安倍首相による事実上の“敗北宣言”だった
5月18日(月)の夕方、安倍首相は検察庁法改正案について今国会での成立を見送るとテレビカメラの前で表明した。
これまで特定秘密保護法や安保関連法などをめぐる議論で国民の間で反対論が広がっても多数の力をたのみに「強行採決」で乗り切ってきた安倍首相が“民意”に敗れたことを初めて認めた瞬間だった。
(安倍晋三首相・18時45分ごろ、首相官邸でのぶら下がり)
「公務員の定年延長法案については、まさに国民全体の奉仕者たる公務員制度の改革については国民の皆さまの声に十分に耳を傾けていくことが不可欠であり、国民の皆さまのご理解なくして前に進めていくことはできないと考えます。その上においてですね。やはり国民の皆さまのご理解を得て、進めていくということが肝要であります。その考え方の下、今後の対応方針について、官庁と考え方で一致をしたところでございます。あのこの法案については国民の皆さまから、様々なご批判がありました。
で、そうしたご批判に、しっかりと応えていくことが大切なんだろうと思います。この定年の延長。ま、今回の公務員制度の改革についての趣旨の中身について丁寧に、しっかりともっとよく説明していくことが大切なんだろうということで官庁と一致をしたところです」
(記者)
「総理、法解釈の変更が今回の法案に影響を与えたとお考えですか?」
(安倍首相)
「今回の法案についてはですね。まさに公務員の定年延長の法案であり、公務員制度の改革ということでございます。その中でご説明をしてきたところでございますが、様々なご批判をいただく中で、さきほど申し上げましたように、大切なことは国民の皆さまのご理解をいただきながら、進めていくことが肝要と考えています。その中においてこれからもそうした責任を果たしていきたいと思っています」
ここまで話すと、安倍首相は足早に記者団の前から去って行った。
首相の言葉はこういう場面では非常にわかりにくい。
とはいえ、かつてなかった事態だ。
首相の言う「様々なご批判」という言葉には、芸能人の小泉今日子さんらもツイッターで声をあげた、いわゆる「ツイッターデモ」が大きな部分を占めている。
テレビのニュース番組がそれぞれどのように伝えたのかに注目してみた。
安倍政権に対する姿勢という点でも、それから民意の反映という点でも、この日の各社のニュースはそれまでとは違う画期的なものとなったように思う。
「SNSの声」が政治を動かしたと評価したTBS『Nスタ』
TBSの夕方のニュース番組『Nスタ』では遊佐政治部長と井上貴博キャスターの間で感慨深げなトークがあった。
(遊佐勝美・TBS報道局政治部長)
「世論の反発が大きかったわけですが、特徴的なのは今回はSNSの声ですね。新型コロナウイルス対策の影響で国会周辺で大声をあげられない中でSNSで声をあげたという格好ですよね。
そして、特徴的だったのは著名人が公然とツイッターで反対を表明したのも大きいですし、こういう形でSNSの声が大きくなって政権の重要な政策が変更されたのは初めてじゃないかと思いますね」
(井上貴博キャスター)
「確かに今回はインターネットのポジティブな部分。一気にうねりとなって広がった。これは一つポジティブな部分として言えると思います。でもその一方で一つの方向に流されてしまうと。ムーブメントに終わってしまいがちな部分、そこは少しネガティブな部分なのかなと」
SNSの声が政策決定に影響を与えたという見方を強調した報道だった。
TBSでは先週末の『報道特集』でも検察庁法の改正案に反対を表明したタレントの小泉今日子さんから送られたメール文をかなり長く引用していた。今回のツイッターでの反対の盛り上がりを従来にないものとして報道している。
既存メディアとかオールドメディアと言われるテレビが、SNSという新しいメディアの可能性と注意点に着目した報道だった。
日本テレビ『news every.』も“炎上”を肯定的に評価
他のニュース番組でも出演者がそれぞれ感想を交えて伝えたが、中でも日本テレビの『news every.』がネットの盛り上がりを肯定的に評価した。
特にメインキャスターの藤井貴彦アナウンサーが「炎上」という表現を使ってSNSの可能性を強調していたのが印象に残る。
(藤井貴彦キャスター)
「検察庁法改正案という問題に特化せず、『いやコロナ対策を先にやってくれよ』という声もかなり大きかったように思います。これが一種の世論となってまた大きく炎上していったんじゃないかなという気がしますし、炎上という言葉は悪い意味でよく捉えられますけれども、こういう問題があるんだということを多くの人が知ったというのはよかったんだなあということを感じました。この週末」
(小西美穂キャスター)
「そうですね。声をあげることで変わっていく面がありますよね。おっしゃっているように国民の中には『どうしてこのコロナで緊急事態になっているこのときに』と思っている人も少なくありません。やはり国民の声を反映していないという面があります」
NHK『ニュース7』は「ツイッター」を強調
ふだんはニュース番組の中で政権批判をほとんどしないNHK『ニュース7』も「世論」を強調する中でツイッターに触れた。
(瀧川剛史アナウンサー)
「政府与党が方針を転換したのはどうしてなんでしょうか?」
(政治部・内田幸作記者)
「世論を意識したものと見られます。ツイッター上で著名人も抗議の投稿が相次いだ他、検察OBからも反対意見が上がり、野党側は徹底抗戦の構えを見せていました」
ここで字幕で「ツイッター」「検察OB」「野党側」という言葉が表示された。
解説の中で内田記者は安倍首相の権力維持に疑念を投げかける解説コメントも加えていた。
これまでのNHKのニュース報道からすれば異例と言ってもいい。
(内田記者)
「自民党内からは“『安倍一強』とも言われた政治情勢が変化しかねない”と懸念する声もあがっています」
こうした報道姿勢の「変化」は続く『ニュースウォッチ9』でも同じだった。