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ビタミンDは、新型コロナ対策に有効か?エビデンスを見極める(後編) 佐々木敏教授(東京大学大学院医学系研究科)インタビュー - 松永和紀 (科学ジャーナリスト)

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日の光を浴びてビタミンDを作る

松永:ビタミンDは、骨の健康維持と密接な関係にあります。したがって、新型コロナウイルス感染症対策として特別なことをするのではなく、これまで通り、魚やきのこなどさまざまな食品を食べてビタミンDを取り、紫外線を浴びて体の中で作りなさい。そうすれば結果的に、新型コロナ対策にもなりますよ、ということでしょうか。

ちょっと心配なのは、今、日を浴びる時間がほとんどの人で減っているだろう、ということ。緊急事態宣言後の外出自粛の要請に伴って、多くの人は外出しなくなりました。私自身も、日中に出歩くとどうしても人に接触する時間が増えそうなのでほとんど出ず、夜にウォーキングをして体調管理しているような状態です。ビタミンDが体の中で産生されにくいのでは、と心配になります。

佐々木:たしかにそうですね。日光(紫外線)曝露によって皮下で合成されるビタミンDは日を浴びている時間も関連するのですが、それ以上に日光の照射角度がたいせつです。当然、角度が高いほど照射量が多く、合成量が多いわけです。幸いなことに、これから夏至に向かい、照射角度はすでにかなり高くなっています。昼間(できれば正午前後)に日を浴びてもらいたいです。自宅の庭やベランダでじゅうぶんです。日当たりを探してください。東京付近で、12月なら半時間、7月ならわずか5分くらいでじゅうぶんらしいです。

松永:そういう話を聞くと安心します。日本人の食事摂取基準でも詳細に説明されていて、北緯の高い北海道の方々でも、適度に外で日を浴びていればだいじょうぶそうです。

皮膚面積 600 cm2 は体重 70 kg の者が通常の生活の中で日光曝露を受ける顔及び両手の甲の面積として設定された 出典:「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書 p.171~p.208 写真を拡大

佐々木:紫外線は健康被害の原因にもなりますので、浴びすぎもよくないです。欧米諸国よりも全体として緯度が低く、紫外線量の多い日本ですから、「ビタミンDが足りない→(即)サプリメント」と考えずに、ちょうどよいバランス、つまり、どれくらいの時間、日に浴びるのが最適なのかを探し、紫外線をじょうずに利用したいものです。

松永:ちなみに、「日本人の食事摂取基準2020年版」では、ビタミンDが不足すると骨折リスクが上昇することなどが書かれていますが、免疫系への影響は一言も記述されていません。これは、どうしてですか?

佐々木:食事摂取基準は「1日当たり何g」とか「何mg」というように具体的な摂取量を示さなくてはなりません。「栄養素〇〇は健康状態××を健全に保つ機能が報告されています。」というような定性的な文章は認められません。ひとつは「報告されています」ではなく、「研究が相当数あってほぼ一致した結果が得られている」でなくてはならないから、もうひとつは、具体的に「何mg取れば健全に保つ」のかを明記しなくてはならないからです。この2つの点を満たす研究が免疫系にはまだ存在しないということだと理解しています。


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情報を信じる前に、査読ありかチェック

松永:ところで、先生は新型コロナウイルスと食品・成分との関係をこの場で語ってくださったり、先生が長年連載している「月刊 栄養と料理」で書かれたりするために、どれくらいの時間を割いて、いくつぐらいの論文・文献を読んで検討されたのでしょうか。

佐々木:月に1回の連載では毎回30から60くらいでしょうか。しかし、その半分以上はすでに読んであることがほとんどなので、もう一度さらっとおさらいする程度です。そういうテーマを選びますから。それに、読んだ論文は番号をつけて保管してありますから、読み直すのは簡単です。もう2万以上あります。新たに探して新たに読むのは残りの半分、15から30くらいといったところでしょう。

松永:連載は4000字ぐらいの文字数だと思いますが、そんなにたくさんの論文を読まれますか?

佐々木:けれどもたいせつなのは、単に論文をたくさん読むことではなく、自分が書こうとしている内容に反する論理や事実を扱った論文、すなわち、「反証」の存在に目を光らせることです。賛成派を増やすのではなく、反対派の意見に耳を傾ける。そして、反対派の研究者にも納得していただける内容にするようにします。反対派の意見が科学的でない場合は無視します。けれども、自分が書こうしていたことが誤っていたり、もっと正しい考え方が見つかったりして、恥ずかしくなって大急ぎで書き直すこともしばしばあります。

松永:ビタミンDというたった一つの栄養素の摂取を増やすか増やさないか、ということでも、こんなに多くの角度から厳しく検討しないといけない。「新型コロナと闘うための食品」というような情報をメディアで出したり広告宣伝したりする人たちは、この作業をしたうえで責任を持って情報を出しているのでしょうか。ビタミンDに関しては、日本の健康食品業界で欧米の医師がまとめたという「Covid-19 and Vitamin D Information」という文書が出回っています。ビタミンDの摂取が有効と強調しており、業界関係者は医師のお墨付きと受け止めています。

佐々木:批判するつもりは毛頭ないのですが、その文書は査読付きの論文ですか?

松永:査読というのは、科学者が学術誌に論文を投稿した際に、同じ領域の第三者の専門家が掲載の是非を決めるために行う審査のことですね。健康食品業界で出回っているこの文書は、査読付きではないようです。

佐々木:査読付き論文かどうか、というのは、判断するうえで重要なポイントです。加えて、その文書の背後に営利企業が後ろにいないかも見てください。医師が書いているとしても、その医師が営利企業から助成を受けて研究している場合が往々にしてあります

要するに、ビタミンDの摂取が有効という文書を信じる前に、文章の立ち位置をよく見極める必要があります。主張について考えるのはその後です。

日本の医師は、栄養の専門家でない場合がほとんど

松永:医師による食事指南というのは、メディアでも書籍でも山ほどあります。多くの人が「専門家である医師が言っているから」と信用しています。

佐々木:専門家とはなにか、ということも考えなければいけませんね。一応ぼくも医師ですが、ぼくに手術は頼まないでください(笑)。内科系の研修しか受けていないのです。外科はほとんどできません。でも、本物の医師です。そして、それ以上に、栄養学者です。医師は、医学をまったく学んでいない一般の人よりは病気のことについては頼りになります。しかし、医師ごとに得意分野があります。特に、日本では医師教育のなかに栄養学はほとんど入っていません。予防栄養になると皆無に近い状態です。ですから、この役割を医師に求めるのはちょっとかわいそうです。

「発酵食品だからよい」は言い訳?

松永:“効くかも”候補のエース格である乳酸菌やビタミンDでも、解釈は難しいということは、先生のお話でよくわかりました。ならば、ちまたでよく言われている納豆やマヌカハニー、ニンニク等の食品は、先生からご覧になってどうですか? 味噌汁も「発酵食品だからよい」と言われています。発酵食品といっても千差万別なのに、ひとくくりにしてよいの悪いの、とあまりにも暴論ですが、それがまかり通っています。

世界保健機関(WHO)は「Myth busters」というページを特設し、誤情報を正そうとしている。これは、ニンニクでは予防できないことを伝える素材。だれでもダウンロードして使える 出典:WHO Myth busters

佐々木:人は自分が言ってもらいたいことばを探します。そして、他人が言ってくれたからそれは正しいと信じる傾向があります。「発酵食品だから」とだれかが言ってくれたから味噌汁を飲む「言い訳」ができるわけです。「免罪符」とも言いますね。血圧が高くて減塩が必要なのは知っていても、飲んでだいじょうぶ、と思える。自分ではなく他人が行ってくれた、つまり、お墨付きをもらったことに価値があるわけです。

松永:論文のデータベースを調べてみても、納豆やマヌカハニー、ニンニク等、話題の食品に、「人の感染症予防に効く」というようなエビデンスはほぼ、ありません。国立健康・栄養研究所が特設ページを作り、「現時点で、新型コロナウイルスに対する効果を示した食品・素材の情報は見当たりません。そこで、新型コロナウイルスと同じウイルス性感染症であるインフルエンザなどに対する研究結果について調べましたので紹介いたします」として解説しています。


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食事摂取基準を読もう

松永:結局、私たちは食事面ではなにに気をつけて新型コロナと向き合ったらよいのでしょうか?

佐々木:わかりません(笑)。少なくとも日本には、レベルが高くかつ中立的な立場を堅持できる研究機関がほとんどなく、信頼できる提言をしてくれそうな研究者もあまり見当たりませんから。いま言えるのは、エネルギーと基本的な(主要な)栄養素を過不足なく取っていていただきたいということくらいでしょう。この数値とその理由がまとめて書かれているのが食事摂取基準です。幸いなことに、食事摂取基準は栄養素の摂取量をピンポイント(ひとつの数値)ではなくて、範囲で書いてあって、その範囲に入っていればOKといった現実的な書き方になっています。

松永:食事摂取基準報告書は実は、読み物としてなかなか面白いです。BMIが高めの人は食べた食事を少なく申告しがち、とか、一人の人の食生活であっても、摂取量が日々、大きく違うとか。ところが、有益な情報が詰まっているのに、なかなか読まれない。新型コロナ予防に効く食品というのを伝える企業の研究者や医師、管理栄養士さんたちも、食事摂取基準なんて、そっちのけです。

佐々木:原因は、食べる側に立って正しい情報を作るための科学(人間栄養学、栄養疫学)とその教育が日本でとても立ち遅れていることでしょう。国の重点研究が主に行われている国立大学にはほとんど置かれていません。このような状況に陥らせてしまった責任は国民にあるとぼくは考えています。

松永:ありがとうございました。エビデンスの不足する食品やサプリメントにお金を出して安心したり、食べていないと不安になったりするのはもう止めたい。複雑でわかりにくい、はっきりしないところにこそ真実がある、ということに、私たちはもうそろそろ気付いた方がよさそうですね。先生は、「月刊 栄養と料理」(女子栄養大学出版部)で「一枚の図からはじめるEBN 佐々木敏がズバリ読む栄養データ」を連載されており、新型コロナウイルス感染症に対応する食生活や情報の読み解き方について、5月9日に発売された2020年6月号と6月発売の7月号で解説される予定です。

<参考文献>
Ilie PC et al, The role of vitamin D in the prevention of coronavirus disease 2019 infection and mortality [published online ahead of print, 2020 May 6]. Aging Clin Exp Res. 2020;1‐4.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32377965/

Hastie CE et al, Vitamin D concentrations and COVID-19 infection in UK Biobank [published online ahead of print, 2020 May 7]. Diabetes Metab Syndr. 2020;14(4):561‐565.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32413819/

東京大学大学院医学系研究科、佐々木敏教授の公共健康医学専攻 2018年度夏学期「疫学研究と実践」講義資料(第4回目で、生態学的研究が説明されている)
http://www.nutrepi.m.u-tokyo.ac.jp/lecture/lecture.html

Martineau AR, Jolliffe DA, Hooper RL, et al. Vitamin D supplementation to prevent acute respiratory tract infections: systematic review and meta-analysis of individual participant data. BMJ. 2017;356:i6583. Published 2017 Feb 15. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28202713/

食品成分データベース
https://fooddb.mext.go.jp

世界保健機関(WHO) Myth Busters
https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/advice-for-public/myth-busters

国立健康・栄養研究所 新型コロナウイルスに関連した注意喚起情報一覧https://hfnet.nibiohn.go.jp/notes/detail.php?no=2129

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