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地方分権時代における国民保護 - 川島佑介 / 行政学

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第三に、国民保護訓練の実施回数である。2018年度末時点で、福井県と徳島県は12回、富山県と愛媛県は9回と多くの訓練を実施している一方で、宮城県、群馬県、石川県、和歌山県、島根県、広島県、高知県は2回にとどまっている。

第四に、初動体制の名称である。爆発などにより大きな被害が発生してしまった場合、それが事故なのかテロ・戦争なのか、当初は判然としない。

法的に言い換えれば、事故であれば災害対策基本法の枠組みで動くべきであり、テロなどであれば国民保護法の枠組みで動くべきだが、当初は分からない。そこで、とりあえず初動体制が立ち上げられることになる。

国が作成した国民保護のモデル計画では、「緊急事態連絡室(仮称)」という名称を与えられているが、実際には都市化度の高い都道府県ほど、また国民保護の訓練に熱心な都道府県ほど、そこにおける市区町村の初動体制の名称は多様性を高めていく傾向にある。すなわち、危機管理対策本部や市警戒本部などという名称が用いられることになる。

第五に、有事の際の情報収集・情報管理に使われるシステムの利用状況である。かつては、電話とFAX、ホワイトボードで情報を収集していたが、専用システムを導入している市区町村も登場している。その利活用状況や、採用しているシステムにも高い多様性が確認できる。

法制度は集権的であるにもかかわらず、運用局面においては、市区町村に一定の裁量が与えられており、したがって市区町村間の多様性も大きくなっているのが、現在の国民保護の状況である。

制度と実態のねじれがもたらす国民保護の空洞化

法制度上の集権性と実態上の分権性が混在しているのだから、国と市区町村が行政資源と知恵と努力を持ち寄って十全な国民保護を提供できるはずと期待したくなる。しかし、そのような肯定的な評価を下すことは難しい。

そもそも国民保護は、多くの人にとって馴染みのある政策ではない。致命的なことに、人気もない。平時においては、いつ発生するのかも分からないテロや戦争に行政資源を割くことに抵抗感もある。有事においては、不手際が叩かれることはあっても、対応が賞賛されることは、あまり期待できない。

政治的にセンシティブな政策でもある。したがって、国も市区町村も本音ではあまり責任を持ちたくない政策領域であると考えられる。

実際、国は、各種ガイドラインを策定し、都道府県や市区町村に国民保護の充実化を働きかけると同時に、それらの取組み状況を継続的にモニタリングしているが、現状には満足していないという思いが見て取れる。市区町村の側でも、自らにどこまで責任があるのか、あるいはどこまで創意工夫が許されるのかについて、理解が進み、合意が形成されているとはいいがたい。

広がる困惑のなかで、影を落としているのは行政資源の縮小である。行政職員の人員が厳しく制限されている現状において、小さい市町村では、国民保護と防災が「危機管理系部局」としてまとめられ、2~3人の職員しか割り当てられていない。彼らの勤務時間の多くは、自然災害対策に割かれてしまい、国民保護については手が回らないという状況である。

国民保護は、各市区町村においてそれぞれの状況に適した具体的取組みがなされることを想定しているものの、想定通りの内実を伴わず、空洞化してしまっていると判断せざるをえない。

分権性がもたらす問題点①:連携可能性の低下

とはいえ、法制度においても分権性を徹底すれば良いのかというと、そうとも言い切れない。確かに、各地方自治体がそれぞれの状況に即して運用するというアイディアは理にかなっているように見える。しかし、逆に分権的な国民保護がもたらす問題も考えられる。現状でもすでにいくつかの問題が指摘されうる。そこで、分権的な実態がもたらしている問題点を整理し、今後の検討材料を提示したい。

問題点の一つ目は、分権化が進むと地方自治体間の連携可能性が低下することである。すでに見た通り、各市区町村が策定している国民保護計画の間には高い多様性が認められる。しかし、テロや戦争が発生してしまった場合、それぞれの市区町村のみで対応が完結することはありえない。

地方自治体間の連携が必須となってくる。しかし、国民保護計画が多様であると、連携可能性が低下してしまう。言葉一つをとっても、その定義に揺らぎが生じていると理解が阻害されるし、住民と市民など違う言葉が用いられていると、例えばコンピュータ検索もできなくなってしまう。

情報収集・情報管理システムの多様性も、あまり歓迎できることではない。地方自治体間のシステムの壁が、大量のデータの処理というシステムの強みを潰してしまうからである。

予算規模が大きい市区や、静岡県や兵庫県などのいわゆる「災害対策先進県」では、独自システムの導入が進んでおり、テロや戦争が起こってしまった場合でも、活用されることが想定されている。しかし、独自システムを活用すると、自治体の境界を越えた連携が難しくなることから、その効果には限界もある。

総合的に言って、先進性と連携可能性の間にはトレードオフの関係が指摘される。各地方自治体で先進的な取組みを行うと、それが「独自規格」となってしまい、他の地方自治体との連携可能性が低下してしまうのである。

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