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コロナ「抗体検査」の効果と限界を医療統計の視点で解説 - 五十嵐 中 (横浜市立大学医学群健康社会医学ユニット准教授/東京大学大学院薬学系研究科客員准教授)

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新型コロナウイルス感染症は、感染者・死亡者数の増加という公衆衛生への影響だけでなく、感染を食い止めるためのさまざまな措置が経済へ与える負の影響も大きな課題となっている。アジア諸国よりも遅れて感染が発生した欧米諸国は、死亡者数などの指標ではアジアを上回っているが、そこでの議論も「感染拡大をどう抑制するか」から「感染の再燃を最小限にしつつ、どのような形で経済活動を再開していくか」に移りつつある。

あわせて、潜在的患者の存在も問題となる。感染しても無症状のままの患者が存在すること (クルーズ船でのデータからの推計では17.9%、注1)や、症状が出る前の患者からも感染し得ることが明らかになっている。

さらに、日本でも話題になっているようにPCR検査の件数は限られており、発症していても見逃しが発生しうる。そのため、「検査されていない潜在的患者はどのくらいいるのか」を見積もることは、現状を把握するためにも、将来の戦略を設定するためにも重要である。

潜在的な患者を含めた状況の把握に有効なのが、今回紹介する抗体検査である。抗体検査の有用性や、あちこちで行われた結果がすでに話題になっているケースもあるが、「ともかくPCRよりも正確な検査である」、「抗体検査で陽性ならば、もう感染しない」のような誤解も見られる。また、「抗体検査の結果、実際には●●倍の感染者が存在!」という点だけが一人歩きすることも多い。この項では、抗体検査の役割と、さまざまな場での抗体検査の結果の解釈の仕方を考えていきたい。


(SPmemory/gettyimages)

PCR検査と抗体検査の違い

非常に単純に言ってしまえば、抗体検査はPCR検査に「とって代わる」ものではない。2つの検査は、得意分野が全く異なる。PCR検査は、のどや鼻の奥にいるウイルスそのもの(より正確には、ウイルスの遺伝子)を直接検出するものである。感染初期 (発症の前後)でも見つけられる反面、症状が治まってくればウイルスの量は減少してくるため、発症から数週間経てば検出できなくなる(注2)。

抗体検査は、ウイルスそのものではなく、ウイルスを退治するために体内で作られる武器 (抗体)を血液の中から検出するものである。抗体にはさまざまな種類があるが、最も早い抗体(IgM)でも、作られるのは発症から4~5日後。十分に検出されるようになるのは、発症から2週間後である。そのため、「今感染しているか?」を調べるには不向きだが、症状が治まった後も別の抗体 (IgG)は血液の中に残る(※)ので、「感染したことがあるか?」を調べるには適している。

(※)抗体検査が主にターゲットにするのは、先にできるIgMとやや遅れてできるIgGという二種類の抗体である。新型コロナウイルス感染症に関しては、実際の検査で十分に陽性になるタイミングはどちらの抗体でも2~3週間程度かかることが報告されている。

抗体検査で「無敵のパスポート」が得られる?

抗体は、人体がもともと持っている異物を排除する=病気をやっつける機構、「免疫」のはたらきで作られるものである。このことから、「抗体検査で陽性ならば、コロナウイルス感染症への免疫がある」「抗体検査で陽性ならば、もう二度と感染しない」のように早合点されることもある。抗体検査の結果を、いわゆる免疫証明書(免疫パスポート)のように使う動きは、国レベル(ドイツ・チリなど)でもあった。

しかし、新型コロナウイルスに対する抗体があった(抗体検査で陽性になった)としても、「もう感染しない」ことが証明されたわけではない。4月25日のWHOの発表(注3)がやや話題になったが、WHOだけでなく、抗体検査の結果を発表した多くの研究で、同じことが「釘を刺されて」いる。

抗体があっても再感染のリスクはゼロではないし、抗体がいつまで長持ちするかのデータもまだ明らかではない。さらにこの後述べるような、キットの性能の問題もある。現状把握には非常に有用な検査だが、個々人の結果を「無敵の証」のように使うことは、やや問題がある。


国内外での抗体検査結果(筆者作成) 写真を拡大

表に、国内外での抗体検査の結果をまとめた。なお、オーストリアや慶應義塾大学病院など、PCR検査によって潜在的な発症率を求めた研究も含めている。どの研究でも、公式に確定した患者数の数倍~数十倍の潜在的患者数が報告されている。いくつかの研究で指摘されているように、潜在的患者数が大きくなれば、死亡者÷患者数で算出される致命率はむしろ小さくなる。なお、5月15日に厚生労働省から結果が公表された「献血血液での抗体検査」(注4)の結果は、後ほど別項で述べる。

ドイツの感染多発地Gangeltでの研究(注5)では、人口構成などを考慮した致命率は0.28%。カリフォルニア・サンタクララ(注6)での研究では、感染から発症までの期間などを考慮した上での致命率は0.17%と推計している。もちろん正しい値を出すためには潜在的患者数だけでなく潜在的死亡者も求める必要があるし、感染症の影響を致命率のみで評価することは問題があろう。ただ、「感染者が確定者の●●倍!」という数字を、単なる脅威としてのみ一人歩きさせるのではなく、数字の意味を慎重に解釈する必要がある。

研究の限界その1
「代表性の問題」

どのような研究にも、限界は存在する。「限界があるから価値がない」ではなく、どのような限界点があるのかを見極めつつ、次の研究に役立てていくことが重要である。 

今回紹介したような研究でまずポイントになるのは、研究の代表性、すなわち「研究に参加した人から得られた結果を、他の人にもあてはめられるか?」という点である。

例えば、日本で行われた4つの研究(注7~10)は、いずれも病院・クリニックの来院者を対象にしたものである。とくにクリニックでの抗体検査研究(注9)のように、「抗体検査を希望して受診した人」をターゲットにすれば、一般の人よりも感染リスクは高くなる。

また、海外の研究でも、カリフォルニア・サンタクララ(注6)のように「Facebookを通じて希望者を募り、ドライブスルーで検査を実施する」スタイルだと、不安に思った人(すなわち、リスクの高い人)が多く参加することに加え、「SNSを使えてクルマを持っていること」が前提となり、潜在的に所得の高い層に参加者が偏ることになる。

ニューヨーク州の検査(注11)は、不要不急の外出禁止の状況下で、食品スーパーなどに臨時に設置した検査コーナーで実施された。外出禁止下で買い物に来た人(と、スーパーの従業員)を対象にしているので、人との接触の機会が多い人に偏る可能性はある。

このように、どのような研究であれ、代表性の問題は多かれ少なかれ存在する。いくつかの研究では、背後の集団とできるだけ背景を揃えるための調整を行っている。抗体検査に限らずよく使われるのは、年齢や性別のバランスを揃える調整法だ。完全な代表性を追求するなら、住民全員検査のような、予算的にも時間的にも非常に困難な選択肢しか残らない。「どんな限界がありそうか?」と「得られた結果は、どこまで他の人たちに当てはめられるか?」は「1か0か」ではなく、研究の実施者と研究の使い手の双方が考えるべき課題である。

なお、代表性の問題を「一般人よりも高リスクだから意味がない」「全住民に適用できないような研究は無意味である」のように解釈するのは誤りである。医療機関の来院者や医療従事者、さらには高齢者施設など、感染リスクが高いと考えられる集団で検査を行ったら、陽性率が高くなることは必然である。「誰を対象に行ったか」を適切に記述すれば、現状をとらえるために十分に価値のある情報である。

「高リスクの集団での結果を、むやみに対象を拡げて全住民に当てはめてしまう」のが問題なのであって、結果を同じような高いリスクの集団に当てはめるならば、むしろ適切な使い方といえる(状況を逆転させればより理解しやすくなる。仮に、全住民での感染割合が0.01%のようなデータが先にあったとしよう。超高リスクの集団への対策を考えるときに、「この集団でも感染割合は0.01%だから何もしなくてよい」のような推論は明らかに不適切であろう)。

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