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“全摘しよう”乳がん患者たちを取材してきたテレビディレクター自身が当事者に…「おっぱい2つとってみた~46歳両側乳がん~」

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 私は阿久津友紀。HTB北海道テレビで報道部の記者や情報番組のディレクターを務め、15年以上前からは乳がん検診を受けるよう呼びかける「ピンクリボン運動」に取り組む女性たちを取材してきました。その多くが乳がん患者でした。「これは私の勲章なんです。傷はこのような感じで…」と、乳房に残る傷を見せてくれた柴田直美さんもその一人です。39歳で手術し、2人の男の子を育てる姿を尊敬していました。
・【映像】阿久津ディレクターの乳がん治療を追ったドキュメンタリー


 日本人女性の乳がんになる確率は11人に1人といわれていますが、その“11人に1人”が、私でした。「健康診断で言う?と思ったけど、ああ、来ちゃったって」。乳腺エコーの結果、両側充実性病変の疑い、両側嚢胞の疑い、左乳管拡張の疑いを指摘されました。去年7月、報道フロアで、同僚たちに「乳がんと宣告されました。明日から休みまして、明後日手術をすることになりました」と伝えました。

「全摘しよう」…手術前日に人工乳房が使用中止に


 7月25日、手術前日。主治医に「シリコンパッドのインプラントあるでしょ?アメリカのFDA(食品医薬品局)がね、今日をもって、もう出さないって。全部回収するって」と突然、言われました。日本で一種類だけ保険が適用されていた人工乳房。しかし、別のがんを誘発する危険性が指摘されたのです。「全摘して、そのまま?」と聞き返す私に、主治医は「温存しようと思えばできるけど…」。


 「生きていればいいですか?」そう夫に尋ねると、「どちらかといえば、私はこれから生きる年数を考えた方がいいかなと思います」。医師も「私もそう思う。お母さんも(乳がんを)やってるし、しかもあなたは同時両側だもん。皮下乳腺全摘なら乳首は助けられるから」。乳房を再建することはできなくなりました。涙が溢れ、「全摘しよう」と決断した私を、医師は「乳房全摘ではなくて、乳腺全摘。これでいける」と励ましてくれました。


 手術前夜。私の胸には線が引かれていました。「このへん切るよ、みたいな…。これが“板”になるんでしょ…。板だよ、板…」。眠れない夜。翌日、「いってらっしゃい!」と声をかける夫と固い握手を交わし、歩いて手術室へ入りました。乳がんは、腫瘍の大きさとがんの性質、そして脇のリンパ節への転移があるかないかがその後の治療を大きく左右します。まず右胸、そして左胸。私の乳腺を、がん細胞と一緒に丸ごと取り除きます。


 手術後、主治医が夫に「一番先に転移がいくリンパですが、転移はなかった」と結果を伝えました。「ヒロちゃんいる…?」と酸素マスクをつけたまま、意識がもうろうとする中、夫は私の手を握りながら「ごくろう、ごくろう。リンパとか、問題ないってよ」と教えてくれました。私は「ホント…よかった」と号泣してしまいました。


 手術翌日。目が覚めると、すぐに食事でした。「生きてる!」と思った瞬間です。腕が上がりにくくならないよう、すぐにリハビリも始まりました。「傷、見ました?」と看護師に聞かれ、恐る恐る見てみると、「思ったより(胸が)ある。ちょっとびっくりした!」。医師に感謝しました。

 入院を通して、多くの患者さんとの出会いもありました。そのうちの一人は佐藤恵理さん。消灯時間まで、ともに乳がんと向き合う仲間との会話は尽きませんでした。

「ワイヤー入りのブラジャーはすべて捨てました」


 8月4日、手術から9日。予定より早く退院することができました。しかし手術した胸は岩盤のように固くなっていました。そして、指先には痺れもありました。今後の治療法を決めるのに大切な病理検査の結果が出るまで2週間、もやもやした気分が続きました。
   
 「両方とも早期がんで、乳腺をがんが生きないように取りまして、リンパも確かめて両方とも転移はなかった。女性ホルモン(の働き)を抑えるような治療でいいんじゃないでしょうか」。病理検査の結果、抗がん剤よりも、ホルモン治療が効くとの診断。卵巣の働きを抑える注射と飲み薬を組み合わせることになりました。ホルモン治療の費用は毎回3万円を超えます。また、ホルモン治療は、子宮がんなどのリスクを高めます。卵巣がんにも注意が必要なため、婦人科にも通い、卵巣まで調べることになりました。


 そして、これまでのワイヤー入りのブラジャーはすべて捨てました。乳がん患者にあわせてつくられたブラジャーは前開きで縫い目もあまりなく、傷に当たらないような凝ったつくりをされている印象があります。また、胸のふくらみを補うためのパッドも必要になりました。職場に復帰したのは1カ月後。あっという間に日常に戻されました。


 手術から4カ月後が経った11月22日。一緒に入院していた佐藤さんに会いました。3週間に1度、抗がん剤の点滴を受けています。「えりちゃん、吐き気とかないの?」「全然ない。吐き気なんて一回もない。毎日がおなかすいてる」と笑顔。「今日入れて5回目。3月13日に最後。それで生存率を上げられるのであれば、やるよね。少しでも確率上げたいしね」。

実は佐藤さんは、特急列車で4時間も離れた釧路から札幌の病院に通っています。自宅にお邪魔すると、息子の隼人くん(9)が帰りを待っていました。「心配だよ、だっていつ倒れるかわかんないじゃん。いつステージが上がるかだって、わかんないよ」と隼人くん。


 一息ついて、かつらを取る佐藤さん。抗がん剤の影響で、髪は抜けていました。「再発がやっぱり怖い。遠隔転移が怖いよ。しっかり落ちたっていうデータが出ればいいんだけどね」。感染症にかかると抗がん剤が打てなくなるため、隼人くんの学校行事も見に行くことはできなかったといいます。「来年は大丈夫でしょう」「それまで生きてれば」「生きてる生きてる。卒業式も生きてる」。

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