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- 2012年08月29日 11:07
サムスン・デジタルシティの衝撃―片山 修(ジャーナリスト)
1/2社員の平均年齢は33歳
ソウル市内から京釜高速道路を南に約30分。水原ICで降り、さらに国道42号線を西に10分ほど走る。そして、左に折れると、前方右手にサムスンの水原事業所の一角がみえてくる。私は、2005年に一度、同事業所を訪れており、二度目の訪問だ。
周囲の町並みより一段と高い二棟の高層ビルを右手にみて、道路を挟んだ左手では、工事用防壁に囲まれた敷地内を、ショベルカーやダンプカー、クレーンなどの大型工事車両が動き回っている。
サムスン電子のホームタウンの水原市は、トヨタ自動車の本拠地の愛知県豊田市と似ている、とあらためて思った。どこかせわしげだ。考えてみれば、両市は共に、大都市の郊外にあり、歴史ある古い町であると同時に「企業城下町」だ。思わず「豊田市に似ていますね」というと、案内役のサムスン役員A氏は、こう教えてくれた。
「豊田市が挙母市から改称されたように、水原も、市の名前を“サムスン市”とする話が出たことがあるんですよ」
工事用の塀に、「Samsung Digital City」の文字。水原事業所に代わる新名称だ。サムスンが水原事業所のコンセプトを切り替えたのは09年だ。「生産基地」から「R&D(研究・開発)基地」への転換である。キーワードは「モノづくりからアレンジへ」――だ。めざしたのは「キャンパス型研究団地」であり、「アレンジセンター」だ。
われわれを乗せたクルマは、警備がきわめて厳しいといわれる守衛所のあるメインゲートをあっさりと抜け、デジタルシティの敷地内に入った。まず、立ち寄ったのは、ゲートをくぐってすぐ右手にある5階建ての白い建物、「水原本部ビル」だ。ここには、「歴史館」と「展示館」がある。ビルの対面には、石碑があり、漢字とハングルでサムスンの経営理念「人材と技術をもとに最高の製品とサービスを創り出し人類社会に貢献する」――が刻まれている。
よく知られているように、水原事業所は、サムスン電子発祥の地だ。サムスン電子は1969年、三洋電機との合弁でこの地に工場を設立し、白黒テレビの組み立てを開始した。従業員数は、わずか33人にすぎなかった。
以来、水原事業所は、サムスン電子、サムスン電管、サムスンコーニング、サムスン電機などの工場が建設され、家電やコンピュータの一貫生産の拠点として発展してきた。「歴史館」では、その歴史を知ることができる。現在、敷地内には、工場はわずかしか残っておらず、サムスン電子、電機、第一毛織など、グループ6社のR&D部門が集積されている。
デジタルシティの敷地面積は、172万平方メートルだ。たとえば、ソニーの厚木テクノロジーセンターが約14万7000平方メートル、キヤノンの下丸子本社が約11万平方メートルの敷地面積だから、いずれもデジタルシティの10分の1に満たない。デジタルシティの社員数は、現在、約5万5000人で、そのうち研究員は約3万人を数える。また外国人研究員は、日本人を含め約1000人に達するという。
一般に、IT関連の開発要員の年齢は、35歳が上限といわれるが、デジタルシティ内の社員の平均年齢は、33歳だ。「毎年約2000人のペースで新入社員を受け入れるなど、拡大を続けており、今後も平均年齢は上がりません」デジタルシティで合流した役員B氏は、若さを強調する。
製品ごとに分かれるビル
「デジタルシティは、いずれ8万人から9万人が集まる一大R&D拠点になります」と、役員A氏はいう。
水原事業所は、かつてとは一変したと聞いてはいたが、私は、その変貌ぶりに目を見張った。サムスンは、日本企業が想像もつかないようなコンセプトの巨大構想を推し進めているのは間違いない。
「あそこにみえるのは、デジタルカメラのイメージセンサーなどを生産するサムスン電機の工場で、こちらのビルはサムスン電子のビルです。でも、敷地内を仕切る壁はありません。グループ各社の社員は自由に往来できます。将来的に、こうでなければ企業の競争力は維持できませんからね」と、役員B氏は説明する。
なにぶん敷地が広いから、移動はいつもクルマだ。車窓から眺めていると、あちらこちらで巨大ビルが建設されていることがわかる。B氏が部屋を構える、38階建ての建物前のロータリーでクルマを降りる。すぐ横では、ここにも巨大ビルを建設中だ。
「デジタルシティ内は、製品ごとにビルが分かれていますが、目の前の建設中のビルは、26階建てのツインビルです。あちこちに散らばっている、携帯電話に関する開発部隊が、このビルに集約される予定です」(B氏)
サムスンは現在、アップルを抜いて、スマートフォンの出荷台数世界一を誇るが、さらなる成長に向けてR&D体制を強化するわけだ。ビルの1階ホールに入ると、吹き抜けの天井が高く、ガラス張りで、開放感がある。左奥には、即席のステージらしいものとグランドピアノがみえ、椅子を並べた客席が用意されている。
「コンサートですか」と尋ねると、「社員たちが昼休みなどに自主的に行なうんです。プレーヤーもリスナーも社員たちですよ」という答えが返ってきた。昼休みを利用したショート・コンサートなのだろう。1日中、猛烈に働くサムスンのイメージは覆される印象だ。
受付の横には、手荷物検査場が設けられている。まるで空港の保安検査だ。カメラやレコーダーなどの持ち込みを防止するためである。ビル内のフロアは、外光が十分に取り込まれていて開放感がある。パーティションは胸の高さまでしかない。柱も少ないため、立った目線の高さなら、フロア中をひと目で見渡せる。
机は、日本の企業と同じように向い合わせにして整然と並べられていた。ただし、四角いデスクではなく、パソコンを操作するのに適した波形天板のデスクだ。さらに、各デスクの周囲にムダなものがない。日本企業のオフィスのように、ファイルが並んでいたり、紙の資料が積まれている様子はほとんどみられない。デジタル化が徹底しているため、紙は必要ないということか。
「賢く働く」ための取り組み
「サムスンの社員といえば、ボロボロになるまで働くというイメージがあるでしょう。でも、実際は違うんですよ」と、役員A氏はいう。
役員B氏は、「平均滞在時間」という概念でもって、デジタルシティの社員の働きぶりについて説明した。社員の「平均滞在時間」は約12時間という。定時で帰宅する社員は約3割。つまり、残り約7割は、12時間以上「滞在」していることになる。
12時間といえば、午前8時に出勤すれば、午後8時までの「滞在」だ。これを「猛烈」な働きぶりとみるかどうかの評価は、人によって違うだろう。私は、かねてから水原事業所の各建物には、シャワーやベッドなど、仮眠をとるための設備があると聞いてきた。平気で24時間働き続けるイメージだ。
その宿泊設備を利用する数について尋ねると、毎日、およそ100人だとB氏はいう。これを、多いとみるか、少ないとみるか、これまた評価が分かれるだろう。指摘するまでもなく、製品寿命が短いデジタル家電市場では、新製品を短期間に開発する瞬発力が求められる場面が少なくない。そんなときは、どうするのか。私があらためて聞くと、「敷地内にある『VIPセンター』にこもります」という返事だった。これは、どういうことか。
重要プロジェクトのメンバーに指名された、文字どおりの「ベリー・インポータント・パースン」たちは、プロジェクトチームごと、同センターに泊まり込んで開発を進めるというのだ。デッドロックの決まった過密スケジュールの場合、昼夜、チームメイトと生活を共にしつつ、最短期間での開発をめざす。まさしく、サムスン流猛烈ぶりではないか。
もっとも、サムスンの代名詞ともいうべき、「猛烈」は、過去の話になりつつあるのかもしれない。というのは、デジタルシティでは、もっか、新しい働き方についてもチャレンジしているからだ。
今年4月から行なわれている、約2000人を対象にした「自律出勤制(フレックスタイム)」などの実験がそれだ。「猛烈」ではなく、サムスンが提唱するところの「ワーク・スマート」への挑戦である。日本流ワーク・ライフ・バランスと同じか。サムスンの取り組む「ワーク・スマート」は、午後1時までに出勤すればよいとする「フレックスタイム」、自分の出勤場所が決まっていない「サテライトオフィス」、座席が決まっていない「フリーアドレス」などだ。これらは、日本の大企業がとっくに取り組んでいる勤務形態だ。
ただし、サムスンの「ワーク・スマート」の目的は、日本企業のように「ホワイトカラーの生産性の向上ではない」として、A氏は次のように語る。
「生産性とは、時間当たりのプロフィットのことです。ですから、競合他社がもたない、独創的な新しい何かを生み出そうと考えるとき、生産性は関係ありません」
優れた発明や発見は、時間をかければできるものではない。突如、あるいは偶然生まれたりする。したがって、「生産性」の概念ではくくれない。
「われわれは、社員の目標達成度は管理しますが、時間の使い方や勤務体系は、社員個人に任せます。会社が求めるのは成果だけです。ただし、約束した成果は、必ず出してもらいます」(A氏)
つまり、サムスンは、単純かつ徹底した「成果主義」ではない。高いセルフマネジメント能力のもと、「ワーク・スマート」の実現により、社員に成果をシビアに求めるというのだ。このほか、自らプロジェクトの企画を立案し、審査を経て採択されれば、新たなプロジェクトとして開発を行なうことができる制度もある。それまでの自分の研究を離れ、5人から7人ほどのチームをつくって研究を進めるのだ。これまで、三つのプロジェクトが採択され、新たに誕生したという。
まさに「賢く働く」ための取り組みばかりだ。サムスンでは、人材にできるかぎりの力を発揮させ、企業の競争力につなげるためのさまざまな工夫が凝らされているのだ。
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