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地方分権時代における国民保護 - 川島佑介 / 行政学

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分権性がもたらす問題点②:小規模市町村の「置き去り」

これも先述したように、小さい市町村が直面している行政資源の厳しさは非常に深刻である。東日本大震災以降、防災基本計画の度重なる改訂に合わせて各防災計画を改定する作業に追われ、国民保護計画の改訂もままならないという声をよく聞く。

避難実施要領のパターン作成をはじめとして、情報収集・情報管理システムの導入や業務継続計画(BCP)の作成など、市区町村に裁量の余地があるものについては、小さい市町村であるほど、作成・導入が進んでいない傾向が確認できる。例えば、避難実施要領のパターン作成については、先述の通りであるし、業務継続計画については、消防庁による全国一斉調査にて、この傾向は明らかになっている(令和元年度については:https://www.fdma.go.jp/pressrelease/houdou/items/011226bcphoudou.pdf)。

したがって、筆者が全市区町村に対して情報収集・情報管理システムに関するアンケート調査をした際には、自然災害対策・国民保護も含めた「危機管理については、国が責任をもってリードしてほしい」という意見も多く寄せられた。

分権性がもたらす問題点③:原理的な問題

「地方分権」は魅力的な言葉として我々に刷り込まれているし、国もまた、近年、公助の限界と自助や共助の重要性を説いており、地方分権のなかでの危機管理を是認しているように見える。しかし、住んでいる市区町村によって差が生じるという状況は、本当に望ましいのだろうか。

そもそも国民の生命と財産の保護は国の責務ではないのだろうか。地方自治体の足並みが乱れた場合、統制をかけることも必要なのではないか。これらは国民の命を守ることを目標とする国民保護、あるいは危機管理において、原理的な問いを突きつけている。

この小論は、新型コロナウィルスへの対応で日本全体が深い混乱に陥っている最中に執筆された。今回の危機でも、地方自治体や首長によって、姿勢や取組みに相違が生じていることに戸惑いが広がっているし、「都道府県、市区町村の足並みがそろっていない」という批判的評価も投げかけられている。

しかし、地方分権の精神に鑑みれば、それはそのはずである。むしろ、そうであるようにするのが地方分権の狙いであったとすらいえるのではないか。

おわりに

この小論では、国民保護という一般的にはまだまだなじみの薄い政策領域における制度と運用実態を見てきた。集権的な制度と分権的な運用実態のねじれは、「実施主体の不透明さによる空洞化」を招いている。また分権的な運用実態は、連携の問題や、小規模自治体の「置き去り」、国家責任の問い直しという看過できない問題を投げかけている。

国民保護について、国・都道府県・市区町村という政府構造のあり方を総合的に考えていく必要がある。90年代以降、次々に発生した北朝鮮による不審船(工作船)事件やミサイル実験、核実験は、国民に深い懸念を与えた。また、その他の周辺国との間での緊張も高まり、「厳しい安全保障環境」との認識のもとで、2015年には平和安全法制も成立した。

これにより、安全保障の基盤整備が大きく変化した。しかし、仮にミサイルが直接日本のどこかに落とされたり、テロが発生したりするとき、その対処の最前線には市区町村がある。

市区町村の国民保護が不十分であれば、どんなに国が指示を出しても、国民の命を守るための動きは困難なものとなる。実際に国民保護の運用状況を見ると、その実態は小論で見てきた通り、心もとない状況である。安全保障を検討するとき、こうしたミクロな運用レベルまでみていく行政学的視点も不可欠だろう。その際には、聞こえのいい「地方分権」は決して万能薬ではないことに留意すべきである。

参考文献

なお、本稿の議論については、以下の論文で学術的に議論しています。関心をもたれた方は、ぜひご覧ください。

・伊藤潤・川島佑介[2014]「自治体間連携からみる地域防災計画」、『名古屋大学法政論集』259号。

・伊藤潤・川島佑介[2017]「CIMSによる防災情報共有の現状と課題」、『季刊行政管理研究』157号。

・川島佑介[2020]「国民保護行政のなかの分権性と融合性」、武田康裕編著『日本の危機管理体制の課題―国民保護と防災をめぐる葛藤―』芙蓉書房。

・川島佑介・伊藤潤[2020 (6月刊行)]「市区町村における危機情報管理システムの研究」、『季刊行政管理研究』170号。

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川島佑介(かわしま・ゆうすけ)

行政学

茨城大学人文社会科学部准教授。名古屋大学法学部卒業。名古屋大学大学院法学研究科博士前期課程修了。同後期課程修了(博士(法学))。主な業績:『都市再開発から世界都市建設へ:ロンドン・ドックランズ再開発史研究』吉田書店、2017年/「米国における危機管理の一元化への歩み」『防衛学研究』56号、2017年、57-74頁など。

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