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宗教的儀式はどこまで許されるのか、子どもの人権

 先日、産経新聞の記事で、
割礼めぐり大論議、宗教的習慣「傷害」か ドイツ」(2012年8月29日)
という報道がありました。

 この事件は、4歳の男児に割礼を行ったところ、大量出血が起こり、病院に緊急搬送されたというものです。男児は回復したとあります。
 この割礼を担当したのは医師だったようですが、それでも「医療目的でなく性器の一部を切除するのは「傷害罪」に当たると裁判所が認定」されました。
 しかも、「「子供の体の健全性は親の権利より優先される」と指摘、宗教上の割礼でも傷害罪と見なされるとの判断を出した。」と言う点が画期的かと思います。
 但し、結論は無罪です。

 「子供の体の健全性は親の権利より優先される」のは、当然のことです。
 ところが、これに対しユダヤ教徒が宗教弾圧だと騒いでいるようです。

  「ナチス以来のユダヤ人弾圧だ

 しかし、これをもって「宗教弾圧」というのは、やはり異常と言わざるを得ません。
 4歳児に、その行為の意味がわかるはずがありません。親だからといって、宗教に名を借りて何をやってもよいはずがありません。
 親が子どもを育てるというのは、あくまで子どもに対する義務であり、それは、子ども自身が自分の判断で是非を判断し、行動しうる能力を身につけさせることです
 このような身体を傷つけるようなことが、まだこの21世紀の時代に、しかも、人権だと騒ぐ欧州で行われていること自体、驚きです。

 もちろ、アフリカで行われているような生まれたばかりの女児に対する割礼など論外です。その民族にとっては重要な儀式なのかもしれませんが、人権侵害を甚だしく、いずれ早期に女児たちは救済さなければなりません。

 ところで、このように主張すると、それぞれの民族や宗教には、それぞれの考え方があり、それをもって幸福を感じているのだから、外からとやかく言うべきではないと批判する人たちが現れます。
 しかし、それは誤りです。そのような批判をする人たちには割礼をされる立場に立った視点がまるでありません。自分の意思とは関わりなく、無理矢理、やられてしまう、しかも抵抗のできない乳児だったり、幼児だったりするのですから、その人たちが幸福といってみたところで何の意味もありません。犠牲になっていることを黙認しているだけです。

 日本でもアイヌ民族では、かつて女児の顔に入れ墨をすることがありましたが(本来は成人女性の風習)、もちろん現在、そのようなことを行っているアイヌ民族はありません。
 そのような入れ墨を女児に行えば、親であろうと当然に刑罰の対象になりますが、これをもってアイヌ民族への弾圧として考える人はいないでしょう。成人後に自らの意思に基づいて行うなら格別、子どもに強制することは許されないというべきです。
 また子どもに対する輸血を拒否する権利は、親といえども存在していないというのも同様です。

 先の割礼に対する判決の後、ユダヤ教徒が大騒ぎをしたため、ドイツ政府は、「割礼を罰しないための新法を制定する方針を決めた。」だそうです。しかし、法律で決めればそれで足りるのでしょうか。
 ドイツ憲法(基本法)の内容は詳しくは知りませんが、個々の人間の人格に基礎を置くようなものに対して「法律」で許容してしまうことが不当なのは明らかです。人権を法律で制限できるのと変わらなくなってしまうからです。自然法に基づく人権に対して、このような法律での許容は意味がないというべきです

 この宗教上の儀式である「割礼」はいずれは、例えば、メスを性器にあてるだけという儀式として残るということはあってもよいと思いますが、それ以上に今後も本当に性器の一部を切除するような野蛮な行為がいつまでも永遠に続くべきものだと考えているのであれば問題でしょう。
 その発想は、当該宗教が他の宗教の立場に立てないというだけでなく、子どもの立場にすら立てないということとも共通しており、むしろ、そのような宗教のあり方は批判されて然るべきと思います。
 それは宗教弾圧でも何でもありません。その宗教が他者と共存していくための最低限の前提だからです。
 これまで宗教の内容に踏み込むということがタブー視されてきました。
 しかし、他者を認めようとしない宗教に対して、何故、周囲が腫れ物に触るように「遠慮」しなければならないのか、政治の場も含め、考える時期に来たと言えましょう。

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