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新型コロナ報道の罪【その1】ステイホーム圧力と自粛要請 - 泉美木蘭

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本当に「ステイホーム」のままでいいのでしょうか

「ステイホーム」という言葉が、まるで善行の合言葉のように浸透してしまったことが、私はとても不愉快だ。安保法制の時は、あれほど「自由と民主主義のために!」と騒いでいた若者たちも、大人しく政府の自粛要請や行動制限の要請を受け入れてしまった。実は自由も人権もまったく守る気がなかったのではないか、と言いたくなる。

(写真:iStock.com/vasantytf)

4月7日に緊急事態宣言が出される少し前から、時がたつほどに世の中の空気はこわばり、自粛要請に従わない者は吊し上げられ、誰に頼まれてもいないのに「自粛警察」として活動するような人間まで現れた。

しかし、その陰では死活問題に直面している人々がいる。テレワークで済む仕事がすべてではないし、貯金のある人ばかりでもない。大企業からは「コロナショックはリーマンショックよりもインパクトがはるかに大きい」という危機感が示され、中小零細企業、飲食店などの店舗経営者はすでに資金繰りが間に合わなくなり、倒産、閉店、解雇、収入減などが報告されはじめ、自殺者も出ている。家庭内不和、精神不安、虐待相談なども急増し、5月に入った現在もボランティア組織「いのちの電話」のコールは鳴りやまない状態だという。

文化施設もオーケストラも存続の危機、歌や演劇などエンタメ業界も、その世界で食べていけなくなっている人が大勢現れている。「ステイホーム」という一見“感じのいい言葉”で、資本主義経済の回転を止めてしまうという政策によって、取り返しのつかない悪影響が起きはじめてしまった。

さらに現在は、国民に対して「新しい生活様式」なるものへの行動変容が推奨されているが、「誰とどこで会ったかメモ」「食事は横並びで、料理に集中し会話は控える」「筋トレやヨガは自宅で動画を活用」など、ここは旧ソ連なのかと見まごうばかりのスゴイ要求だ。感染者が増えはじめた場合は、再び緊急事態宣言を出す可能性も検討しているという。だが、本当にそれでよいのだろうか?

「自粛要請」に素直に従いすぎだったのでは

新型コロナウイルス感染症は、1月28日に政府によって「指定感染症」に指定されたため、診療できる病院、できない病院に二分された。感染症指定医療機関では、診療が煩雑になり、医療用マスクや防護衣などの不足のために、相当な苦労を強いられながら治療に当たるというギリギリの状態が続いた。

指定感染症である以上は、軽症・無症状であっても入院隔離措置をとらなければならなくなる。ベッドが占領され、院内感染を広げる恐れもあり、それが現場を圧迫し、ただでさえ足りない人手がさらに奪われるという事態も発生した。その一方で、一般の診療所やクリニックでは患者が激減してしまい、家賃や高額の医療機器の支払いなどがのしかかって、経営危機に瀕する問題も起きている。指定感染症の枠を外し、ほかの病院でも診療できるようにしたほうがいいという声も、一部の医療関係者から上がりはじめているようだ。

私は、日本においては、もともと諸外国に比べて感染拡大を抑えられる要素があったのだろうと考えている。日本人の真面目さゆえの手洗いとマスク装着、家では靴を脱ぎ、毎日風呂に入る清潔感。ハグや握手でなく、お辞儀によって他人に敬意を示し、遠慮がちに距離感を保つ文化。それに、日頃から培われていた医療関係者の努力と技術、世界一のCT保有台数による肺炎診断のスムーズさ、国民皆保険制度などによって、重症に陥った患者の救命率も高いのだと言えるだろう。

現実に、3月からの数字を見ても死者数は欧米に比べて圧倒的に少なく抑えられてきたのだから、日本はあくまでも「重症者の治療と救命」に集中できるように予算と体制をとり、社会全体としては、手洗いやマスクなどの啓発を行いつつ、経済を回し続けたほうが良かったと考えている。

例えばスウェーデンは、移動制限や外出制限をして人々の生活の基盤を破壊したり、多数の倒産・失業を出したりすることなく、独自路線を貫く政策をとった。もともと「尊厳死」という考え方が進んでおり、高齢者に対して延命治療を行うことは「虐待」と捉えられ、自然に看取るのが良いという価値観が広まっている国なのだという。

日本ではなかなか受け入れられない価値観だと思うが、スウェーデンの路線にプラスして、日本の高度な医療技術を活かすという考え方もできるのではないだろうか。国民全員に粗悪品のマスクをばら撒くような愚策ではなく、最前線の医療関係者に多額の危険手当を給付することを宣言して、人手を確保するなど、もっと徹底して医療資源に重点を置くなど、医療と経済を両立させる方法も、政府には検討できたのではないかと思う。

数字データに疑問をもたず、政府に突っ込まないマスコミ

しかも5月1日、新型コロナウイルス感染症専門家会議による記者会見で発表されたデータを見たときは、驚いてしまった。「オーバーシュートが起きる」「これから指数関数的に死者が増える」とまで言われていたのに、発症者のピークは4月1日だったことが明らかになったからだ。

新型コロナウイルス感染症対策専門家会議より5月1日に公表された発症日ベースの全国感染者推移

(赤字は捕捉として筆者追加)

7都府県への緊急事態宣言が出されたのは4月7日、そして全国に拡大されたのは4月16日。だがすでにその頃には、新型コロナの威力は峠を越えてしまっていたのである。1人の感染者が何人に感染させるかを示す「実効再生産数」の推移を示すグラフにも驚いた。数値が1より小さければ、収束に向かうことになるが、4月7日よりも前に、すでに数値は0.7にまで下がっていたからだ。

専門家会議より5月1日に公表された全国における実効再生産数の推移. ​​​(赤字は補足として筆者追加)

このデータがあるにも関わらず、緊急事態宣言が延長され、経済的な圧迫はますます広がっているわけだが、5月1日の記者会見では、集まったマスコミから「発症者のピークは4月1日に過ぎており、すでに実効再生産数も低下していますが、緊急事態宣言を延長する必要はあるのでしょうか?」という指摘は出なかった。その後も疑問視するマスコミを見ない。

私は、マスコミというのは、ただ報じるだけでなく、検証と権力監視のプロであり、そのための能力が備わっているものでなければならないと思っている。国民生活に打撃を与えてまで経済の回転を止めるということならば、公表されたデータと政府の説明に、整合性があるのかどうかをまずチェックする必要があっただろう。一社ぐらい、大反対するところがあっていいと思ったのだが。

「いまは緊急事態」というある種の高揚感をともなう空気のなかで、その機能が麻痺してしまったのだろうか。それとも、マスコミとしての能力が劣化してしまったのだろうか。今後が非常に心配だ。

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