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ドイツにとっての5月8日は「敗戦」それとも「解放」 力で差別思想を克服することの限界 分断社会の固定化へ

 1945年5月8日は、ドイツが連合国に対し、無条件降伏をした日。
 朝日新聞(2020年5月9日付)の記事で知りましたが、5月8日を「降伏」か「解放」かで議論があるというのですから、少々、驚きました。日本では言わずとしれた「終戦」です。

「敗戦」と言わずに言葉でごまかすために「終戦」が用いられています。私はドイツでは当然に「解放」だと思っていました。ナチスの支配からドイツ人民が敗戦によって解放されたからです。

 東ドイツで「解放」の日としていたのは、社会主義政権を正当化するためという意味合いがあったことはよくわかります。
 但し、そうした意味を除いたとしても「解放」以外あり得ないと思うのですが、西ドイツでは、「降伏」であるとして屈辱感や罪悪感が意識される風潮があったとか。

 特に保守系、右翼系は、こうした「解放」であることの位置づけを拒絶しているそうですが、過去の強い大ドイツを思い描いているのでしょう。少なくないドイツ人たちがそうした思いがあるんだろうなと思うのが、未だドイツにおいてナチス信仰が終わっていない現実があるからです。

 他宗教や他民族への排他的な差別思想が蔓延っているのは、ドイツ社会の矛盾を映し出しています。ナチス信奉を禁止し罰則まで科すというドイツは、力でそうした差別思想を押さえ付けようとしてきただけの社会であったと言えます。

2020年5月15日撮影

 日本の中の一部の「反差別」を標榜する人たちはドイツなどでは罰則をもって禁止しているからと日本での罰則化の正当性を主張するのですが、どうみてもドイツは失敗例です。

 力で押さえ付けようとしている動機ははっきりしていて、ナチス信奉者を野放しにしていては欧州の中での存立が危うくなること、不足している労働力を移民に頼らざるを得なかったことにあり、決してナチス政権を誕生させてしまったことへの反省が動機ではないからです。

 昨今、欧州でも排外勢力が伸張しています。それは国政選挙の支持率にも表れています。これを力で潰そうということになれば、それはまさしくナチスのやったことと全く同じになります。

 差別をなくす闘いというのは、こうした過去の歴史にしがみつき今なお大国意識を克服する闘いでもあります。必然的にそこでは誰もが平等という思想にも行き着くことにもなります。一部のカネ持ちやらが支配する社会の中で実現できるものはありません。

 昨今、日本社会の中でヘイトが蔓延り始めたのもバブル以降、そして格差社会が固定化が始まってからです。

 それ以前からも差別的な発想がなかったかといえばそうではないでしょう。しかし、それを表面に出すことは恥ずかしいことという自覚は社会の中にもありましたし、大ぴっらな活動はありませんでした。

 何が社会の中からこうした差別思想を助長してきたのか、その根源こそ見つめ直す必要があります。力で差別意識は克服できないことを知るべきです。罰則化という動きには日本社会の分断化を招くものであり、非常に問題があります。

反ヘイト条例検討 沖縄知事「差別的言動許されぬ」」(沖縄タイムス2020年5月16日)

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