感染爆発を起こしたイランとの間の国境封鎖を行わなかった。

 国境線の全てが陸上にある内陸国アフガニスタンには、そもそも国境封鎖をする能力がない。しかもいたずらに国境を封鎖すれば、イランやパキスタンとの間を行き来する、大量の移民労働者の移動を管理する負担もかかってくる。それはかえって政府の行政能力を圧倒し、混乱を招くだけに終わる、という判断のようだ。

 結果として、急激に広がる感染者に対してなすすべがないような状況になっている。限られた検査能力なので、もちろん全貌には程遠いが、それでも毎日数百人の感染者が判明し、5月23日の時点で、1週間で倍増するペースで増加して累積感染者数は1万人以上となり、死者数は200人以上とされる。

 生活物資の価格高騰、援助物資の停滞、周辺国による食料提供の停止、失業率の上昇、海外送金額の下落など諸々の要素も、危機に拍車をかけている。まもなく餓死者が数多く発生し、社会不安が増大するとも懸念されている。

 自らの支配地域における危機の広がりを警戒しながら、政府に圧力をかけることを怠らないタリバン、危機に乗じて混乱を助長しようとしているIS勢力などをにらみながら、最悪の事態を回避するために政府と国際社会に何ができるかが、問われている。

復活を期するISと対峙するイラク

 ラマダンが始まった4月24日以降の1カ月弱で、テロリスト勢力による攻撃により500人以上の死者が出たと報道されている。

 特に攻撃が目立つのが、復活を期するISだ。ISは「ラマダンの戦い」を宣言し、主にイラクにおいて自爆攻撃を繰り返している。新型コロナ危機に直面して、イラク軍と米軍のプレゼンスが大きく下がったところを狙っている流れだ。しかもISの狡猾な作戦は、地方部の部族の治安組織を狙っている。

 弱体化しているISには、領土を支配するような勢いはない。その代わりに、治安機構の脆弱な部分を狙い、世情不安を高める行動に出ている。

 イラクでは、昨年11月にアディル・アブドゥル・マハディ首相が辞任してから、組閣ができない状態が続いていたが、ようやく5月6日にムスタファ・アル=カディミ氏の首相就任が決まったところだ。

 カディミ首相は、テロ対策で成果があるにもかかわらずマハディ前首相に更迭されていたアブドゥル・ワハブ・アル=サディ中将を復職させ、テロ対策の充実を図ろうとしている。

 他方で、反政府デモに参加して拘束された者たちの釈放を命じるなど、一般民衆に対しては融和的な政策をとろうとしている。ただし、釈放が裁判所手続きに阻まれて実現しないなど、前途は多難である。

 4月26日現在、イラクの確認済コロナ感染者数は4848人で、死者数が169人である。

 3月17日以降ロックダウンが続いているが、必ずしも劇的な感染拡大の抑え込みに成功しているとはまでは言えない間に、ISの活動の活発化を許してしまった。政治情勢の不安定に加えて、原油価格の低迷という経済面での深刻な情勢もある。改善が見られないアメリカとイランの関係の余波も受けやすく、イラクの困難は続く。

閉塞感漂うイエメン

 イエメンでは、イランと結びつくフーシ派と対立する、政府側勢力側の分裂が悪化している。サウジアラビアが支援するアブドラボ・マンスール・ハディ大統領派と、UAE(アラブ首長国連邦)の支援を得て「南部暫定評議会」(Southern Transitional Council:STC)を設立した勢力が敵対しているのだ。

 STCは4月26日、新型コロナ危機に伴う緊急事態宣言とともに、南部の自治宣言を行った。これにハディ大統領の政府機構は強く反発し、STCが掌握している南部の要衝アデンに政府軍を攻め込ませた。そのため両派は、5月になって軍事衝突を起こしている。

 イエメンではすでに政府側だけでなく、フーシ派支配地域でも新型コロナ感染者が発生していることが判明している。ただし、すでに医療崩壊が起こってしまっているような状態では、対応をするどころか、事態の様子をつかむことすら難しいようだ。

 昨年度は40億ドル(約4300億円)の国際援助を受けていたイエメンだが、今年はまだ6.7憶ドル(約720億円)しか集まっていないという。この事態を受けて、国連は6月2日に援助国会議を開く予定だ。

 しかし開催地をサウジアラビアに設定せざるをえなかったことは、国連の苦しい立場も物語る。事実上の紛争当事者であるサウジアラビアをホストにした会議では、信頼度が低い。

 原油価格の低迷と自国内の感染者・死者の増加に悩むサウジアラビアではあるが、イエメンへの支援の額面では際立っているため、無視することはできない。世界最悪のコロナ被害に苦しむ欧米諸国からの大規模援助が期待できない中、世界最大の人道援助の現場であるイエメンをめぐって漂う閉塞感は大きい。

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